組織・人事

【ダイバーシティ最前線】動き始めたLGBTへの取り組み

LGBTと呼ばれる性的少数者に対するダイバーシティの推進が官民で始まっている。大手企業を中心に社内規定を見直す動きも相次いでいるが、性的少数者が働きやすい環境を整備するために重要なのが、LGBTに対する偏見をなくし、職場の理解と啓発を促す活動だ。企業の取り組みを取材した。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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LGBTへの対応は欧米企業ではダイバー シティマネジメントの一つ

LGBTはレズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(性同一性障害者を含む)の頭文字を取った言葉だ。

国連などでは、性的指向(人の恋愛感情や性的関心がいずれかに向かうかの指向)、性自認(自分がどの性別にあるのか、その人が自認する性別)を主な要素としている。 欧米企業では人種、国籍、性別などと並んで多様な価値観、文化を包摂するダイバーシティマネジメントの一つとして捉えられている。

だが、日本での最大の問題は職場でのLGBTに対する認知度が低いことだ。電通ダイバーシティ・ラボが全国約7万人を対象にした調査結果では、自分が性的少数者であると認識している人は7.6%(約13人に1人)にのぼる。 人種・民族を問わず左利きの人は10%いると言われるが、それをイメージすると身近に存在することがわかる。従業員1万人規模の製造業であれば、性的少数者の数は一つの工場の従業員規模に匹敵する。

顕在化しないまでも性的少数者に対する認知度の低さや無理解による周囲の言動が仕事に対する意欲を失わせ、精神的に追いつめている可能性もある。

東京五輪スポンサー企業がLGBTの取り組みを開始

その中で2015年4月に施行された東京都渋谷区の「同性パートナーシップ条例」と、同性カップルに相当する関係と認める「パートナーシップ証明書」の発行が話題を呼び、徐々に関心が高まりつつある。

また、2014年12月に国際オリンピック委員会が五輪憲章に「性的指向を理由とする差別の禁止」を盛り込んだことも日本に影響を与えた。

2020年には東京五輪・パラリンピックを控えている。最高位スポンサーであるパナソニックも五輪憲章を踏まえて福利厚生の対象を同性パートナーに拡大するなど全社的なLGBTの取り組みを開始している。 NTTグループもダイバーシティ推進に性的指向・性自認を明記。同性パートナーに「結婚休暇」「忌引休暇」「慶弔金」などを適用。性的マイノリティに関する情報のイントラネットへの掲載や意識啓発のためのコンテンツ制作を行う予定だ。

楽天も9月から性的少数者に配慮した対応を始める。具体的には同性パートナーを配偶者と認めた見舞金などの福利厚生の対象にするほか、家族カードの発行や同性パートナーを死亡保険金の受取人にすることを可能にするようにする。

また、社内規程を改定し、性的指向や性自認による差別をしないことを明示することにしている。

LGBTへの対応が商品・サービス販売にも影響

●「LGBTをサポートしている企業の商品・サービスを積極的に利用するか」への回答

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(出所)電通ダイバーシティ・ラボ「LGBT調査2015」

男女雇用機会均等法の「セクハラ指針」にも明示

政治も動き出している。2015年3月には自民・公明を含む超党派の「LGBTに関する課題を考える議員連盟」(LGBT議連)が発足。

旧民主党が発表した「性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の措置に関する法律案(骨子案)」を参考に法案を作成し、国会で成立させるべく議論を始めている。

その中で6月27日、新たな施策も動き出した。男女雇用機会均等法11条に基づく「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき処置についての指針」、通称「セクハラ指針」に「性的指向・性自認に関するいじめ・嫌がらせ等」が盛り込まれた(施行は2017年1月1日)。 セクハラ指針では性的指向・性自認を問わずセクハラになると解釈されていたが、周知徹底されていないことから明示することにしたものだ。

これを機に企業の社内規程の見直しが進むことが期待され、被害を受けた性的少数者が都道府県労働局の雇用環境・均等部(雇用均等室)に相談しやすくなる効果もある。

社内規定を見直す動きが相次いでいる

●LGBTに関する企業の最近の動き

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LGBTに対するダイバーシティ推進で先行する外資系企業

LGBTに対するダイバーシティの推進は企業にとっても、有能な性的少数者の採用や離職回避、能力発揮などのメリットがあるとされている。その点、外資系企業の取り組みは日本企業よりも先行している。

ゴールドマン・サックスはLGBTの学生向けに「キャリア・メンタリング・セッション」と呼ぶ模擬面接ワークショップを開催し、会社のLGBTポリシーを直接伝えている。

日本IBMは1月から同性パートナーの存在を会社に登録し、有給休暇や育児・介護休職、慶弔見舞金や転勤先への赴任旅費などの制度を利用できるようにし、職場の意識啓発活動も展開している。

日本の職場はダイバーシティに課題

●「現在の勤務先には、オープンで多様性を受け入れる企業文化がある」への回答

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●「現在の職場では、性的マイノリティ(LGBT)は差別の対象にはならない」への回答

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(出所)ランスタッド「2015年第3四半期ワークモニター労働意識調査」

社員のダイバーシティの自主的な取り組みを会社が応援

性的少数者が働きやすい環境を整備するには処遇や社内規程の見直しなど制度整備も必要であるが、何より重要なのがLGBTに対する偏見をなくし、職場の理解と啓発を促す活動だ。

例えば2015年10月に発足したジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)日本法人の「オープン&アウト」もその一つだ。

J&Jグループには社員のダイバーシティの自主的な取り組みを会社が応援する仕組みがあり、LGBTの理解促進を目指し、草の根的活動を展開するグループがオープン&アウトだ。

LGBTコミュニティにとってフレンドリーで働きがいのある企業を目指し、才能ある人材の採用と育成、LGBTに対するより良い製品やサービスの提供、社内外のコミュニティに対する影響など4つのミッションを掲げている。 すでに米国とカナダに創設され、米国では支援者を含む約600人のメンバーが活動を展開している。

日本のオープン&アウトは世界で3番目。日本の代表を務めるのが自身もゲイである人事部の田口周平氏だ。

「来日した米国のダイバーシティ担当のエグゼクティブに、社内でゲイだと打ち明けるのは難しいと相談したときにオープン&アウトの存在を知ったのがきっかけ。米国で活動するグループから情報をもらいながら、友人から日本にも複数のLGBTの社員がいることを聞き、ネットワークを作った。その中で『日本でも何かしたいね』という話になり、オープン&アウトを立ち上げるために各カンパニーの社長会に提案し、承認されてスタートすることになった」と話す。

経営陣がスポンサーとなり、活動予算もつく

承認されると経営陣の一人がスポンサーとなり、活動予算もつく。社長が全社員に発足を周知するメールを発信。3月には米国のオープン&アウトのスポンサーの役員が来日し、日本での活動を激励した。

4月には本社の役員を含む100人以上を対象にLGBTに関する基礎知識や他社の先進的取り組みを紹介するカンファレンスを開催した。

「私たちとしては単なる感情論ではなく、客観的データを使ってLGBTを理解すること、会社がLGBTフレンドリー企業として名乗りを上げることがいろんなところに良い影響を与えることに注力した。参加したアジアパシフィックのリーダーからも『我々がLGBTをサポートすることで気持ちが楽になり、救われる人がたくさんいる』という力強いメッセージをいただいた。結果として活発な意見も出るなど社員の評価も高かった」(田口氏)

オープン&アウトというコミュニティを立ち上げたことにより、今までは孤立していたLGBTの社員や支援者から一緒に活動したいと名乗りを上げる人も増えた。

発足当初のメンバーは6~7人だったが、今では社員のサポーターを含めて47人に増え、5月の連休に東京・代々木公園で開催されたLGBTの最大級のイベントに公式スポンサーとして参加した。

無意識の偏見を取り除くことが重要

田口氏は活動の意義について「女性のダイバーシティにも取り組んでいるが、LGBTの人たちを色眼鏡で見たりするような無意識の偏見をどうすれば取り除けるのかを非常に重要な取り組みとして考えている。LGBTは目に見えないマイノリティとして存在しているために本人がカミングアウトしないと認知されない。誰かが勇気を出してカミングアウトしようと考えたときに、この人だったら言えると思えるようなフレンドリーな職場の雰囲気を醸成できるように働きかけていくことが私たちの役割だ」と強調する。

今後の活動の方向性について「今の活動は本社ベースだが、3分の2の社員が営業職も含めて本社以外の地方で勤務している。理解が進みにくい地方にどのようにして広めていくのかが今後の課題。理解を深める活動を全国に展開していきたい」と語る。 性的少数者を受け入れる職場を醸成していくにはトップのリーダーシップも大事だが、それだけでは変わらない。

社員一人一人の理解を広めていくには意識啓発のための自主的な勉強会やJ&Jのような自主的なコミュニティによる取り組みを草の根的にやっていくことが極めて重要だろう。

日本企業は女性を中心とするダイバーシティに積極的に取り組んでいるが、LGBTに関しても制度の見直しと意識啓発活動の両面から取り組んでいくことを期待したい。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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