「失業なき労働移動」へ雇用ルール見直し

雇用ルールの見直しで経済成長を目指す安倍政権の政策が動き始めた。雇用維持型から労働移動支援型へと雇用政策の転換が進むと、これからの企業の人材戦略と人々の働き方に大きな影響を与えることになる。(文・溝上憲文編集委員)

人事

転職入職率(在籍者に対する転職入職者)を9%に

6月14日に公表された安倍政権の成長戦略(日本再興戦略)に掲げた「雇用制度改革・人材力の強化」の取り組みがいよいよ動き出した。取り組み課題の多くは政府の産業競争力会議や規制改革会議などの有識者会議で議論されてきたものだ。

その内容についてはすでに実行に移されつつある施策もあれば、各種会議等で本格的議論を経て実行されるものもある。

後者の代表的なものは、ジョブ型正社員の普及、労働者派遣制度の改革、労働時間法制の見直しなどの雇用制度改革である。こうした重要課題は法令等の改正を含むため、有識者懇談会や労働政策審議会、そして政労使3者による議論が行われることになっている。

産業競争力会議が強く主張したのは、リーマン・ショック以降の失業者の増大による雇用維持型の政策を転換し、能力開発支援を含めた労働移動支援型への政策に改めようというものだ。

成熟産業から成長産業への「失業なき労働移動」を実現し、具体的数値目標として今後5年間で、失業期間6カ月以上の者の数を2割減少させ、転職入職率(在籍者に対する転職入職者)を9%にするとしている。

民間人材ビジネスの活用によるマッチング機能の強化も盛り込まれた。ハローワークの情報等の民間開放を図り、学卒未就職者や復職希望の女性など幅広いニーズに応えるために民間人材ビジネスを最大限に活用していく。

「限定正社員制度」の立法化を巡り、労使で攻防

再興戦略では個人のライフスタイルや希望に応じて柔軟で多様な働き方が可能となる制度の見直しを進めることにしている。

具体的には①労働時間法制の見直し、②研究者等の労働契約法をめぐる課題の検討、③労働者派遣制度の見直し、④職務、地域に限定した正社員の普及、⑤最低賃金引上げのための環境整備―の5つを掲げていた。このうち「限定正社員制度」については、すでに厚労省の有識者会議で議論が始まっている。

その前に、限定正社員制度とは何か、そして何が争点になっているかを理解する必要がある。勤務地、職務、労働時間が限定された正社員が限定正社員だが、規制改革会議(答申)は「ジョブ型正社員」と呼ぶ。一般的にはワークライフバランスのとれた多様な働き方と解釈されることが多いが、そんな単純なものではない。

ジョブ型正社員の提唱者である労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員は、労基法が想定していない日本特殊の働き方である「無限定正社員」に代わって増え続ける非正規社員の救済策として位置づけている。

つまり、仕事がある限りは安定した雇用が保障される働き方が非正規社員の救済策として有効だという視点だ。 ただし、その結果、無限定な働き方をしている正社員を前提とする判例法理(整理解雇の4要件)の中の解雇回避努力に伴う配置転換の努力義務は限定的にならざるをえないことになる。

厚労省としては有識者懇談会においては、限定正社員の「労働条件の明示等、雇用管理上の留意点」などを整備することにしている。

すでに9月10日に第1回の会議が開催されたが、検討事項として、制度導入のプロセス、労働契約締結・変更時の労働条件明示のあり方、労働条件の在り方、いわゆる正社員との均衡の在り方、相互転換制度を含むキャリアパス―を挙げている。

注目されるのは労働条件のあり方だ。処遇を含めた正社員と異なるどのような位置づけにしていくのかに関心が集まる。10日の懇談会では「正社員の待遇を切り下げるために制度を悪用することを防ぐ必要がある」という意見も出されている。

厚労省としては2014年度中にとりまとめる予定だが、あくまでモデル事例の提示にとどまり、法令化するつもりはないようだ。だが、それだけでは飽き足らないのが経済界だ。規制改革会議の雇用ワーキンググループの経営者委員の中には限定正社員について「パフォーマンスの悪いジョブ型正社員は解雇できるのか」と曲解する向きもあった。

また経団連も提言の中で「勤務地ないし職種が消滅した事実をもって契約を終了しても、解雇権濫用法理がそのまま当たらないことを法定すべきである」と立法化を求めている。

これに対して、労働組合の連合は、限定正社員について解雇権濫用法理を無効にする立法措置は論外だと反対。また、企業が正社員を意図的に限定正社員に転換する可能性があるとして、導入に警戒感を示している。

その他にも重要な課題が控えている。一つは労働時間法制の見直しだ。再興戦略には「企画型裁量労働制を始め、労働時間法制について、早急に実態調査・分析を実施し、本年秋から労働政策審議会で検討を開始する。

ワークライフバランスや労働生産性向上の観点から、総合的に議論し、1年を目途に結論を得る」としている。厚労省はこれを踏まえて、今後、労働政策審議会で議論していくことにしている。

労働者派遣制度見直し 専門26業務は廃止へ

もう一つは労働者派遣制度の見直しだ。再興戦略では労働者派遣制度のあり方について「専門26業務に該当するかどうかによって派遣期間の取り扱いが大きく変わる現行制度の在り方に関して有識者による検討を進め、本年8月末までを目途に取りまとめる。さらに労働政策審議会で議論を行った上で、早期に必要な法制上の措置を講ずる」としていた。

議論のたたき台となる8月20日に出された厚労省の「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」報告書は、常用代替防止措置を緩和する大胆な制度の見直しを提起した。専門26業務の区分の廃止と派遣労働者を無期雇用と有期雇用に分けて、無期雇用派遣を常用代替防止の対象から外すというものだ。

すでに8月30日から厚労省の労働政策審議会で審議が始まっているが、常用代替防止の緩和に反対する労働者側委員との間で激しい議論が展開されている。

雇用規制緩和、解雇の金銭解決制度の検討進むか

安倍晋三首相ら政府と労働界、経済界の代表による「政労使会議」が9月20日からスタートした。欧州では賃金・雇用政策を議論する場として定着しているが、日本でこうした定例会議が設けられるのは初めてとなる。会議は来年1月中旬まで開催される。

目的は賃金、雇用改革による経済の好循環を促すことにあるが、労使の思惑が異なる。経済界としては労働規制の緩和を含む規制緩和の実現を訴え、労働界は非正規雇用の雇用不安の解消や大企業と中小企業の格差是正を実験していきたい意向だ。

現段階ではどういうテーマについて合意を目指すのか決まっていないが、賃上げと並んで雇用規制の緩和が焦点となる可能性が高い。最後に不気味な動きをしているのが特区構想における雇用規制の緩和だ。

再興戦略には地域を限定し、内閣総理大臣主導で成長戦略を実現するための大胆な規制改革を実行する「国家戦略特区」の創設が盛り込まれている。

新聞報道によると、政府は①入社時に契約した解雇条件に基づいて解雇できる、②一定の年収がある場合などは労働時間規制から外す、③労働契約法の有期契約労働者の5年を超えた際の無期雇用転換の緩和―について検討。

対象は特区内にある開業5年以内の事業所や外国人労働者が3割以上いる事業所を想定し、具体的な特区地域を10月末に指定。秋の臨時国会に出す国家戦略特区関連法案に盛り込む予定だ。

その他、政府の規制改革会議では引き続き、解雇の金銭解決制度についても検討していくことにしている。再興戦略では触れていないが、規制改革会議の答申では「判決で解雇無効とされた場合における救済の多様化など労使双方が納得する雇用終了の在り方については、諸外国の制度状況、関係各層の意見など様々な視点を踏まえながら丁寧に検討を行っていく必要がある」と今後の検討に含みを持たせている。

また、規制改革会議の大田弘子議長代理も議論することに意欲的だ。この秋から来年の通常国会にかけて、かつてないほどの雇用制度の抜本的見直しの議論が続くことになる。場合によっては、日本人の働き方そのものが大きく変わる可能性もある。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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