組織・人事

賃金にまつわるトラブルに備える!正しい労働時間の計算方法は?【前編】

未払い残業、解雇、パワハラなど、人事の現場では様々な労務問題が発生しています。また、働き方改革により労働者の労働法に対する意識も高まっており、人事担当者は日ごろから労働法を意識して活動しなければならなくなりました。
そこで本連載では、「人事労務の話題をやさしく解説!実践労働法」をテーマに、倉重 公太朗氏が代表を務めるKKM法律事務所の4氏に執筆いただきます。

倉重 公太朗 KKM法律事務所 代表弁護士
第一東京弁護士会 労働法制委員会 外国労働法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事、日本CSR普及協会 理事、経営法曹会議会員、日本労働法学会会員
経営者側労働法を多く取り扱い、労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、人事労務担当者・社会保険労務士向けセミナーを多数開催。

近衞 大 KKM法律事務所 弁護士
第一東京弁護士会 労働法制委員会 均等法部会・労使部会副部会長
経営者側労働法を多く取り扱う。人事労務に関する諸問題や労働事件の各種手続での係争案件、組合問題対応、民事事件の多様な案件に対応。

荒川 正嗣 KKM法律事務所 弁護士
第一東京弁護士会 労働法制委員会 時間法部会副部会長 経営法曹会議会員
経営者側労働法を得意とし、民事訴訟、労働審判等の各種手続での係争案件、組合問題への対応のほか、労働基準監督署等による行政指導、人事・労務管理全般について助言指導を多数行なっている。

田代 英治 田代コンサルティング 代表取締役 社会保険労務士
2006年田代コンサルティングを設立し、代表取締役に就任。人事労務分野に強く、各社の人事制度の構築・運用をはじめとして人材教育にも積極的に取り組んでいる。豊富な実務経験に基づき、講演、執筆活動の依頼も多く、日々東奔西走の毎日を送っている。

人事労務の話題をやさしく解説!実践労働法

賃金にまつわるトラブルに備える!正しい労働時間の計算方法は?【前編】

2022年6月の報道によると、レストランチェーンを展開する外食大手のすかいらーくホールディングスでは、切り捨てていた過去2年分の賃金を再計算し、概算16~17億円を労働者に支払うとしました。

労働者から未払い賃金の支払い請求がなされた場合、企業は実態を調査し未払いが認められた場合には支払いに応じなければなりません。また、最悪の場合は労働者から訴えられるなど、訴訟のリスクが伴います。

本件では労働時間の正しい集計方法や労働時間の概念について、KKM法律事務所荒川正嗣弁護士に前編・後編として解説してもらいます。(文:荒川正嗣弁護士、編集:日本人材ニュース編集部

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1分単位での賃金の支払が必要?

報道によると、レストランチェーンを展開する外食大手のすかいらーくホールディングスが、従前5分未満を切り捨てていた労働時間の計算を本年7月より1分単位に変更するとともに、約9万人のアルバイトを対象に、切り捨てていた分の賃金過去2年間分(合計16~17億円となる見込み)を遡及して支払うことを明らかにしました。

同社は、従前の5分単位の勤怠管理自体が違法である認識はないとしているとのことですが、労働時間の計算の切り捨ては、勤怠管理(労働時間管理)や賃金支払の上でどのような問題があるのでしょうか。

「超過分が分単位であっても賃金を支払う義務を負う」

労働時間の切り捨てと労基法上の規制

賃金全額払いの原則及び割増賃金支払義務

労働契約上、時給制の場合は実労働時間に応じて、実際に支払うべき賃金額が定まります。

また月給制の場合、月の所定労働時間分の労働の対価として月給が定められていますが、実労働時間が所定労働時間を超えれば、その超過分に対しても賃金が発生するというのが、労働契約における当事者の合理的意思であるのが通常です(なお、「所定労働時間」とは労働契約上、労働者に義務付けられている労働すべき時間です)。

そして、上記実労働時間が、所定労働時間を超えるものの、法定労働時間である週40時間又は1日8時間(労基法32条1項及び2項)の範囲内である場合(いわゆる「法内残業」の場合)、使用者は、労働契約上定められている1時間当たりの賃金(時給制の場合は当該時給額、月給制の場合は月給を月の所定労働時間で除した額)を支払う義務を負います。

他方で、上記実労働時間がたとえ分単位であっても法定労働時間を超えるならば、超過分は法定時間外労働にあたり、使用者は、割増賃金を支払う義務を負います(労基法37条1項)。また、実際に支払うべき賃金の発生が確定すると、使用者はそれを全額支払わなければなりません(賃金全額払いの原則・労基法24条1項)。

「割増賃金支払義務違反は、6箇月以下の懲役又は月30万円以下の罰金に処される」

労働時間の切り捨ては労基法違反

上記(1)のとおり、実労働時間は、割増賃金を含めた賃金の発生の有無や、金額に重要な意義を持ち、分単位での集計が必要となります。実労働時間を切り捨てると、その分の賃金は支払われなくなりますが、これは既述の賃金全額払いの原則や割増賃金支払義務といった労基法の規制に反し、違法です。

いずれの違反も刑罰の対象となり、賃金全額払原則違反は30万円以下の罰金(労基法120条1号)、割増賃金支払義務違反は6箇月以下の懲役又は月30万円以下の罰金(労基法119条1号)に処せられます。

なお、労働時間に関しては、既述の週40時間又は1日8時間の法定労働時間規制がありますが、同規制の例外として、使用者は時間外及び休日労働に関する協定(いわゆる「三六協定」)を締結すれば、その範囲内で法定時間外及び法定休日労働をさせることが可能です(労基法36条1項)。ただし、この時間外及び休日労働に対する上限規制(労基法36条3項~6項)もあります。これらは実労働時間に対する規制ですから、これとの関係では労働時間を切り捨てることは当然認められません。労働時間管理は実労働時間を把握して行わねばなりません。

「例外的に労働時間集計上の端数処理を認める監督行政の取扱いもあるものの留意が必要」

監督行政上の取扱いとその留意点

ただし、監督行政は、割増賃金の算定に関してですが、労働時間の切り捨てについて、次のように一定の場合には労基法違反とは扱わない旨の解釈を示しています。

すなわち、当該月における時間外、休日又は深夜の総労働時間数に30分未満の端数がある場合には切り捨て、30分以上の端数がある場合には1時間に切り上げることは、「常に労働者の不利となるものではなく、事務簡便を目的としたものと認められるから、法24条及び法37条違反としては取り扱わない。」というものです(昭63年3月14日 基発第150号・婦発第47号)。

この行政解釈に依拠して、使用者が賃金計算をするにしても、留意点が5つあります。

まず、1点目は既述のとおり、当該解釈は、割増賃金の算定に関するものであり、法内残業の場合の賃金の計算については言及されていません。労働時間の切り上げとともに行われる切り捨てであるならば、「常に労働者の不利にならず、事務簡便を目的としたもの」として、違法とはしない、という解釈がされる余地があるかもしれませんが、不透明です。

また、2点目として、労働時間を切り捨てるだけではなくて、切り上げも行うことで、労働者に実労働時間に基づき本来支払われるべきものよりも低い額の割増賃金が支払われることもあるが、逆に高い額が支払われることもあり、したがって労働者に常に不利でない限りにおいて、割増賃金計算の事務を簡略化するという目的のものとして許容するというのが、同解釈の要点だと解されます。

冒頭の事案では、5分未満の労働時間の切り捨てをする一方で、例えば5分以上~10分未満は10分に切り上げていた旨の事情は報じられていません。もし切り捨てのみをしていたならば、上記行政解釈の下でも、労基法違反との評価は免れません(なお、「常に労働者の不利」とはならないかどうかが要点だとすれば、30分未満で切り捨て、30分以上で1時間に切り上げはなくて、それよりも小さな単位で切り捨て、切り上げをすることは、上記行政解釈の下でも許容され得るところでしょう。)

3点目として、上記行政解釈は、月の割増賃金の算出において、月の総労働時間についての切上げと切下げを一定の場合に許容するというものであって、1日や週の労働時間の集計でもこれを行うことを許容する旨を述べるものではありません。1日や週で切り上げ、切り捨てをするのでは、あまりに労働実態とかけ離れた労働時間の集計結果となる可能性があります。

4点目として、上記行政解釈は、あくまで月の割増賃金の算定過程での労働時間の集計における切り上げ、切り捨てが許容され得る場合を述べるに過ぎません。上記(2)でも述べたとおり、法定労働時間規制や、時間外及び休日労働の上限規制は、実労働時間を規制するものであって、上記行政解釈は労働時間管理においても一定の場合に切り上げ、切り捨てを認めるというものではありません。

5点目として、上記行政解釈は、あくまで監督行政においては労基法24条及び37条違反とは扱わないとするのみであって、切り上げとともに行う切り捨ての結果として割増賃金を支払わないことについては、少なくとも労働者の同意がない限りは、割増賃金請求権自体は消滅しない旨の裁判官の見解もあります(佐々木宗啓ほか編著「類型別 労働関係訴訟の実務(改訂版)」(青林書院)181頁)。訴訟等で労働者が切り捨てられた時間分の割増賃金請求をした場合、あくまで法律の解釈適用は裁判所の専権であり、上記行政解釈は裁判所を拘束しませんから、たとえ使用者が同解釈に沿った処理をしていたとしても、当該請求が認容される可能性は否定できないということです。

原則どおりの分単位の集計が妥当

上記のような留意点のほかに、今日においては労働時間の集計は勤怠管理システムなり、表計算ソフトを用いれば分単位での集計把握も容易です。このことにも鑑みると、あえて、上記行政解釈に依拠して実際よりも多く、または少なく割増賃金を支払うことになり得る労働時間の切り上げと切り捨てを行わず、原則どおり分単位の集計をしておくのが妥当と考えます。

(後編に続く)

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荒川正嗣(弁護士)

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