労働力人口の減少やグローバル化の進展などに企業人事はどう対応していく必要があるのだろうか。大手銀行、セブン-イレブン、楽天で人事部長などを歴任し、企業人事の実態にも詳しいヒューマン・アソシエイツ・ホールディングス社長の渡部昭彦氏に、企業人事の課題や人材市場の動向などについて聞いた。
ヒューマン・アソシエイツ・ホールディングス(現AIMSインターナショナルジャパン、A・ヒューマン)
渡部 昭彦 代表取締役社長
1956年生まれ。79年東京大学経済学部卒業後、旧日本長期信用銀行入行。支店業務、中央官庁出向、国際金融部、本店営業部を経て、94年から2000年まで人事部に勤務。その後、旧日本興業銀行を経て、セブン-イレブン・ジャパン。人事セクションの部長として、毎年1000人近い採用と5000人の社員の人事制度の構築に従事。その後、楽天グループへ。財務担当の執行役員の他、楽天証券において人事を含む管理部門の担当役員を歴任。07年ヒューマン・アソシエイツ社長に就任し、13年から現職。14年日本人材紹介事業協会会長に就任。著書に「銀行員の転職力」(日本実業出版社)、「日本の人事は社風で決まる」(ダイヤモンド社)がある。
企業人事の課題をどのように捉えていますか。
日本全体に閉塞感があり、また変化も激しいため、企業活動は一層の努力を要するという共通理解はあると思います。企業にとって必要なのは変革です。ところが、だいぶ変わってきているとはいえ、日本企業には新卒一括採用や終身雇用、年功序列という人事面での古い慣習がまだまだ色濃く残っています。それを一掃すべきとは思いませんが、問題は変革とどう折り合いをつけていくのかということです。
企業を変えていくには「イノベーション人材」が必要です。そうした人材は外資系のように外から連れてくるという考え方もありますが、日本企業の人事慣行では、社内にいるはずの人材にどうスポットを当てるのかが先決かもしれません。内外の人材をどのようなバランスで活用するかは業種や企業の歴史によっても違うでしょう。大切なのは内外の人材を活用できるオープンな人事システムや環境をつくり、明確な尺度で発揮された能力により人材を評価するということです。
企業の人事評価の実態にどのような問題を感じていますか。
日本企業にはまだ真の成果主義が根付いていないと思います。それは労働法制にも大きな問題があります。期待される成果を上げていない人に対して、すぐに処遇を下げたり解雇できるわけではありませんから、管理職には部下に厳しい評価を付けるインセンティブが生じないのです。
もう一つは、成果主義が結果主義と捉えられて、結果さえよければ手段は問わないといった曲解が生じたことです。それが極端な行動やチームワークを阻害するといった面に振れてしまったわけです。成果の定義は会社ごとに違っているのは当然ですが、それをどれだけ社員に明示できるかが重要です。
例えば、成果が現れるまで時間がかかる研究職に対しては、成果を生むためのプロセスを明示し、それを実行していれば評価する。また、グループで手がける業務は、個人の目標よりグループ目標を評価する、といったようにです。この場合、表に現れる数字だけでなく、その人がそもそも持っている能力や意識そのものを直属の上司がきちんと評価するということも大切です。
人材をどのように活用するかが今まで以上に問われると思います。
前述のとおり、今の労働法制では簡単に人を減らせず処遇も下げられないので経営者にとっては厳しいことです。どの企業も外部から優秀な人材を採用したいと考えていると思いますが、その前に内部の人材を活用しなければならないという考えが強いですね。
今後、内外の人材を十分に活用していくためには、社員がより活躍できる環境に移ることができるように、ポータブルなスキルが身につけられるような仕組みが必要でしょう。日本企業、特に大企業は新卒で採用し20年、30年一緒に仕事をしていくと安定性や効率性は高まるかもしれませんが革新性とはトレードオフになります。
こうした点についての問題意識がダイバーシティ、女性や外国人という異なる価値観、発想ができる人材をさらに活用し多様化を図っていこうとする動きにつながっているのだと思います。
人材市場の動向をどのように見ていますか。
私たちがこれまで経験してこなかったことが起こるかもしれないと思っています。これまで日本の人材採用は量的には確保できてきたと思いますが、今後は少子高齢化で人材不足の世の中になるということです。
もう一つは、グローバル化とネット社会の進展です。社会で活躍できる人材の条件からビジネスモデルまでさまざまな影響を及ぼすのは必至でしょう。私たちはこうした変化を正面から受け止めていかなければなりません。グローバルな競争やネット社会はスケールメリットが効く世界ですから、私たちの人材ビジネスでは大手がますます有利になり、中堅以下は縮小均衡し二極分化していく懸念があります。
しかし、どのような業界でも大企業と中堅中小企業が切磋琢磨していく姿が健全だと思いますので、人材業界も大手以外は業種や職種、顧客を特化するなど自分の得意分野や専門性を明確にし、存在意義を発揮していくことが問われると思います。
人材不足社会の到来が企業にもたらすものとは?
給料は人件費、つまり会社にとっては費用と捉えられています。経営状況が思わしくなくなれば、経費は削減対象になりますね。人件費もそうです。しかし、材料と違って人材はそれ自身で無尽蔵の付加価値を生み出すものですから投資と考えられます。
人材不足の中では、人材への投資に対してより多くのリターン、すなわち付加価値づくりをこれまで以上に真剣に考えるべきで、そのために必要なビジネスモデルや処遇を整える必要があるでしょう。今、飲食チェーンなどで人手不足が大問題となっていますが、低価格で競争を勝ち抜くためがゆえの低賃金ということの限界が露呈したのだと思います。
したがって、給料を上げて優れた人材を確保し、より付加価値の高いサービスを用意するといったビジネスモデルに変えていくことを考えなければならないということです。そういう点から、人材市場には量的な調整機能だけでなく、質的な調整機能も求められていくと見ています。
人材不足となる中で、採用担当者はどういったことを留意していくべきでしょうか。
自社に必要な人材像を明確に整理することですね。必ずしも特定の業務経験が長ければいいということでもありませんし、企業風土との相性も重要です。また、人材を探すための情報ソースを広げていろいろなチャネルに当たることも必要でしょう。どういうところにどんな人材がいるのか、マップのようなものを把握しておくと有効だと思います。
最後に、貴社の事業目標について教えてください。
エグゼクティブサーチとしてスタートし、登録型の人材紹介、メンタルヘルスケアをはじめとするEAP(従業員支援プログラム)など人材関連の領域で事業を広げてきているというユニークな事業体です。企業に対しては、必要としているコア人材のニーズを細かくヒアリングして紹介につなげること、そしてEAPで人材の質を高める環境づくりをサポートするという人材の質に着目したソリューションをワンストップで提供できるところに存在価値があるのではないでしょうか。
デジタル、アナログでいえば私たちはアナログであり、専門性を持つ分野を深掘りしているということです。今後は人事コンサルティングにも力を入れ、企業人事のよき相談相手となることを目指していきたいと考えています。