泣きながら退職する37歳・リサーチャーの「ダブルパンク退職」の本音とは【だから社員は辞めていく】

「残業削減の研修も受けた。上司との面談も毎月やった。なのに、なぜうちの社員は辞めるんだ」「会社側も本気で取り組んでいるのに、社員には伝わっていないのか」

人事担当者や管理職の方から、こうした悩みをよく聞きます。しかし、もし社員側も同じように「自分も頑張ったのに、なぜ改善しないんだ」と感じていたとしたら、どうでしょうか。

今回は、大手リサーチ会社に勤める37歳女性・Nさんと、キャリア相談者・佐野創太氏との相談の様子を通じて、退職を考える社員のリアルな心境と思考プロセスを佐野氏に連載で解説してもらいます。

佐野氏は退職学(R)(resignology)の研究家としてこれまでに1500人以上のキャリア相談を実施し、20〜50代の幅広い社員の本音に触れ続けています。その経験を『脱会社辞めたいループ』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)、『転職・退職を考えたら知りたいことが全部のってる本』(主婦の友社)などの著書にまとめています。

他にもエース社員の退職を防いで「選手層の厚い組織づくり」を支援したり、オウンドメディアや採用広報などの情報発信の生産性と創造力をあげるAI編集長としても活動しています。働く人、組織作り、事業の3つの視点を持っています。 Nさんの相談からは、本人も会社も必死に努力したのに、両方が同時に限界を迎える「ダブルパンク退職」の実態が見えてきました。なぜ双方が頑張っているのに、誰も救われないのか。その構造的な課題を詳しく見ていきましょう。(文:佐野創太、編集:日本人材ニュース編集部
※プライバシー保護のため、相談者の名前・性別・年齢・所属企業名等は編集しています。

日本人材ニュース


2年間頑張ったのに残業が減らない

Nさんは大手リサーチ会社でリサーチャーとして働いています。中途入社で2年半が経過しました。自宅から徒歩15分以内の職場で、週2日はリモート、週3日は出社。通勤の負担は少なく、人間関係も悪くありません。それでも、Nさんは転職を決意しつつありました。

「残業時間が60時間を超えて、これが過去最高だったんですよね」

会社が求人票で公表している平均残業時間は月20時間程度です。しかしNさんの部署は忙しく、Nさん自身は部署内でもワースト10に入る残業量だといいます。

「改善する策が全然見つからなくて」

私(佐野)はこの言葉に注目しました。Nさんは1年間、必死に努力を重ねてきたのです。週末には仕事術の本を読み、業務効率化の方法を学ぶ。先輩社員に1週間ついてもらい、仕事の進め方を見直す。上司と面談を重ね、仕事量を調節してもらう。

「1年前にご相談した時の自分と比べると、成長している実感はあります。後輩にアドバイスできるぐらいにはなっています。でも、残業だけはどうしても減らせなかったんです」

成長しても残業が減らない。この矛盾に、個人の努力では解決できない構造的な問題があります。

部署で年に2回ある超大型案件を、Nさん1人で担当していたそうです。同じ部署でも「強い心で対処してる人は残業しないです」とNさんは語りました。高いコミュニケーション能力や交渉力で仕事を断れる人しか、生き残れないのです。

「サバンナの弱肉強食みたいな世界じゃないですか」 この表現に、Nさんの本音が凝縮されています。ライオンのように強くなければ生き残れない組織。Nさんは2年以上も全力で走り続けました。しかし、その先に見えたのは「万策尽きた」という現実だったのです。

会社も頑張ったのに誰も幸せになっていない

重要なのは、Nさんの会社が何もしなかったわけではないという点です。むしろ、会社側も誠実に対応していました。

「上司は法律を守る会社なので、仕事の量の調整はしてくれるんです」

Nさんは上限を超えていました。会社が取った対応は、残業を一時的に0時間にするものです。

「結果的に今は、仕事そのものを削減してもらっています」

会社の苦悩がここにあります。法律を守るためには残業を減らさなければならない。しかし根本的な業務量の削減や人員の増強ができない。だから「仕事を与えない」という対症療法しか残っていない。

会社側も必死です。先輩社員を1週間付けて業務をサポートした。毎月、上司と面談を重ねた。人間関係も悪くない。Nさんも周囲の人々に感謝していました。

「環境としてはすごくいい環境だなとも思ってます。そこまでやってくださろうとする人たちが揃っていて」

しかし、それでもNさんの気持ちは離れていきました。

「でも、弱肉強食の環境にいると、どういう生き方をしたいかも描きづらくはなるじゃないですか。なんせ仕事でいっぱいいっぱいになってるので、これ以上何かを重ねるというか、積むみたいな発想が出てこない」

Nさんは37歳です。キャリアスクールに通い、副業の可能性も模索している。しかし、残業に追われる日々では、ライフプランを描くことすら難しい。 会社は誠実に対応した。Nさんも全力で努力した。それでも、誰も幸せになれない。これが「ダブルパンク退職」です。

ダブルパンク退職から抜け出す一本の道とは

車のタイヤが1本パンクしても、何とか一時的にはスピードを緩めながらも動くことはできるでしょう。しかし2本同時にパンクしたら、車はすぐに完全に止まります。

1本目のパンクは、Nさん個人の努力の限界です。週末も勉強し、先輩に教わり、毎月上司と面談した。全力で走り続けたが残業は減らなかった。「もう改善できないかもしれない」という万策尽きた感覚です。

2本目のパンクは、マネジメント側の対応の限界です。法律を守り、面談を重ね、先輩をサポートに付けた。最終的には「残業0」という指示まで出した。しかしそれは仕事を与えないという対症療法であり、根本的な解決ではない。

2本のタイヤが同時にパンクした時、組織は動けなくなるでしょう。そして社員は静かに去っていき、マネジメントは疲弊していきます。

Nさんの答えは明確でした。

「やっぱり後腐れなく離れる手段を探したいです。退職するのは泣けますけど、もうやり切りました」

人間関係は良い。上司も先輩も協力的です。それでも「ここでは無理かも」と思わせる何かがある。それが構造的な課題です。

会社がこれからも成長をし続けたいと願うならば、「ダブルパンク退職」を経営課題に引き上げる必要があります。社員の努力も、管理職の工夫もした。それならば、動くのは経営陣です。

Nさんの部署では、「強い心で対処する人」だけが残業を回避できます。これは弱肉強食の世界です。羊がライオンになる努力をするのではなく、羊が安心して働ける仕組みを作る。 これには「何かを辞める・削る・終わらせる」という引き算の決断が求められます。経営陣にしかできないことです。

まとめ:「良い人」だけでは人材は残らない

Nさんの退職は、誰のせいでもないでしょう。本人は2年間、全力で努力した。会社も誠実に対応した。それでも、Nさんは去ります。

これが「ダブルパンク退職」の恐ろしさです。個人の努力もマネジメントの対応も限界に達した時、車は止まります。そこには悪人がいません。だからこそ、「仕方ない」と現場は諦めがちです。

人事担当者や管理職の方々には重い仕事かもしれません。経営陣に「組織として限界が来ています。会社全体としての対処法を考えさせてください」と進言することになりますから。

「人間関係の改善」や「管理職のマネジメント能力の構造」だけでは「ダブルパンク退職」は防げません。Nさんの部署では、年2回の超大型案件を1人で担当する仕組みになっていました。業務が「溢れる」構造があった。これは個人の努力で解決できる問題ではなく、経営判断、人員配置、業務設計の問題なのです。

「ダブルパンク退職」は、防げる退職です。

Nさんのような優秀な人材が、「後腐れなく離れたい」と去っていく前に、組織は何ができるのか。会社全体のイシューに「社員の退職」をいれるかどうかの材料となれば幸いです。


佐野創太

1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1400人以上のキャリア相談を実施すると同時に、選手層の厚い組織になる”リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ゼロストレスAI術」を提供する他、言葉を大切にするミュージシャン専門のインタビュアーAIを開発している。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。


【佐野創太氏のこれまでの連載】

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佐野創太

1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1400人以上のキャリア相談を実施すると同時に、選手層の厚い組織になる"リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ゼロストレスAI術」を提供する他、言葉を大切にするミュージシャン専門のインタビュアーAIを開発している。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。

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