景気回復の兆しが見え始めたが、新卒の就職は依然として厳選採用が続いており、新卒採用数を増やす傾向は見られない。一方で、内定が決まった人に集中するという現象も頻繁に見られるようになった。ディスコ社長の夏井丈俊氏に、グローバル化と大学教育の課題、そして今後の人材市場における経営戦略を聞いた。
ディスコ
夏井 丈俊 代表取締役社長
1987年ディスコ入社。1998年米国現地法人 DISCO International, Inc. 社長、2000年英国現地法人社長兼務。2005年常務取締役。2010年10月代表取締役社長就任。
日本の人材市場の現在の状況をどのように捉えていますか。
日本では、グローバル採用が活発になってきています。かつて、米国でも似たような状況が起きていました。私は米国に赴任していた1998年から2006年までの8年間、ITビジネスの盛り上がりを目の当たりにしました。IT技術者の不足から、インド人や中国人を始めとして、さまざまな国から才能のある人材を獲得するための「Talent War」がはじまったのです。当時、急成長していたマイクロソフトなどもロビー活動を行い、IT産業は人材不足のために成長機会を失っていると世論に訴え、ビザの発給緩和などを国策として取り組ませ、外国人採用を推進しました。
その後、米国同時多発テロなどで不況に陥ると、ビザの発給コントロールの問題などもあり米国人が優先される時期もありました。米国が技術革新による技術者不足に直面したのに対し、日本の場合は、海外に行かなければ稼げなくなったためにグローバル人材を採用する必要がでてきたという点で、根本的な違いがあります。ビジネス、ガバナンス、人材というすべての面でグローバルな競争力が必要とされており、“Global Talent War”が始まっているのではないかと思っています。
日本のジレンマは、グローバルな競争力を強化するために、大胆に開国するしかなくなっている点です。 新興国需要などで企業業績は回復し、採用意欲は高まってきている一方で、企業の人材ニーズもグローバル人材、即戦力人材へと変わってきています。最近、外国人留学生が注目されるようになってきているのもそのためです。
企業業績は回復傾向にあり、求人も増える一方で、国内の新卒採用では厳しい選考が続いています。
大卒者の内定率が低水準である背景には、大学が抱える本質的な問題があります。構造的にはこの20年で大学生は17万人近く増えました。すでに大学進学率は5割を超えていますが、高卒者への求人数が限られるため、今後さらに進学率は高まっていくでしょう。
韓国でも中国でも大卒の就職は厳しい状況です。中国では地方の単純労働は人手不足ですが、一人っ子政策で教育熱が高まったため、大卒者が700万人を超えるまでに急増し、大変な就職難に直面しています。大学卒業者と求人のバランスからいうと、これからの日本は、国内だけでは雇用機会は厳しくなり、海外で就職することも考えなければならない時代になるでしょう。
最近の求人では、現地で日本人を採用したいという企業も出てきています。例えば、日本向けにビジネスをしたいから、中国企業やタイ企業に現地採用で入社して、働いてくれないかということが現実になってきています。また、企業の採用の開始時期が話題になっていますが、大学教育を優秀な人材を養成する期間として位置づければ、採用活動スケジュールの見直しは必要だと思っています。ただ、時代に適応する人材を輩出できるカリキュラムを持っている大学はどれくらいあるのでしょうか。
企業と学生とのマッチングを図るために大学に期待されているのは、採用した人材を育て輩出する育成力です。今こそ大学の教育力・育成力が問われているのです。これが、新卒採用市場で起きているミスマッチの一番大きな問題だと考えています。
人材市場の動向で今後の注目している特徴的な動きは?
これから多少景気がよくなれば、第二新卒の中途採用が注目されそうです。政府が要請するように、新卒採用の枠が卒業後3年は認めれば、3年働いた人も新卒となります。何もしないで3年過ごした人材よりも、3年間働いてきた人材を採用するのは当然です。そのため、この数年、納得しないで会社に入った人が、3年以内の転職に動き出すようになるでしょう。
企業は良い人材がいれば、いつでも採用するのですが、問題は採りたい人材がいないことです。企業の求人は増えても、採用には結びついていません。優秀な人材を真剣に雇おうとすれば、納得できる人材はごく少数になり、新卒採用では決まった人に内定が集中します。レベルに達しない人は、1社も内定がでないという格差はさらに拡大します。
内定のない人は人材不足の中小企業にという声がありますが、レベルの低い人材とマッチングさせられるのは迷惑な話です。中小企業こそ未来に伸びる可能性があり、優秀な人材が必要であり、将来会社を支えていく存在になる可能性も大きいのです。
日本の将来を考え、当社では「エデュケーション」、「リクルーティング」、「モチベーション」をキーワードにしていきたいと思います。卒業という出口に立った大学生をどうするのかというだけではなく、グローバル化の中で、日本や企業はどのような人材を必要としているのか。企業の問題として考えるだけではなく、高等教育そのものにコミットして、教育を改革していかないと、人余りと人材不足が共存したまま、さらに深刻化する一方です。グローバルに通用する人材の確保は、リクルーティングだけでは解決できない課題になっているのです。
この2年で人材会社を取り巻く環境は激変しました。今後のディスコの経営戦略を教えてください。
この2年間で求人メディアの価格競争が激化し、急落しました。これから求人メディアの価格が以前のように復活することはないと考えています。これまでの日本の求人広告は、国際的に見ると非常に高い。米国では、求人メディアは1000ドル、ジョブフェアは2500ドルぐらいが相場ではないでしょうか。現状はお客様が買いたい価格に収れんした結果と見るべきだと思います。
しかし、知名度の低い中堅・中小企業は自分たちだけでは発信力がありませんので、彼らのメッセージを伝える仕組みとしては、今後も必要とされる事業です。また、買い手市場が続き、これまでの採用手法では、欲しい人材以外も大量に集まってしまうという問題がでてきていますので、様々な採用手法を試行錯誤しながら試していくことになると思います。
当社では、大学の教育、企業の人材ニーズ、それぞれをグローバルな視点で見ることができるので、より的確なアドバイスをすることができると考えています。特に、昨年から注目されているグローバル人材採用では、ボストンで毎年開催している留学生就職フェアが今年で25周年を迎えます。世界のトップ200大学にもコンタクトをしており、企業のグローバル人材のポートフォリオ構築に役立てればと考えています。
グローバル競争の中で、良い人材を獲得することが、業績に直結するようなシビアな時代に入ってきています。 入社をお手伝いした人材が企業業績に貢献することが最も重要だと考えていますので、入社後も人材が活躍しているか、人材を活躍させる場ができているかというところまで、パートナーとして一歩踏み込んだサービスを提供していきたいと考えています。
これまでは、入社した後の人材の活躍は、会社組織に任されてしまいました。採用については採用コンサルティング、会社組織については人事コンサルティングの分野でしたが、入社した人材が業績を上げるために、この双方を兼ね備えたコンサルティング体制が求められているのです。
当社が目指すのは、採用・育成・組織活性化まで、顧客のさまざまな悩みにワンパッケージで応えられる百貨店型の組織です。当社単独で解決できない課題に対しても、外部のパートナーシップを通じて顧客の要望に応えることで、人事上の悩みがあれば、先ずディスコに声をかけるというような頼られる存在になりたいと考えています。
人材業界も、さまざまな仕組みが変わっていかなければいけない時代になっています。また、クオリティの低いサービスは、価格競争にさらされて淘汰されます。次のステージにリフトアップするために、顧客の期待に沿える質感の高いサービスを提供できる会社にしていくことが重要だと考えています。