近鉄エクスプレス(以下KWE)は、海外30カ国・188都市にある45のグループ企業が299拠点を展開し、高品質のサービスを提供する国際総合物流会社だ。同社の人材には、過酷な国際競争に勝ち抜くためにも、多様な価値観を有する各国のナショナルスタッフに同社の経営戦略を浸透させる責務がある。そのような責務を完遂できる人材の採用や育成について人事部長の加瀬俊幸氏に聞いた。
近鉄エクスプレス
加瀬 俊幸 人事部長
21世紀KWE グランドデザイン
国際経済のめまぐるしい変化に直面する国際物流業界。KWEは、その変化に柔軟かつスピーディーに対応するべく、日本、米州、欧州・アフリカ、東南アジア・中近東、東アジア・オセアニアの「世界五極体制」を敷き、299拠点によるグローバルネットワークを展開している。
そして、“10年後のありたい姿”を描いた「21世紀KWEグランドデザイン」を策定、同社経営戦略の根幹としている。
これにより、2011年度に売上高5000億円の達成を目標に掲げるとともに、環太平洋地域で「トランス・パシフィック・リーダー」というブランド価値の確立を目指す。
「21世紀KWEグランドデザイン」には、ビジョン・基本精神に加え、フォワーディング事業(航空)、ロジスティクス事業、海上事業、および中国等成長市場における戦略の基本方針、経営インフラとしての人材育成・顧客ニーズに応える仕組みづくり、そしてIT基盤の強化などが含まれる。
強力なコミュニケーション力が求められる
その中に、「将来を担う経営者や企画スタッフなどのコア人材やスペシャリスト育成のための教育プログラムを強化すると同時に、優秀な人材をグローバルで登用する」という課題が掲げられている。
その教育プログラムの代表的なものとして、全世界の幹部人材向けの「経営戦略特別研修」と中堅社員向けの「海外研修制度」がある。
前者は、世界各地のコア人材が集まって、マーケティング、財務、企業戦略、プロジェクト・マネジメントの4テーマについて見識やプラットフォームを共有し、共通の言葉で理解し合える土俵づくりを行うというもの。
後者は、入社後4~7 年目の社員を選抜し、1年間、海外拠点に派遣してOJTを行う。
2008年度は、27人が送り出されている。これらの研修の背景について、加瀬氏は次のように言う。
「45社の現地法人に約6500人のナショナルスタッフがいます。ナショナルスタッフは、グローバルに働いているという意識よりも、得てして自社のことだけを考えてしまいがちです。それでは国際競争に勝ち抜くのは困難であることを認識しているのは、まだ一部の人に限られている。ところが、現地法人のトップのうち日本人は半数ほどで、日本人だけでマネジメントし切ることはできないのも現実です」
「そこで、ナショナルスタッフにKWEのDNAを植えつけて意識改革をさせていくとともに、日本人だけが中心とならないよう多様化を進める役割を日本本社のスタッフが担う必要がある。約1200人の社員のうち、つねに150人は海外に滞在しています。彼らには、現地でナショナルスタッフにこのような課題を説明し、理解を得て行動してもらう強力なコミュニケーション力が求められます」
「現場力」「メンタルタフネス」を重視
人材採用においても、そういった課題を重視している。まず、新卒採用の場合。2008年度入社の採用では約5300人の学生がエントリーし、会社説明会に2500人が参加、4回目の面接までに280人に絞り込まれ、最終的に78人を採用している。海外研修に惹かれて応募する学生も多いという。
「中には、TOEICが950という語学力をアピールする学生もいます。確かに語学力も必要ですが、それより重要なのは現場力。まず、上司や同僚などとコミュニケーションをきちんと取り、忍耐強く仕事を遂行しなければなりません。応募者には、海外研修に派遣する人材は、入社後3年間のその部分をきっちり評価して選抜すると伝えています」(加瀬氏)
採用基準としては、そのように基本的な資質となるコミュニケーション力のほかに、 “メンタルタフネス”も重視している。
「当社では、エアカーゴのように時間勝負の業務も多くあります。このような緊張感のある現場では分単位での正確なオペレーションが求められます。そしてこの情報をタイミングよく日本と海外のお客様に連絡しなければなりません。その為にはやはり精神の強さも重要です」(加瀬氏)
4回の面接においては、営業などラインの社員も対応する。明文化された選考基準は用意していないが、不思議にも面接を通過する学生のタイプは似ているという。
「できるだけ多様な人材を採用しようとはしていますが、どうしても元気がよくて自分の意見をハキハキ言うタイプを採用しがちですね。なお、同業他社とは求める人物像のカラーが分かれているようで、あまり採用競合はしません」(加瀬氏)
新人教育を通じて中堅社員の成長も促す
同社には「顧客第一志向」が非常に強く、「顧客のためなら、どんな苦労も厭わずに情熱を持って仕事を遂行する」という「粘りと根性」を重視する風土がある。最近では、「それだけでなくインテリジェンスや戦略性も必要」との認識が、人材の多様化を求める素地となっている。
多様化という面では、採用学部・学科にもその意向が表れている。外国語が最多である一方、心理学や福祉などにも広がっていることに加え、近年では理工系の採用が増えているという。
「例えば、当社ではよく半導体製造装置など精密で高価な製品を扱います。輸送だけでなく、現地での据付、動作確認まで行うことが多くありますが、その際に理工系の知識が役に立ちます。どこに注意すべきか、お客さまとより踏み込んだ会話ができるのは大きなメリットですね」(加瀬氏)
新人の育成においては、「サンシャインステップアップ制度」という、1対1の教育制度を導入している。トレーナーは直属の入社3~7年目の社員が務め、新人に対してOJTを行う。トレーナーとなる社員には、トレーニングの過程において通信教育や集合研修でコーチングの技術などを学ばせる。
「当社の新入社員は、何もしなくても1年目で辞めてしまうといった者はまずいません。したがって、この制度は新人の定着をねらうことよりも、人を教えることを通じてトレーナーの成長を促す意義のほうが強いかもしれません」(加瀬氏)。
サービスの拡張・深化のためにスペシャリストを採用
一方、中途採用はどうか。「社内各部署からの要求に応じて、その目的に対応できる人材を逐次採用しています」(加瀬氏)。
2008年度では、物流管理経験者や通関士有資格者、薬剤師有資格者などを採用。主に人材紹介会社を活用しているほか、中途採用情報サイトも利用している。
「薬剤師は、ヘルスケア用品の倉庫における取扱いにその専門知識が必要となるので採用しました。今後も、『21世紀KWE グランドデザイン』の発展プロセスとして掲げている、取扱い製品分野の広がりとご提供するサービスの拡張・深化のために、こういったスペシャリストの採用と育成に力を入れていきます」(加瀬氏)
KWEの経営理念における「行動指針」には、「人を大切にし、人を育て、より優秀な後継者を世に送り出す」「情熱、逞しい意欲、高い創意性を持ち、豊かな人間性を備える」という2カ条がある。
このように人を大切に考える同社は、米国や日本の強力なプレーヤーがひしめく国際物流業界にあって、人材を磨き上げて世界のトップ5入りを目指す。