組織・人事

労災保険法、育児・介護休業法 改正対応チェックリスト

9月1日から施行されている労働者災害補償保険法の改正と、来年1月1日から施行される育児・介護休業法施行規則等の改正について、実務で注意すべきポイントを社会保険労務士の浅野育美氏に解説してもらった。

日本人材ニュース

浅野 育美 社会保険労務士(汐留社会保険労務士法人)

副業・兼業の促進は、労働者の自由な働き方の選択肢を増やし、キャリア選択の可能性を広げるという意味でも、労働者が主体的に取り組むことのできる「働き方改革」といえるでしょう。多様で柔軟な働き方を推進するために、副業・兼業を容認する企業が増加し、複数の事業所で働く労働者も増えてきています。

そのような状況を踏まえ、労働者が安心して働くことができる環境を整備するため労働者災害補償保険法(以下、「労災保険法」という)が改正され、令和2年9月1日から施行されています。

また、育児や介護を行う労働者が子の看護休暇や介護休暇をより柔軟に取得することができるよう、育児・介護休業法施行規則等が改正され、時間単位で取得することができるようになります(施行は令和3年1月1日)。

本稿では、この2つの法改正について、押さえておきたいポイントと実務上の留意点について解説します。

労災保険法の改正

複数の事業場で働く労働者が増える中、その状況に対応したセーフティーネットの整備を図るための必要な措置を講ずること等を改正の趣旨とした改正労災保険法が令和2年9月1日に施行されました。

従来の労災保険制度の課題

労災保険は、労働者が業務や通勤が原因で、けがや病気等になったときや死亡したとき等に、治療費や休業補償等、必要な保険給付を行う制度です。労働基準法による事業主の災害補償責任を代行するものであり、労災認定における業務起因性の判断にあたっては、原則として、業務災害が発生した事業場のみで業務上の負荷を評価し、認定できるかどうかの判断をしていました。

そのため、従来の制度では、複数の会社で働いている労働者の場合でも、それぞれの勤務先ごとに労働時間やストレス等の業務上の負荷を個別に評価するため、結果として労災認定がなされないことがあり、さらに災害が発生した会社の賃金のみで給付額等が決定されていたため、すべての勤務先の賃金額を合算した額で給付がなされないこと等が課題とされていました。

法改正の対象者

今回の法改正の対象者となるのは、「複数事業労働者」です。複数事業労働者とは、業務や通勤が原因でけがや病気等になったときや死亡した時点で、①事業主が同一でない複数の会社と労働契約関係にある労働者、②一つの会社と労働契約関係にあり、他の就業について特別加入をしている労働者、③複数の就業について特別加入をしている労働者のことをいいます。

また、被災した時点で複数の会社と労働契約関係にない場合であっても、その要因となる事由が発生した時点で、複数の会社と労働契約関係があった場合には「複数事業労働者に類する者」として、法改正の対象となります。

改正内容

そこで、複数の事業場で働く労働者の保護のため、次のような改正が行われました。改正には4つのポイントがあります。

まず1つ目は、複数事業労働者の保険給付が、すべての就業先で支払われている賃金額を合算した額を基礎として給付基礎日額が決定されるようになります。

2つ目は、複数事業労働者について、1つの就業先のみでは労災認定されない場合は、複数の就業先の労働時間やストレス等の業務上の負荷を総合的に評価して、労災認定の判断を行うこととなります。総合的に評価した結果、労災認定されるときは、この新しい災害を「複数業務要因災害」といいます。

なお、その対象となる傷病等は、脳・心臓疾患や精神障害等です。1つの就業先のみで労災認定の判断ができる場合は、これまで通り「業務災害」として保険給付がなされますが、この場合であっても、すべての就業先の賃金の合計額を基礎として保険給付されますので、注意が必要です。

3つ目は、今回の改正の対象は、令和2年9月1日以降に発生した負傷または疾病等についてのみですので、8月31日以前に発生したものについては、改正前の制度により保険給付や労災認定が行われますので、この点も注意が必要です。

最後に、労災保険には、各事業場の業務災害の多寡に応じ、労災保険率又は保険料を増減させるメリット制がありますが、今回の改正については、非災害発生事業場については、メリット制には影響せず、業務災害が発生した事業場の賃金に相当する保険給付額のみがメリット制に影響します。

法改正の対象者は「複数事業労働者」

●労災保険法の改正のポイント

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(出所)厚生労働省「複数事業労働者への労災保険給付」

実務上の注意点とは

実務上の注意点として、労災保険給付の申請様式が「業務災害用」から「業務災害用・複数業務要因災害用」に改正されました。改正後は、「その他就業先の有無」欄が追加され、複数就業している場合は、当該欄に「複数就業先の有無」等について適切に記入する必要があります。

また、複数就業先の賃金額を証明するために、非災害発生事業場についても平均賃金算定内訳を記入し、提出をする必要があります。平均賃金算定内訳の提出が必要となるのは、「休業(補償)等給付」「障害(補償)等給付」「遺族(補償)等給付」「葬祭料等(葬祭給付)」です。

改正内容を理解いただき、適切に保険給付に関する手続きを行えるよう留意しましょう。

育児・介護休業法施行規則等の改正

育児や介護を行う労働者が子の看護休暇や介護休暇をより柔軟に取得できるよう育児・介護休業法施行規則等が改正され、令和3年1月1日から時間単位で取得できるようになります。

従来の子の看護休暇・介護休暇の課題

育児介護休業法では、小学校就学前の子を養育する労働者や2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態である家族の介護をする労働者に対し、労働者本人からの申し出があった場合、年次有給休暇とは別に年に5日を限度(対象家族が2人以上の場合は10日を限度)として、子の看護休暇・介護休暇を与えることを義務付けています。

現行の子の看護休暇・介護休暇では、1日単位に加えて、半日単位での取得が可能ですが、会社に特別な定めがない限り、半日より短い単位での取得はできません。また、1日の所定労働時間が4時間以下の労働者は半日単位の取得ができないことになっています。

しかし、子の看護休暇・介護休暇を取得するケースでは、必ずしも半日や1日の休暇を取得する必要がないことも多く、要件の所要時間に応じ、より柔軟に取得できることが課題とされていたため、改正が行われることになりました。

改正内容

今回の改正では2つのポイントがあります。

まず1つ目は、従来、1日の所定労働時間が4時間以下の労働者については、半日単位での取得ができませんでしたが、改正後は1日の所定労働時間に関係なく、時間単位での取得ができるようになります。

ただし、週の所定労働日数が2日以下の労働者や雇用期間が6カ月未満の労働者、子の看護休暇・介護休暇を時間単位で取得することが困難な業務に従事する労働者(長時間の移動を伴う業務や流れ作業方式や交替制勤務等)は、労使協定を締結することにより、時間単位の取得の対象から除外することができます。

2つ目は、時間単位の「時間」とは、1時間の整倍数の時間をいい、労働者からの申し出に応じ、労働者の希望する時間数で取得できるようにする必要があります。また、法令ではいわゆる「中抜け」(就業時間の途中から時間単位の休暇を取得し、就業時間の途中に再び戻ること)ありでの時間単位の休暇の取得までは求められていません。

ただし、法を上回る制度として、「中抜け」ありでの取得ができるよう企業に配慮を求めていることから、自社に適した実りのある制度となるように検討すると良いでしょう。なお、既に「中抜け」ありの休暇を導入している企業が、「中抜け」なしとすることは労働者にとって不利益な労働条件変更となるため、注意が必要です。

これまでよりも柔軟な子の看護休暇・介護休暇の取得が可能になる

●育児・介護休業法施行規則等の改正のポイント

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(出所)厚生労働省「子の看護休暇・介護休暇の時間単位取得リーフレット」

運用上の注意点

年次有給休暇について時間単位での取得ができる制度を設けている場合は、制度の違いを整理しておく必要があるでしょう。子の看護休暇・介護休暇の時間単位での取得は、必要な世話を行う労働者に対し与えられる休暇で、年次有給休暇とは別に与える必要があり、看護や介護をしながら働き続けることができるようにするための権利として位置づけられています。

それに対し、年次有給休暇の時間単位での取得は、有給休暇をより有効に活用することを目的としており、義務ではありません。本来、年次有給休暇は心身の疲労回復やゆとりある生活のために与えるものですので、その目的からすると1日単位で取得することが望ましく、年次有給休暇を時間単位で取得するためには労使協定の締結が必要です。

すでに導入している制度との関係を把握した上で、子の看護休暇・介護休暇の時間単位取得が可能となったことについて、労働者への周知や就業規則の改訂も忘れずに行いましょう。

少子高齢化が進み、育児や介護をしながら働く人材や、副業・兼業等多様な働き方が増える中で、さまざまなバックグラウンドをもつ労働者が働きやすい環境を整えていくことは、自社の労働生産性の向上や、優秀な人材に選ばれる企業づくりにもつながるでしょう。今回の法改正を機に、よりよい制度の構築を検討されてはいかがでしょうか。

労働者への周知や就業規則の改訂が必要

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