三井不動産はビジネスとデジタルの双方を理解したDXビジネス人材の育成を強化するため、2024年10月から現場とDX本部の社員が互いの価値観を知るための2つの制度を開始した。「能力の越境」をコンセプトとする新たな制度を開始した背景や具体的な内容などについて、DX本部 DX四部 DXグループ長の山根隆行氏に聞いた。(取材・執筆・編集:日本人材ニュース編集部)

三井不動産
山根 隆行 DX本部 DX四部 DXグループ グループ長
DX本部の概要を教えてください
DX本部には現在150人ほどの社員が在籍しています。そのうち、80人以上がキャリア採用で、さまざまな業態からIT系のスペシャリスト人材を迎え入れています。この組織の歴史を辿ると、元々は情報システム部でした。当社ではDXとITは表裏一体のものであると捉えているので、現在は1つの組織の中に集約しています。
DX本部には3つの部があり、それぞれがサイバーセキュリティ・ITインフラ構築業務、事業部門やグループ会社と連携した顧客向けサービスのDX推進、社内業務システムの開発・品質管理を手掛けています。
新グループDX方針「DX VISION 2030」について教えてください
当社は2024年4月にグループ長期経営方針「&INNOVATION 2030」を策定しました。それに追随する形で同年8月に策定したのが新グループDX方針「DX VISION 2030」です。
重点テーマが3点あり、その中の1つに「AI/デジタル人材変革」の推進が掲げられています。DXビジネス人材育成もその一環です。
2024年からDXビジネス人材育成の新たな制度を始めた背景を教えてください
DXに関する人材育成の取り組みはこれまでも積極的に行ってきました。全社員対象にオンラインを中心としたDX研修「DxU(ディー・バイ・ユー)」を2022年から行っています。また、事業部門とDX本部が協力しながらデータを活用し、新たな価値を創出していく「データブートキャンプ」も実施していました。
ただ、いずれも既存の業務がある中で、デジタルを何とか活用していこうという学習なので、知識は身につくものの、必ずしもビジネスの成果となってアウトプットされるまでには至っていませんでした。
また、キャリア採用で入ってきた80人のITエキスパートと事業部門に在籍するビジネス人材との会話が噛み合わないこともありました。それを私たちは「DX禅問答」と称しています。事業部門側はITやデジタルを使って「何ができるのか」を聞いてきます。
一方のITエキスパート側は、ほとんどが不動産ビジネスにはまだ精通していないため「何がやりたいのか」と聞くことになります。このようなやりとりが、両者の間で発生してしまうわけです。
このDX禅問答は、少しずつ解消されつつあるとはいえ完全には払拭しきれていないので、もう少し深く入り込んで、ビジネスとデジタルの双方を理解したDXビジネス人材を育成する必要があると思い、新しい制度を作りました。この制度はDX本部が主導していますが、DXに関する人材育成は人事部とDX本部が二人三脚で推進してきたので、今回も最初の段階から情報を共有しながら、準備を進めていました。
新たな制度の具体的な内容について教えてください
全体のコンセプトは「能力の越境」です。現場とDX本部とが互いの価値観を知るための人材交流を行うことが必要だという考えに基づき、2024年10月から「交換留学」のような形で、2つの施策を開始しました。
1つ目が「DXトレーニー制度」です。事業部門・グループ会社の総合職がDX本部に1年間限定で異動し、所属部門の事業課題を解決するために、DX本部のメンバーや外部の専門家らと組んでDXプロジェクトを自ら立ち上げて完遂するというプログラムになっています。
最初の5カ月間はデジタルに関する講義・演習、その後の7カ月間で所属部署の事業課題を起点としたDXプロジェクト(商業施設、住宅、ホテル等でのAI/データ活用や新サービス企画など)の実践に取り組みます。初年度は、20代後半から30代後半の5人が参加しています。
2つ目が「ビジネスインターン制度」です。DX本部にキャリア採用で入ってきたエキスパート職(IT系)が事業部門に6カ月間インターンとして異動し、現場の業務に従事しビジネスを理解した上で、その事業部門の課題を起点としたDXプロジェクトを提案・実行するというプログラムです。初年度は3人が選出されました。

取り組みに対して経営層から求められていることや、事業部門、社員の反応などを教えてください
制度の構築を進めるにあたり、最初に事業部門の何人かの社員へのインタビューを行いました。その際には「DXの知見を学んでも自分の業務にどう活用すればよいか分からない」、「DXというよく分からない世界に1年間飛び込むことに対して漠とした不安がある」といった声がありました。
そこで、20代後半から30代半ばの社員を対象に「DXトレーニー制度」の説明会を3回ほど開催したところ、対象者の9割近くが参加してくれました。説明会では、制度自体の説明に加えて、当社におけるDXの重要性やビジネスへの影響を具体的な事例を交えて伝えました。その結果、2割以上の社員が「DXトレーニー制度」に参加の意思を表明してくれただけでなく、制度に対してポジティブな意見が多く寄せられました。
事業部の本部長や部長クラスの管理職も非常に好意的でした。限られた人員で業務のやり繰りを余儀なくされている中であっても、「DXは将来のために絶対にやらなければいけないので協力したい」といった言葉もいただけました。
社長がビデオメッセージを発信し、全社レベルでDXに取り組んでいく方針をアピールしていただけたことも強力な後押しになったと思います。経営陣のコミットと現場の協力の両方がなければスタートできなかったかもしれません。

参加している社員にどのような変化が生まれてきていますか
「DXトレーニー制度」に参加している5人は、確実にDXのスキルが身についています。それ以上に大きいのは、自律性が芽生えていることです。一期生として強い意気込みを持ってくれている社員ですが、事業部門の課題解決に向けた取り組みを自ら楽しんで、率先して行動してくれています。
「ビジネスインターン制度」に参加したメンバーも、「データが生まれる場所で実際に働き、そこで働いている社員たちを見たことで、これまで実施してきた仕事に対する理解が深まった」と話しています。
今後さらに拡充したい取り組みや展望などを教えてください
この取り組みは修了後の継続性がとても大事だと思っていますので、「DXトレーニー制度」に関しては、修了生のネットワークを構築していきたいです。現場に戻ってから、DXをどう活用し、どんな成果を導いているのかを情報交換できるコミュニティーがあれば、DXに取組み続けるモチベーションになりますし、今後参加するメンバーにとってのロールモデルにもなります。
DX人材の育成に取り組む企業へのアドバイスなどはありますか
何よりも、ビジネスドリブンであることが大事だと思います。DXはあくまで手段であって目的ではありません。現場で起きていることに対してどんな価値をもたらしてくれるのかを中心に考えることで、ビジネス部門と共通の価値観を形成することができます。インプットとアウトプット・アウトカムのバランスを取り、ビジネスの成長のためのDXであることを忘れない姿勢が重要ではないでしょうか。
(2025年2月20日インタビュー)
三井不動産株式会社
代表者:代表取締役社長 植田俊
設立:1941年7月15日
資本金:3418億円(2024年7月26日現在)
従業員数:2049人(2024年3月31日現在)
本社:東京都中央区日本橋室町2-1-1
売上高:2兆3832億8900万円(2024年3月期実績)
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