国内からグローバルへ、 非正規から正社員へ、 一気通貫の育成システムを構築

人口減少社会に入り、あらゆる産業で優秀な人材の確保と定着の重要性が増している。若手人材の育成や非正規社員から正社員への転換などの一貫した育成システムの再構築に取り組む動きが相次いでいる(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース
目次

【トヨタ自動車】職場での指導と海外派遣で若手を育成

若手人材の育成は企業の持続的成長にとって不可欠であり、近年、育成システムを再構築する動きが増加しつつある。

トヨタ自動車は2001年に全トヨタ社員に向けてグローバルトヨタの「人材育成元年」を宣言。以来、グローバル競争に勝ち抜くために若手から幹部に至るまでの育成システムを整備してきた。

その1つが「組織の小集団化」だ。グループ長(課長)の下に若手社員の面倒を見る3 ~ 4人のチームリーダー(係長職)をグループ長が指名する。この仕組みを「職場先輩制度」と位置づけ、入社後3年間はチームリーダーがマンツーマンで電話の応対やメモの残し方から挨拶のイロハなどの基本的な礼儀作法を含めて責任を持ってしっかりと指導する。

若手社員はグループ長と希望配属先への異動など育成計画を話し合う面談が年1回あるが、その前にチームリーダーを相手に自己PRの予行演習も実施している。新人に限らず「チームリーダーが一緒に仕事をしながら後輩の面倒を見ることでグループ長候補を育てる効果」(人事担当者)も期待されている。

それを補完するのが入社4年目の社員に実施する「指導職研修」だ。教えられる側から教える側への意識の転換を促し、後輩が入ってきたときにどういう立ち居振る舞いをするべきかを考えてもらうのが趣旨。後輩の面倒を見ることの大切さや仕事を通じてどのように教えていくのかという具体的な指導方法も学習させている。

グローバル化対応の教育にも注力している。たとえば入社5年前後の若手社員が海外で1年程度語学研修をしながら現地法人で働く制度は従来からあるが、従来の欧米中心から中国や東南アジアなど新興国への派遣を増やしている。

同時に近年力を入れているのは、入社4年目から9年目の社員を対象に海外の事業体や海外機関への派遣、国内関係会社への出向など原則全員がいずれかを経験する取り組みだ。最大の目的は「全員がこのプログラムのいずれかに放り込まれて、苦労しながら視野を広げ、たくましさを身につけること」(人事担当者)にある。

チームリーダーからグループ長候補を育てる効果

●トヨタ自動車の「職場先輩制度」

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【ギャップ】店長の9割が非正規出身、将来の店長人材を発掘する

著しい人手不足に直面しているのが小売・飲食業界だ。人材の流動化も激しく、中・長期的には経営基盤を揺るがしかねない事態に陥る可能性もある。人材の定着と育成が急務であるが、最近の傾向として非正規の契約社員から正社員・幹部につながる一気通貫した育成システムを構築しつつある。

小売業のギャップジャパンは正社員店長の9割を非正規出身者が占める。同社の最大の強みは丁寧な育成とキャリア意識を支える緻密な教育・評価システムにある。 平均的店舗には正社員が4 ~ 5人、パート・アルバイトの非正規社員が20 ~30人。正社員はストアマネージャー(店長)の下にアソシエイトマネージャー(店長代行)とカスタマーエクスペリエンス(入社後間もない社員)を配置する。

非正規社員の職階はセールスアソシエイト(週20時間以内勤務とフルタイムの2区分)、その上にスーパーバイザー(フルタイム)がいる。昇格の権限は店長にあり、平均2 ~ 3年でセールスアソシエイトからスーパーバイザーなどに昇格するが、より高いスキルの習得に向けて店長を中心に店舗全体で育成が行われる。 OJTとOFF-JTに分かれ、OJTは店長が指名したスーパーバイザーが新人に張り付いて指導し、スキルを磨く。

OFF-JTは必要なスキルの開発・習得するためのトレーニング用の冊子が用意されている。リーダーシップ、ストアの運営、ビジュアルマーチャンダイズ、部下育成、クレーム対応など、全部で4冊、100項目に及ぶ。この一部を正社員候補のスーパーバイザーの教育に使い、個別指導のほか座学やe-ラーニングを通じて能力開発を行う。

正社員への登用は「キャリアデイ」と呼ぶ個人能力開発プランを通じて行われる。将来店長になる人材の発掘を目的に3月と7月の年2回開催。選考プロセスは本人が書いたエントリーシートを見て店長が選出し、続いて地区統括マネジャーのスクリーニングが実施される。

チェックポイントは、コミュニケーションスキルと市場の専門知識の2つ。これをクリアした人は本社に呼ばれ、さらなるアセスメントを受ける。 アセスメントはグループディスカッションを通じてプレゼンテーションスキルと専門的・技術的知識をチェックする。

最後は参加者2人ずつのグループ面接で「質問の応答を観察し、顧客志向、行動志向、自己啓発など、自分でどんな課題を設定し、どういう取り組みをしてきたのか、自分が成長するために時間とお金をどう使っているのか、具体的に聞きながら評価する」(人事担当者)

最終的に参加者全員の評価結果を見て、④即正社員、②6カ月後に正社員、③1年後に正社員―と3つに区分する。この結果は本人には通知しないが、インタビューを行った人と店長が本人の強みと弱みについてフィードバックし、日々の研鑽を促すことにしている。

キャリアデイの目的は人材プールを作ることにあり、新店のオープンや空席が生じた場合など条件を満たしている人を優先的に正社員に登用していく。

雇用ルールの変更や少子高齢化に対応し、多様な選択肢を用意

●多様な正社員区分を検討し得る理由

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(出所)労働政策研究・研修機構「人材マネジメントのあり方に関する調査「および「職業キャリア形成に関する調査」

【すかいらーく】契約社員を正社員に転換、育成と評価システムを刷新

飲食業のすかいらーくは2014年1月に店舗マネジャー(店長)を含む契約社員の約100人全員を正社員に転換した。その狙いはビジネス戦略に基づく事業の成長にある。店長は店舗限定の配属であり、本社部門などへの異動はない。

またクルーと呼ぶパート・アルバイトから正社員店長になることを後押しする仕組みも導入した。希望者を対象に6カ月間のOFF-JTとOJTの組み合わせによる技能向上を目指した「マネジャー・トレーニング・コース」を用意。1回のコース参加者は20人弱。認定試験に合格した店長候補者が徐々に誕生している。

また、クルーから店舗限定正社員のコースだけではなく、店舗限定ではないアシスタントマネジャーへの登用も積極的に推進している。

さらに15年4月からは、新たに育成と評価システムを刷新した人事制度をスタートさせた。従来の制度は職能主義と成果評価を加味したハイブリッドな仕組みであったが、「シンプル」「フレキシブル」「フェア」「オープン」の4つをキーワードにブロードバンドによる職務等級制に変更した。

等級は1~7に分かれる。店舗営業系は1がアシスタントマネジャー、2~4がマネジャー(店長)、4~5がエリアマネジャー(10~12店舗を統括)、5~6がフィールド・オペレーションリーダー(エリアマネジャー約10人を統括)、6~7がフィールド・オペレーションディレクター(リーダー数人を統括)というイメージだ。

評価制度は業績評価とコンピテンシー評価の2軸で評価する。「過去の業績を評価する定量的評価も大事だが、一方で将来の成長性を計る仕組みにする。この2軸でGE(ゼネラル・エレクトリック)が使っている9ブロックを導入し、経営にとって大事なハイポテンシャル人材、将来的に責任の高い職階にいくような人たちを発掘していく」(人事担当者)ことにしている。

コンピテンシー評価は人材育成と人材活用、チャレンジ(達成志向)、お客様志向、変化への対応など4つのカテゴリーをベースに等級ごとの強弱や高低に応じて16項目を設定。 各等級の昇級は原則2~3年の評価トレンドを見て決定するが、業績評価は高くてもコンピテンシーのマネジメント評価が低い場合は、昇級させるのではなく、給与や賞与で報いることにしている。

また、店舗運営の要であるマネジャーの能力を適正に評価するために「店格制度」を設ける。立地条件によって売り上げの規模も違えば、アルバイトの確保も都心は難しいが、住宅地は採用しやすいなど店舗の立地によって運営の難度は異なる。そのため各店舗の実状を調査し、運営難度に応じて店舗を格付けした上で、公正な評価を行うようにする。

人材の確保と定着を促進するには、多様な選択肢を用意し、最適なマッチングで能力を開花させ、事業に貢献してもらうことが何よりも重要になる。

同社は今後も従業員に活躍の機会を提供し「個人と会社がともに成長していくことで、クルーから社員まで一気通貫した人事・教育制度を整備していく」(人事担当者)ことにしている。

育成・評価・定着施策を強化し、正規雇用転換制度を運用

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(出所)厚生労働省ウェブサイト「契約社員、パート、派遣社員などのキャリアアップガイド」を基に本誌作成

専門家に聞く「育成力を高めるための企業の取り組み・課題」

必要な人材像を「言語化」して社員に対して分かりやすく示す

島本パートナーズ

島本パートナーズ
安永 雄彦 代表取締役社長

ビジネス環境が大きく変化する中で、これまでの人事の基準、制度、処遇などを変えていくべき時期にきている。取り組みがなかなか進まない日本企業は多いが、先進的な企業では管理職以上をグローバル統一の基準で職務給に変更したり、報酬を市場水準に合わせて即戦力人材を外部から獲得しやすくするといった動きが見られる。
企業人事の役割は、自社が置かれている環境やビジネスモデルに適した人材採用や育成の仕組みを整え、変化に応じてしっかりと変えていくことであり、その実現が経営方針に直結する。
まず行うべきことは、自社に必要な人材像を「言語化」して社員に対して分かりやすく示すことだ。さらに、経営や人事の方針を社員に十分理解させるための社内コミュニケーションへの投資が一層重要になるだろう。

タスクを担える人材に教育投資の焦点を絞り、明確な成果を追求

マネジメント サービス センター

マネジメント サービス センター
藤原 浩 代表取締役社長

現在、企業人事に対する経営トップからのプレッシャーが強まっていることもあり、経営戦略を実現するためのタスクを担える人材に教育投資の焦点を絞り、より明確な成果を追求する考え方が広がっている。
階層ごとに分断されていたこれまでの人材育成の施策を見直し、「リーダーシップのパイプライン」を作ることを強く意識した取り組みが進みつつある。
その過程で、リーダーにふさわしい人材を見極めるためのアセスメントのニーズが増えており、現在の能力と目標とする職務に求められる能力とのギャップをアセスメントで明確にした上で、必要なトレーニングを合わせて導入する企業が多い。さらに、グローバル人材育成に向けた集中的なトレーニング、近年増加している海外M&Aに伴う文化統合・変革などもテーマとなっている。

女性の活躍で生産性と経営パフォーマンス向上が期待できる

wiwiw

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山極 清子 社長執行役員

女性活躍・管理職登用を実現するためには、女性の次世代リーダー育成、キャリア支援・啓発、活躍の場の拡大等「ジェンダー(女性)・ダイバーシティ施策」と、残業時間削減等働き方の見直しと仕事と育児の両立支援等の「ワーク・ライフ・バランス施策」を同時に推進することが必要だ。
男女共にキャリアと育児が両立できるようにし、女性自身も意識・行動の変革が求められる。こうした取り組みによって、キャリアと育児の両立レベルアップが可能となり、プロとして責任ある仕事をするようになる。
国内外とも消費財購入の決定権限を女性が持っており、かつ、実際に女性が使う消費財を女性が企画から携わることによって新たなヒット商品が生み出される。その結果、一人当たりの生産性と経営パフォーマンス向上が期待できる。

企業人事は「実践のビジョン」を持って施策を論じるべき

チェンジ・アーティスト

チェンジ・アーティスト
荻阪 哲雄 代表取締役

企業成長には財務に関わる「目に見える業績の成長」と、組織に関わる「目に見えにくい人間の成長」がある。
以前のような「作れば売れる時代」であれば事業を拡大しながら社員を育てることが可能だったが、今は先に社員の成長を促せないと事業拡大を見込めない企業が多くなっているため、「目に見えにくい人間の成長」に着目することが大切だ。
人材採用では事業を生み出すことができる「クリエーション(創造)」の能力を持つ人間(「生み出す人」と「生み出す人を支える人」の双方)を選ぶことが重要だ。 一方、人材育成では「知識の学習法」から「智恵の習得法」へとパラダイム転換が起こっている。企業人事は小手先のツールやキーワードにとらわれるのではなく、「実践のビジョン」を持って施策を論じるべきだ。

データを蓄積して継続的に成果検証していくことが重要

レイル

レイル
須古 勝志 代表取締役社長

次世代経営陣の候補者プールを作りたいと考える企業が人材要件の明確化に取り組み始めている。埋もれた人材を発掘したり、個々に有効な差異教育を行うためには自社基準の人材要件を設定すること(人材モデリング)が必要だからだ。
以前はモデリングに大きなコストと時間が掛かっていたが、今はICTの進化と心理統計学の融合により科学的な分析が容易になっている。当社の「MARCO POLO(人事の本来あるべき姿を実現する仕組み)」はアセスメントやモデリング、ハイパフォーマーモデル分析などが短時間ででき、その修正も適宜可能だ。
採用に活用して質と効率の向上に成果を上げた企業もある。人材戦略を成功させるために人事に科学を用いる時代になってきた今、データを蓄積して継続的に成果検証していくことが重要だ。

研修と“職場実践”を連動させる取り組みを強化

シェイク

シェイク
上林 周平 取締役

最近の人材育成では、職場における育成や経験が重視されるようになっている。研修における気づきと“職場実践”を連動させるような取り組みを強化することによって、社員一人一人のリーダーシップ発揮などの行動を促し企業全体の風土変革につなげていくことが狙いだ。
こうした取り組みの背景にはダイバーシティやグローバル化が進む中、より多様な人材の力を上手く引き出すことの重要性が高まっていることもある。また、情報を検索して資料をきれいにまとめることに長けた社員が増える一方で、仕事に対する目的意識が弱まっているという課題が見られる。
そのため、自らの意思や方針をはっきりと示してメンバーを率いることができる管理職の育成や、若手層に仕事の意味を考えさせる研修に力を入れる企業が多くなっている。

「コミュニケーションゲーム」の研修ニーズが高まっている

カレイドソリューションズ

カレイドソリューションズ
高橋 興史 代表取締役

当社はゲーム研修を提供しているが、以前から需要のある「経営シミュレーションゲーム」に加えて「コミュニケーションゲーム」のニーズが年々高まっている。背景には社員が相手の立場を認めて仕事をしたり、職場の活力を高めるようなコミュニケーションができていないという企業の悩みがある。
多くの企業で増加していく中高年社員に一層活躍してもらうためには、不足している能力を補う研修が必要だろう。ゲーム研修は参加者が能動的に働きかけることで具体的な実践の方法が体感できるという良さがあり、研修に対して受け身な社員の意識を変えるにも有効だ。
また、グローバル展開を目指すある企業では、業務能力は高いもののコミュニケーション能力が低いベテラン社員をゲーム研修で再教育して海外に送り出している。

クラウドソーシングの普及で必要な戦力の獲得方法は多様化

うるる

うるる
星 知也 代表取締役

クラウドソーシングの普及により、事業運営に必要な戦力の獲得方法は多様化した。当社が運営する事務系クラウドソーシングサービス「シュフティ」の登録は子育て中の主婦や在職中の「ダブルワーカー」が多い。
就業経験のある子育て世帯や地方在住者にとって、副収入源となるクラウドソーシングは魅力的だ。そのため、有資格者や高スペックな人材の登録も増えている。現在、中小・ベンチャー企業では、事務などの単純作業を切出し発注し、本業や注力業務に専念する仕事の仕方は一般化しつつある。
企業にとって知識と経験を兼ね揃えた人材の雇用は、人件費、広告費と時間を要する。今後、必要に応じて高い能力を持つワーカーに業務を依頼することで、新事業やビジネスチャンスがより効率的に実現できるようになると考える。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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