2010年12月15日

メンタルヘルス対策の現状と課題 復職支援は試行錯誤、問題を発見・解決する予防へ

「お父さん、眠れてる?」。自殺対策強化月間の政府広報の一環として、今年3月に流れたテレビコマーシャルだ。3万人を超える我が国の自殺者のうち、企業に勤める人は約9000人。政府の労働災害防止計画は、「メンタルヘルスケアに取り組んでいる事業場の割合を50%以上とすること」を目標としている。企業のメンタルヘルス対策の現状と課題を取材した。

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大手企業で取り組み進む

 厚生労働省の2007年労働者健康状況調査結果によると、仕事のストレスが「ある」と回答した労働者は約6割。「職場の人間関係の問題」(38.4%)、仕事の質の問題」(34.8%)、「仕事の量の問題」(30.6%)が上位に入り、職場で悩むビジネスパーソンの姿が浮き彫りになっている。
 そうした労働者の実状に対し、企業の取り組みはどの程度進んでいるのだろうか。心の健康対策に取り組んでいる事業場の割合は約3割(2007年労働者健康状況調査結果)。従業員1000人以上の企業では9割、100人以上のすべての規模で6割を超える。
 取り組み内容は、「労働者からの相談対応の体制整備」(59.3%)が最も高く、次いで「労働者への教育研修・情報提供」(49.3%)、「管理監督者への教育研修・情報提供」(34.5%)の順となっている。
 グループ従業員7万人を抱える大手IT企業では、従業員の健康確保の視点を、従来の「診療」から「予防」に大きく切り替えている。仕事のストレスによる健康障害を防止するため、脳血管疾患や虚血性心疾患を防ぐ「身体のマネジメント」と、うつ病や統合失調病を防ぐ「心のマネジメント」に取り組む。
 メンタルヘルス対策では、階層別教育時のメンタルヘルス研修や長時間勤務者のケアを中心とする1次予防(啓発活動・未病対策)、健康相談窓口の設置や管理職向け研修の拡充による2次予防(早期発見・早期対応)、復帰支援プログラムと復職後フォローの3次予防(再発防止)に整理して2004年から施策を展開する。
 「職場マネジメント力の向上による初期対応力の強化、職場・人事部・健康管理センターが連携して施策のPDCAサイクルを確立することに注力している」と健康管理センターの担当部長は話す。

管理職の意識も大きく変化

 2005年から対策強化に着手している従業員7000人の大手素材メーカーでは、「社員のこころの健康調査」「管理職向け研修」「相談窓口の設置(社内、社外)」「カウンセリングの実施・問題解決」「メンタル不調時・復職時の対応プログラムの策定」を実施。
 社内の体制を整えると同時に、外部EAP会社と契約してプログラムの導入を進めた。「ベースになるプログラムは自社で1から作るよりEAP会社に依頼した方がスピーディーに導入できるメリットがある。ただ、社外相談窓口の利用率が低く、契約を見直した」(人事担当者)
 両社の担当者はともに、「『うつ病は誰でも発症する可能性がある』という理解の高まりで、施策への協力が得やすくなった」と語る。一昔前は、あからさまに「メンタルヘルスは人事部の問題。問題のある社員をなぜ自分に押し付けたのか」という管理職も少なくなかったそうだが様変わりだという。
 素材メーカーでは、管理職対象の評価者トレーニングにメンタルヘルスに関する要素を必ず入れている。「日々のコミュニケーションに加え、1対1で部下と面談する機会を年間に数度設けていることが部下の変化を感じ取るには効果的なようだ」と人事担当者は話す。
 一方、中小企業の対策推進には支援が急務だ。従業員100人のシステム会社の総務部長は、「これまで数人のメンタル不調者が出たが、復帰した例はない。業績が厳しい中でサポートする余裕もない。社員自身も再発する可能性が高いと分かっているので自己都合で退職していく」と話す。
 EAPサービス会社のピースマインドの荻原国啓社長は、「中小企業は人事担当者が少なく、対応が追いついていない。初期対応を誤ると問題が長期化・複雑化しがち」と、対策の遅れを憂慮する。同社では、中小企業の相談を受けることが多い社会保険労務士と提携して、中小企業支援の強化に力を入れている。

復職支援が課題 再発リスクに備え

 企業を悩ませているのがメンタル不調者の復職支援だ。
 日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所の「2009年版産業人メンタルヘルス白書」によると、過去1年間に「心の病」で1カ月以上休んだ後に復職した従業員がいる企業は74.3%。「心の病」からの復職プロセスには、「まだまだ問題が多い」と回答した企業の割合は49.2%で、「特に問題はない」という企業の割合(22.3%)の2倍以上となった。
 最近3年間で「心の病」が増加している企業の6割が、復職のプロセスに「まだまだ問題が多い」と回答しており、同研究所も「復職のプロセスをうまく行うことが、『心の病』の増加傾向を抑えることに対して、なんらかの関係性を持っている可能性がある」と指摘する。
 本紙編集部が、大手企業を中心に、復職支援の一環である“リハビリ出勤制度”についてヒアリングしたところ、「復職しても再発するケースが多い」「職場でサポートする負担が重い」「復帰可能とする主治医の診断基準が甘い」「賃金不払いや労災リスクを懸念」といった課題が出され、試行錯誤で運用している現状が浮かび上がった。
 大手IT企業の人事担当者は、「休業中のフォローが難しく、復帰させる判断を困難にしている。回復状況をチェックリスト化するなど、復帰の判断材料を増やすような『見える化』を検討中」として、復職支援プログラムの見直しに着手しているという。
 EAPサービス会社のイープの松岡直美社長は、「復職支援に関するご相談が増えています。EAPサービス全体で見ても、2008年秋以降の不況でも落ち込みはほとんどない。従業員への支援を強化して危機を乗り切ろうと考えている経営トップが増えているのでは」と話す。
 企業の労働問題に詳しい梅木佳則弁護士は、本紙1月号での法律解説で、「近時の裁判例を前提とすると、(中略)、復職を認めざるを得ない場面が生じるので、使用者としては、再発のリスクを引き受けることになり、再発防止のための措置、配慮が重要」と指摘する。
 さらに、復職後に使用者が就業上の配慮を講じても、欠勤や休職が繰り返される場合に備えて、「①復職後6カ月以内に同一または類似の事由により欠勤するときは、欠勤開始日より休職とし、休職期間は復職前の休職期間と通算する。ただし、残存期間が3カ月に満たない場合は休職期間を3カ月とする②同一または類似の事由による休職は1回限りとする③休職が複数回に及ぶときは、休職事由を問わず、その期間は3年を超えることができない、との規定を設けることが考えられる」と助言している。
 また厚労省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引きについて」(2009年3月改定)が対策の参考になると紹介する。

グローバル化で新たな課題も

 メンタルヘルス対策の取り組みについて、EAPサービス会社のヒューマン・フロンティアの神沢裕社長は、「事後対応から予防へ。組織風土や働き方に関する構造的な問題の発見と解決につながる取り組みが大事になるだろう」と強調する。
 企業からも、ストレスチェックや組織分析によって課題や対象層をフォーカスした効果的な提案、ストレス耐性やコミュニケーションスキルを高めるための支援に関する相談や依頼が増えているという。
 「“待ち”の対策では効果なし。例えば、メンタルヘルスに関する提出物をなかなか出してこない職場がある場合、『出してください』とメールで済ませるのではなく、出せない理由を探るために管理職の様子をうかがう電話を掛ける。職場にもできるだけ足を運ぶ」(IT企業健康管理センター担当部長)という姿勢は早期発見・予防措置の原点だろう。
 さらに、「産業医が高齢になっているが後継者が確保できていない」「産業医は人数が少なく奪い合いの状態。確保するためのルートを増やす必要がある。人材紹介会社とも情報交換をしている」と、産業医の確保に危機感を持っている会社が複数あった。
 熱心で優秀な産業医は従業員や人事担当者にとって心強い存在であるだけに、安定的に確保する手段は早めに検討しておきたい。
 景気後退後、経営環境や市場の変化に対応するための事業の統廃合や組織の見直しによって、業務負担の増加や先行き不安が高まり、メンタル不調者が出ているケースもあるようだ。
 今後、グローバル化が進む中で、従業員にはさらに高度な適応力が求められる。
 「グローバルレベルの業界再編やダイバーシティが進むと、バックグラウンドが異なる人々と働く機会が増えるため、ストレスが高まる人も多い。日本で働く外国人従業員のサポートも必須」(外資系企業人事担当者)と話すように、検討すべき課題は増えるだろう。
 メンタルヘルス対策は、生産性をいかに高めるかという人材戦略の視点で取り組むべきものになっている。
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