組織・人事

【2020年4月施行】同一労働同一賃金で変わる基本給・賞与・退職金

「パートタイム・有期雇用労働法」「改正労働者派遣法」の施行が2020年4月に迫る中、各社の人事担当者は人事・賃金制度や就業規則の見直しに追われている。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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働き方改革関連法の大きな柱である改正労働基準法と並ぶもう一つの柱である「パートタイム・有期雇用労働法」と同一労働同一賃金の規定を盛り込んだ「改正労働者派遣法」が2020年4月に施行される。

最大の目的は均等・均衡待遇原則に基づき正規社員と非正規社員の不合理な待遇差の解消を目指すことにある。不合理な待遇差の是正を巡っては、すでに労働契約法20条に基づいた訴訟・判決が相次いでいるが、施行に向けた労使協議も大詰めを迎えている。

法改正で「待遇の目的や性質」の視点が加わる

●同一労働同一賃金ガイドラインの全体像

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(特定社会保険労務士 小宮弘子氏作成)

NTT労組、雇用形態間の処遇39項目の「考え方」を春闘で提出

例えばNTT東日本、NTT西日本、NTTドコモ、NTTデータなどの労組を抱えるNTT労働組合(組合員数15万5000人)は2017年から同一労働同一賃金を踏まえた非正規の処遇改善について通年的な労使協議を行ってきた。

その成果の一つが2017年春闘前に妥結した「サポート手当」の創設だ。従来、正社員に支給していた社員食堂などで使える月額3500円相当の電子マネーや食券の「食事補助」を廃止し、仕事面や生活面から支援する「サポート手当」(3500円)として有期雇用のフルタイム勤務者まで拡大して支給することになった。

さらに2017年8月には有期雇用を含む全ての雇用形態の従業員を対象にした福利厚生のあり方を検討する労使間協議がスタート。その結果、2017年12月に「福利厚生の基本項目(新たな福利厚生パッケージサービス等)を全ての雇用形態に適用することで合意した。

続いて2018年9月に福利厚生の長期支援項目(財産形成メニューの充実等)についても正社員だけではなく、無期雇用者(有期から無期転換した人)にまで適用することで合意している。

また、有期雇用者と正社員の同一労働同一賃金の本格的な解決を図る2020年の法律施行に向けて2018年12月18日に「『同一労働同一賃金』に対するNTT労組の考え方」(以下、考え方)を策定している。

これは政府の「同一労働同一賃金ガイドライン」と連合がまとめた「同一労働同一賃金ガイドラインの手引き」の内容と、NTTグループ主要8社の賃金制度・服務制度・福利厚生制度等の項目を照らし合わせ、同一会社の雇用形態間の処遇についての労組としての考え方を整理したものだ。

そして2019年2月の春闘要求において傘下の6企業本部ごとにまとめた考え方をグループ企業に提出。現在も労使協議が続いている。「考え方」は基本給、一時金、職務関連手当、生活関連手当、休暇制度、休職制度、福利厚生など全39項目に分かれ、NTTグループ(主要8社)の項目を挙げ、概念整理をしている。

具体的には「同一・同率・同額」とすべきものと、制度上の合理的な差を認めるものについては「位置づけ・役割等に応じた処遇」と整理。さらに「考え方、検討の視点等」として、概念整理や適用範囲を検討する際の考え方や視点などを記載している。とくに概念整理の「同率」「同一」「同額」は早期に解決すべき項目として重視している。

NTTグループの基本給は資格賃金(業務経験・能力)、成果手当(業績・成果)、加給(勤続等)の3つで構成される。ガイドラインは基本給について①職務経験・能力に応じて支給する場合、②業績・成果に応じて支給する場合、③勤続による職業能力の向上に応じて支給する場合―の3つについてその相違に応じた支給を求めている。

それ対して「考え方」では3つの賃金について「位置づけ・役割等に応じた処遇」とし、雇用形態では資格賃金・成果手当については正社員と限定正社員が共通とし、無期雇用者は「支給水準について議論する」としている。同様に加給は無期雇用・有期雇用も支給水準について議論することにしている。

賞与に当たる一時金についてはガイドラインでは、業績への貢献に応じてボーナスを支給する会社の場合、正社員との貢献度が違う場合でも、その違いに応じて非正規にも支払うように求めている。また、2019年2月15日、大阪高裁は非正規にも賞与の支払いを命じる判決を下している。

「考え方」では、賞与にあたる「特別手当、一時金」について会社業績等への貢献に応じた処遇との見解を示し、現在支給されている正社員、限定正社員以外の有期・無期雇用・60歳超雇用者にも支給することを求めている。

各種手当は職務関連手当と生活関連手当に分けて整理。職務関連手当には「職責手当」「常災害復旧作業手当」「宿日直手当、交代手当、オンコール手当」「外勤手当、裁量研究開発手当」「資格取得奨励金」などじつに多くの手当がある。ガイドラインでは原則として同一の勤務形態で業務に当たる場合は同一の支給を求めている。

考え方では、これを踏まえ、例えば職責手当は「役職・職責ごとに同額」としている。他の手当についても全て雇用形態共通で「同額」を求めている。その中の「非常災害復旧作業手当」については、災害時の対応は有期・無期に関係なく支給すべきであるとして、全雇用形態の社員に同額を支払うことで妥結している。

生活関連手当には「扶養手当」もある。これは「扶養する親族の生計を維持する上での負担は雇用形態によらない」として同額の支給を求めている。現在、各項目について労使で議論を行っているが、労組としては秋には決着したい意向だ。

職務・役割給導入企業業務の実態次第で問題に

すでに多くの企業で同一労働同一賃金の検討が本格化しているが、特に大企業の場合は中小企業と違い、正社員と非正規の賃金格差が大きく、原資をにらみながら賃金制度の見直しを図る企業も出ている。例えば諸手当については基本給に組み入れ、基本給で正規と非正規のバランスを取ろうとする企業もある。

従業員約1万人の大手医療機器メーカーは2017年に有期雇用者も含めて職務・役割給制度に移行した。正社員・有期ともに職務グレードを設定し、グレードごとに職務内容を記した職務記述書で明確化し、業務が重ならないようにしている。しかし、同社の人事担当役員はそれだけ
では安心できないと言う。

「職務の違いに応じた基本給を支払うことで問題は発生しないと思うが、現場で正社員と有期に同じ業務をさせると問題になる。職務記述書は部門単位で作成しているが、あくまでも正社員と有期の業務が重なることがないように正社員の職務記述書に一行でも多く記載するようにしなさいと言っている。そうしないと法的に問題になると注意喚起している」

職務・役割給を導入しても正社員と有期の業務の実態が同じであれば問題となる。同様の課題を抱えている食品加工メーカーの人事部長はこう語る。

「正社員については独自の役割等級制度によって業務の内容は一定程度決まっている。契約社員の処遇制度を新たに作ったが、現場のマネジャーの中には正社員と同じような仕事を契約社員にさせている実態もある。マネジャーは『業務の明確な基準がないから仕事を分けられない』と文句を言ってくる。逆に基準を作ると、仕事の効率が悪くなる可能性もあるが、現時点では作る方向で作業を進めている」

諸手当については前出の医療機器メーカーでは従来の正社員の職務・生活関連手当が20種類あったが、そのほとんどを基本給に組み込んだ。一部の家族手当などの生活関連手当については経過措置によって逓減していく仕組みになっている。ただし、賞与や退職金については検討
の最中だ。

「どこまで正社員と有期の整合性を取るのか難しいところだ。賞与に関しては正社員には5カ月支給しているが、有期はそこまで出していない。こちらとしては正社員と有期の仕事を明確に分け、賃金体系も違うことを理由に賞与の違いも法的に抗弁できるものと考えているが、有期にどの程度支給するのか、目下検討している」(前出・人事担当役員)。

同社は退職金も検討することにしているが、まだ結論を出していない。

派遣労働者への退職金支給が義務化

実は退職金については指標となる同一労働同一賃金ガイドラインにも具体的に触れておらず、多くの企業でも検討するにしても後回しでよいと考えているフシがある。

その中で2020年4月施行の改正労働者派遣法では派遣労働者については退職金を支給する必要がある。それを具体的に示したのが2019年7月8日に発出された厚労省職業安定局長の通達(2020年度の「同種の業務に従事する一般の労働者の平均的な賃金の額等について」)だ。

通達には派遣労働者と派遣先正社員との同一労働同一賃金(均等・均衡待遇)の実現に当たって特例として認めた派遣元の「労使協定方式」を満たすべき賃金水準などの要件が列挙されている。

派遣事業者は派遣先の正社員との均等・均衡待遇を求める「派遣先均等・均衡方式」か、派遣元の「労使協定方式」のいずれかの仕組みを選択する必要があるが、現実には派遣先企業の意向で「派遣先均等・均衡方式」ではなく「労使協定方式」の準備を進めている派遣事業者が多いという。

なぜなら派遣労働者の均等・均衡待遇を図るために派遣先は自社の比較対象労働者の昇給・賞与など賃金等の待遇に関する情報を派遣元に提供する義務があるが「派遣先の社員と処遇を揃えることに加え、基本給や賞与、手当などの情報を提供することを嫌がり、『労使協定方式』を求めてくる」(業界関係者)からだ。

労使協定方式の場合、法律では「派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する一般の労働者の平均的な賃金額として厚生労働省令で定めるものと同等以上であること」を求めている。労使協定方式であっても派遣事業者の中には立場の強さを背景に派遣社員の賃金を安く設定して派遣する可能性もあり、そのため一般労働者の賃金額と同等以上とした。その賃金水準は基本給・賞与と並んで退職金も含まれる。

支給方法の選択肢は以下の3つである。
 ① 勤続年数などによって決まる一般的な退職金制度を適用する
 ② 時給に6%を上乗せする退職金前払い方式
 ③ 中小企業退職金共済制度など退職年金制度に加入している場合は掛金を給与の6%以上にする

例えば①を選択する場合、一つの事例として「平成30年中小企業の賃金・退職金事情」(東京都)を使い、退職金受給に必要な最低勤続年数を3年とし、支給月数については大卒自己都合、大卒会社都合の退職時の勤続年数ごとに示している。

選択肢②の時給上乗せの6%は、賃金構造基本統計調査を使い超過勤務手当分を調整した現金給与額に占める退職給付等の費用の割合を根拠にしている。派遣事業者の負担増は避けられないが、その負担は派遣先企業にものし掛かかる。

派遣先企業は待遇改善が行われるよう配慮する義務が法定化され、今後派遣先企業と派遣事業者との価格交渉が始まるが、派遣先企業は「今の価格で吸収しろと言えなくなる。通達を根拠に値上げを請求していく予定」(業界関係者)という。

同様に局長通達を根拠に派遣労働者の「退職金」を派遣先に請求してくることになる。労使協定方式により派遣労働者に退職金相当額を支払う以上、自社の有期雇用社員に払わなくてもよいということにはならないかもしれない。

同一労働同一賃金の提唱者である東京大学社会科学研究所の水町勇一郎教授(労働法)は、あるセミナーで「派遣労働者の退職金制度や前払い方式が2020年4月から実現する。派遣社員も退職金をもらうのに有期契約社員には退職金がないということはあり得ない」と述べている。

東京高等裁判所は2019年2月20日、駅の売店で働く正社員に支給している退職金を契約社員にも支払うように命じる判決を下している(メトロコマース事件)。

同一労働同一賃金法制の施行の前に企業は退職金制度を含めた人事制度の見直しを含めた労使協議や就業規則の改定などやるべき仕事が山積している。残された時間は少ない。

チェックが付く項目は検討・見直しが必要

●同一労働同一賃金による待遇見直しチェックリスト

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(特定社会保険労務士 小宮弘子氏作成)
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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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