人材採用

エース社員の「燃え尽き退職」が手遅れになる前に〜予防策は「引き算のマネジメント」【退職マネジメントのプロが語る退職トラブル解決法】

人的資本が重要視される今、社員が退職してしまうことは企業にとって大きな痛手となるケースが多く、各社では退職率を改善するために様々な取り組みを行っています。本連載では、退職トラブルの原因・解決策について、退職トラブルに悩む企業へのコンサルティングを行う佐野創太氏にフェーズごとに数回にわたって解説してもらいます。(文:佐野創太、編集:日本人材ニュース編集部

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【第1回】5年連続、新人が入社後半年で退職…原因はたった1つのあること
【第2回】「本当は第一志望の企業じゃなかったんです…」 なぜ第二新卒で退職してしまうのか
【第3回】「ロールモデルがいないので退職します」と話す中堅社員の本音

「エース社員」はリスクである

「弊社にはエースがいるから、大丈夫ですよ」。

会社の中で経営層や管理職から期待され、同期には頼られ、後輩からは憧れの対象となる社員がいます。エース社員です。人望はもちろんのこと、安定して成果も出すハイパフォーマーであり、幹部候補社員でもあります。

「エース社員がいるなんて頼もしい」と思われますが、エース社員はリスクにもなります。エース社員から退職の申し出があって、慌てて相談にいらっしゃる企業様も多いです。

「急にエース社員が『2ヶ月後には退職したい』と言い出しました。どうやら転職先も決まっているようです。引き止める施策はないですか」

キャリア相談の現場では、エース社員の本音を聞くことができます。

「引き止めてくれる嬉しさもあるんですが、正直に言うと『もう手遅れなんです』と伝えるしかありません。会社としては『突然のこと』かもしれませんが、私は半年以上悩んできめたことですし、退職の準備も半年かけています。決意は変わりません」

エース社員の退職は、会社に動揺が広がります。

「あいつの上司は何をやっていたんだ」と管理職は責められ、「もしかしてうちはやばいのか?」と同僚は疑うようになり、「あの人が辞めちゃうような会社だったのか」と後輩は冷めていきます。

会社の将来を背負って立つエース社員がいることは、人材育成がうまくいっている証拠でもあります。一方で「彼・彼女が退職したら代わりになる社員がいない」状態は、「エース社員依存」とも言えます。

「いざ抜けたら業務が回らない」「他の社員が育たない」なんてリスクを抱えることになります。

なぜエース社員は退職してしまうのでしょうか?原因と解決策を提案します。

エース社員の本音は「もうこれ以上は頑張れない」

エース社員の退職に限らず、退職とは「複数の要因」によって引き起こされます。評価制度があいまいで納得感がない。人間関係がギスギスしていて居心地が悪い。家庭の事情が複雑になってきた。あらゆる理由が絡み合って、社員は会社を辞めます。

その中でも、エース社員ならではの退職理由があります。

それは「バーンアウトシンドローム」です。

精神心理学者のハーバート・フロイデンバーガーが1974年代に初めて用いた造語です。日本では「燃え尽き症候群」と言われることも多いです。

厚生労働省はバーンアウトシンドロームを、以下のように定義しています。

それまで意欲を持ってひとつのことに没頭していた人が、あたかも燃え尽きたかのように意欲をなくし、社会的に適応できなくなってしまう状態
(出典:厚生労働省 生活習慣病予防のための情報サイト「e-ヘルスネット」

経営者や人事役員と「エース社員の退職」についてディスカッションをしていると、次のような気づきを話してくださいます。

新規事業の立ち上げを任せて軌道に乗ってから、会議での集中力に欠ける様子を見せることがあった

これまでは「頼む、任せられるのは君しかいないんだ」とお願いしたら「今回だけですよっ!」と笑っていたが、いつからか「わかりました」と無表情で引き受けるようになっていた

もちろん任意の飲み会なのだが、来なくなった

エース社員は燃え尽き症候群の「サイン」を出しているのです。キャリア相談にいらしたエース社員の方は、表現は違えど同じ悩みを吐露されます。

「もうこれ以上は頑張れません」です。

深く聞いてみると、「丸投げされている」「駒として扱われている」と感じてしまうとのことです。ある方はさらに強い言葉で「私は会社の中で残飯処理係なんですよ」と話していました。会社からの期待や信頼をそのまま受け取ることができなくなっています。

会社とエース社員はなぜすれ違ってしまうのでしょうか?ここにエース社員の退職を予防する鍵があります。

エース社員の退職の最大の予防策は、「引き算のマネジメント」

エース社員の「もうこれ以上は頑張れません」の本音から、予防策はつくられます。

これまでエース社員は会社から「君ならもっとできる」と期待され、本人も「もっと頑張ろう」と応えてきました。ある時まではエース社員は会社の期待に答えることが楽しく、成長を喜ぶことができました。「もっともっと」で成り立つ「足し算の関係」です。

しかし、「足し算の関係」には限界があります。退職を決意した瞬間を話してくれたエース社員はこう話していました。

評価面談の時に「もっとできると思ったんだがなぁ」とぼそっと言われて、糸が切れました。
「まだ頑張らせる気だったのか」とがっかりし、それ以降は何を言われたか覚えていません。

コップから水が溢れるかのようです。エース社員は「もう無理だ」と全てを投げ出したくなるような気持ちになります。

エース社員の退職を予防する最大の施策は何でしょうか?それが「引き算の関係」への移行です。つまり「エース社員の業務を減らして集中させよう」という「引き算のマネジメント」です。

人事やマネジメントの会議で、この一言を議題に挙げてください。

エース社員に「一番求める役割」は何だろうか?

この一言を問えば、「そもそもうちにとってエース社員とはどんな人物だろうか?」という定義の話になります。

私のクライアントと話す中で見えてきた定義は3つです。営業会社として考えるとわかりやすくなります。

(1)現場のプレイヤーの成績上位者(ex.成長著しいトップセールス)
(2)プレイヤーと管理職の間(ex.自分の営業成績も出しつつ、育成している部下も結果を出しているプレイングマネージャー)
(3)管理職と経営層の間(ex.営業部全体の成績を伸ばしつつ、経営層と今後の営業戦略のディスカッションができる経営幹部候補)

それぞれのエース社員の定義を定め、求める一番の役割を決める。自ずと「今のエース社員は一番の役割以外の業務が多すぎるかもしれない」と気づきます。定義を定めれば、業務の内訳を精査できます。

「こんな仕事もやっていたのか」と「名前のない仕事」に驚いた企業様も多いです。

エース社員は会社からの期待や信頼を敏感に感じ取ります。だから「この仕事はできません」と断ることが苦手です。気がつけば「名前のない仕事」に人知れず埋もれています。

だから、手遅れになる前に「引き算のマネジメント」を、会社から提案することが大切です。

エース社員が退職を思いとどまった「ある一言」

「会社を辞めたい」と思ってキャリア相談にきたエース社員の中には、「退職を思いとどまった」人もいます。理由は上司が話した次の言葉です。

「これまでいろいろやらせ過ぎていたように思う。申し訳なかった。これからは後輩の育成に集中してほしい。あなたの目標は下げようと思う。どれくらいならいけそうだ」

この上司は「足し算のマネジメント」を反省し、「引き算のマネジメント」をエース社員に提案したのです。「ここまで私のことを考えてくれるなんて驚いた。もっと頑張ろうと思った」と話してくれました。

不思議に思うかもしれません。「引き算のマネジメント」を提案したら、エース社員はむしろ「足し算のマネジメント」を望んだのですから。でも、人は「やるべきことの優先順位がはっきりする」と、努力が楽しくなります。

エース社員が育ってきたら、組織が彼ら・彼女らに依存するピンチでもあります。しかし、エース社員のノウハウを全社に広げて底上げするチャンスでもあります。

エース社員の退職に悩んで相談にいらしたある企業様とは、今では「エース社員の基準を上げるところまで来ている」と話しています。「3年前のエース社員の水準が、今の普通の社員くらいかもしれない」とさえ手応えを感じていると教えてくださいました。

エース社員には「引き算のマネジメント」を提案する。その意思決定ができた時、エース社員はもう一度業務に集中できます。退職を思いとどまるどころか、さらに全社に貢献してくれる頼もしい存在になるでしょう。

エース社員の退職を予防することは、組織全体を強くすることにつながります。


佐野創太

1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1200人以上のキャリア相談を実施すると同時に、”選手層の厚い組織になる”リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ChatGPT活用・定着コンテスト」の開催をサポートしている。 また、”情報発信顧問”としてこだわりある企業の商品・サービスの「全国1位の強み」を言語化し、疲弊しない発信体制をつくっている。 著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。
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1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1200人以上のキャリア相談を実施すると同時に、”選手層の厚い組織になる”リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ChatGPT活用・定着コンテスト」の開催をサポートしている。 また、”情報発信顧問”としてこだわりある企業の商品・サービスの「全国1位の強み」を言語化し、疲弊しない発信体制をつくっている。 著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。

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