請負・業務委託の個人事業主 最高裁“労働者性”認める

個人で企業と請負契約や業務委託契約を結ぶ個人事業主が労働組合法上の労働者に当たるかどうかが争われた2つの訴訟で今年4月12日、最高裁判所は労働者に当たるという判決を下した。これからは委託契約を結ぶ事業主は、一方的に団体交渉を拒否することが許されなくなりそうだ。(文・溝上憲文編集委員)

最高裁

増加する請負・業務委託 労組が団交を要求

最高裁判決が示されたのは「INAXメンテナンス事件」と「新国立劇場運営財団事件」の2つ。労組法上の労働者性を巡っては、これまで労働委員会が肯定し、地裁や高裁の下級審が否定するケースが繰り返されてきたが、ようやく終止符が打たれたことになる。

企業と業務委託契約や請負契約を結んで働く人が近年増加している。厚労省の推計では2000年の約63万人から09年には約110万人に増加。労働政策研究・研修機構も約125万人(05年)と試算している。中でも企業と専属的な契約関係にあり、主な収入源をその企業に依存している個人事業主は出版、広告、ソフトウェア、建設、運輸など幅広い業界に存在している。

個人請負的な働き方は本人の希望もあるが、企業も社会保険料などのコスト削減や労働法上のさまざまな義務を一切負わなくてもいいことから正社員から切り替える例も近年増えている。

だが、形式的に業務委託契約や請負契約を交わせば労働者の資格がなくなるわけではない。労働者の定義は法律によって異なる。 たとえば労働条件の最低基準を定めた労働基準法上の労働者の範囲については「使用従属性」つまり「指揮監督下の労働」という労務提供の形態、「賃金支払い」という報酬の労務対償性などによって判断される。

一方、労働組合法は憲法で保障された「団結権」「団体交渉権」「団体行動権」の労働三権の保障を目的にしている。したがって使用者と労働者による団体交渉の前提となる労働組合法の労働者は、罰則付きの強行法規の適用範囲を確定する労基法上の労働者よりも幅広い概念とされている。

労働組合法第3条では「この法律で『労働者』とは、職業の種類を問わず、賃金、給料、その他これに準ずる収入によって生活する者をいう」と定義されているにすぎない。労組法上の労働者の要件は労基法上の労働者と違い、これまで必ずしも明確な判断基準が示されていなかった。

そのため労組が使用者に団交を要求しても「業務委託契約者であり、労働者ではない」と拒否される事態が続出。また、労働委員会の命令や裁判所の判断も労働者性を巡って異なる解釈・結論が示されるなど混乱を極めていた。今回の最高裁判決はこれまでの異なる判決に一定の歯止めをかける判断を示したものだ。

5つの基準で労働者性を認定

INAXメンテナンス事件は、INAX製品の修理補修業務を主とするINAXメンテナンスと委託契約を締結しているカスタマーエンジニア(CE)との間で労組法上の労働者性が争われた。

同社は全国に57カ所のサービスセンターがあり、約600人のCEが補修業務に従事していた。CEは担当エリアを決められていたが、サービスセンター長の裁量でエリアの変更を迫られたり、契約解除による解雇も発生したことから04年9月に全日本建設交運一般労働組合(建交労)の分会として労働組合を結成した。

会社に労働条件の変更などを議題とする団交を申し入れたが、労働者に当たらないとして拒絶。組合は05年1月に不当労働行為に当たるとして大阪府労働委員会に救済申立を行い、大阪府労委は団交に応じるべきとの命令を出した。

会社側はそれを不服として中央労働委員会に再審査の申立をしたが、07年に棄却。会社側は東京地裁に中労委の再審査申立棄却命令取り消しの行政訴訟を起こしたが、地裁はCEの労働者性を肯定し、会社の請求を棄却した。

会社はこれを不服として控訴。東京高裁は労働者性を否定する逆転判決を下した。国は最高裁に上告し、今回の判決に至る。大阪府労委の申立から6年以上の歳月を経て労働者性が認められた。

最高裁が労働者性を認定した事実は以下の5点。

 1.CEは会社の事業の遂行に不可欠な労働力として、その恒常的な確保のために会社の組織に組み入れられていた。
 2.会社がCEの契約内容を一方的に決定していた。
 3.会社がCEに支払う報酬は労務の対価の性質を有する。
 4.CEは会社による個別の依頼に応ずべき関係にあった。
 5.CEは会社の指揮監督の下に労務の提供を行っており、場所的・時間的にも一定の拘束を受けていた。

要約すれば①事業組織への組み込み、②契約内容の一方的決定、③報酬の労務対価性、④業務の依頼に応ずべき関係、⑤労務供給の態様についての指揮監督―の5つを基準に労働者性を認定した。

結論として「会社は正当な理由なく当該労働組合の団体交渉を拒否することは許されず、会社の拒否した行為は労働組合法第7条第2号の不当労働行為を構成する」とした。

最高裁判決を受けて和解に動く企業と労組

今回の最高裁判決は当然、下級審にも影響を及ぼすことになる。日本労働弁護団の鴨田哲郎弁護士は「少なくとも今回の判決は、組織に組み込まれているかどうか、支払われる報酬が労働の対価であると評価できるかどうか、主にこの2つの点をクリアできれば労組法上の労働者であると最高裁が認めた。下級審の裁判官はいっせいに右へ倣えとなるだろう」と指摘する。

すでにその動きも出ている。現在、自転車・バイク便の業界大手ソクハイと請負契約を結ぶ個人事業主で組織する連合ユニオン東京ソクハイユニオンが労働者性を巡って東京高裁で係争中である。

最高裁判決から1カ月後の5月19日。高裁の裁判官は労使双方をそれぞれ別室に呼び出し、裁判官は労組に対し、会社側の意向を汲んで和解を持ちかけた。

連合東京の古山修・組織化推進局長は「最高裁の判決が出て、裁判長の方から会社側を説得したようだ。我々に対しても、労組法上の労働者という点ではソクハイ事件とINAX事件は似ていると言い、和解にあたって労組から和解条項を提案してほしいと言われた」と語る。

これを受けてソクハイユニオンは和解に応じることを決定。和解条項の叩き台を裁判所と会社側に提出し、和解協議に入っている。ソクハイユニオンは和解条項に組合活動を理由に契約解除された労働者の復帰や組合事務所の設置などを盛り込み、さらには労働保険への加入も認めさせていく交渉を進めていくことにしている。

実は、ソクハイ事件で労働者性を認定した中央労働委員会命令が今回の最高裁の判決に影響を与えたと言われている。中労委の第2部会の菅野和夫部会長が「かなりの精力を注いで裁判所に通る理屈を改めて整理したもの」(鴨田弁護士)と評価されている。高裁の裁判官も当然、その経緯を知っているからこそ和解の動きに転じた可能性もある。

個人請負型就業者の処遇改善が進む可能性

ただし、最高裁の判決が下級審に影響を及ぼすことはあっても、業務委託契約を結ぶ個人事業主のすべてが労組法上の労働者であると認められたわけではない。あくまで個別事案に基づいて判断されたものだ。

連合東京の古山局長は「委託労働者を広義の労使自治の中でとらえてほしい。労働者性に関しては、『使用従属性』からではなく『経済的従属性』から労組法上の労働者性を認めさせ、団体交渉で話し合うべきなのか否かを判断基準とし、経済的に依存し組織に組み込まれていることを判断根拠とする定義を打ち出してほしい」と要望する。

行政も労働者性の定義を明確化すべく動き出している。現在、厚労省は労働法学者で構成する「労使関係法研究会」を立ち上げ、団体交渉について使用者と労働者双方の予見可能性を高めるために労働者性の判断基準を検討している最中だ。

7月中に報告書が出される予定になっており、より具体的な労組法上の労働者の要件が示されることになる。(※編集部注)(※編集部注)厚生労働省の「労使関係法研究会」(座長:荒木尚志東京大学大学院法学政治学研究科教授)は、7月25日、労働組合法上の労働者性の判断基準について報告書をとりまとめて発表した。

個人請負型就業者の増加は、法的権利保護を受けられない社会的弱者を生み出す可能性が高い。この問題は日本に限らず、先進国の共通の課題にもなっている。ILOは06年の総会で「雇用関係に関する勧告」を採択し、「偽装された雇用関係」に対する対策を講じることとし、「加盟国は、雇用関係が存在することについての明確な指標を国内法令または他の方法によって定義する可能性を考慮すべきである」としている。

この勧告は拘束力を持つものではないが、EU諸国ではすでに個人請負型就業者に関係する保護措置を独自に設けている国もある。

たとえば英国は1986年の男女同一賃金法により「就業者」という概念を打ち出し、従属的自営業者は最低賃金、有休休暇、最長労働時間などの規定が適用されている。また、オランダでは労働法の中で契約の地位に関係なく、雇用契約のない者も「被用者」と見なし、すべての労働法規制が適用されている。

今回の最高裁の判決はあくまで労組法上の労働者性を認めたものにすぎない。しかし、労使交渉を促進し、個人請負型就業者の処遇改善につながる可能性を有していることは間違いない。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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