「ロールモデルがいないので退職します」と話す中堅社員の本音【退職マネジメントのプロが語る退職トラブル解決法】

人的資本が重要視される今、社員が退職してしまうことは企業にとって大きな痛手となるケースが多く、各社では退職率を改善するために様々な取り組みを行っています。本連載では、退職トラブルの原因・解決策について、退職トラブルに悩む企業へのコンサルティングを行う佐野創太氏にフェーズごとに数回にわたって解説してもらいます。(文:佐野創太、編集:日本人材ニュース編集部

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【第1回】5年連続、新人が入社後半年で退職…原因はたった1つのあること
【第2回】「本当は第一志望の企業じゃなかったんです…」 なぜ第二新卒で退職してしまうのか

管理職も退職に疲弊している

あるメーカーの人事役員の方(Aさんとします)から次の相談をいただきました。

「『ロールモデルがいないから退職します』と言われたんだけど、本音は何ですか」

Aさんはこれまでは「退職者が出るのは自然現象だから仕方ない。採用に力を入れる方が優先」と考えていました。しかし、20代後半から30代前半という「働き盛り」の社員の退職が続きます。
退職は高コストです。
採用だけでなく、育成とマネジメントコストがかかります。

マネジメント層からは「退職させてしまいました」「管理能力に自信がない」という相談が増えており、目に見えて疲労感が表れていました。

このままでは管理職も退職してしまう。

危機感を覚えたAさんは、「中堅社員の退職は<経営課題>だ」と捉え、経営会議で議題を提出するようになりました。

Aさんの会社の中堅社員の定義は、「入社3年目以降で主任や課長などの役職には就いていない社員」です。第二新卒以上、管理職未満といったイメージです。

会社からすれば「仕事も一人でできて、後輩の育成などリーダー業務も任せ始められる社員」です。なのに、中堅社員が「ロールモデルがいないから退職させてください」という声が相次いだそうです。

でも、Aさんいわく業界平均で給与が低いわけでも、労働時間が長いわけでもありません。人間関係も「和気藹々とまではいかないけど、ちょうどいい温度だと思います」と話します。

退職は自然現象なのでしょうか?

なぜ社員は「ロールモデルがいない」を理由に退職するのか

従業員の「働く環境」は整っていると考えられます。話していく中で気づいた点がありました。抜けがちな視点です。

従業員の「暮らす環境」です。

社員が仕事に集中して成果を上げるには、大前提の「暮らし」があります。20代後半から30代前半は、「暮らしを見直す時期」でもあります。

仕事に慣れ、今後を考える時期です。「ライフイベントの変化」が起き、これまでのキャリアや働き方を見直したくなるのです。

私のもとに外資系コンサルタントのBさん(男性・31歳)がキャリア相談に来ました。入社以来ずっとハードワークで成果を残し、会社からも期待されていました。

それにも関わらずBさんは退職を検討していました。理由をこう教えてくれました。

今の会社は20代までの会社だと感じます。
「働き盛り」と「暮らし盛り」って重なるんですよ。
次の10年は暮らし方を重視します。

「働き盛り」と「暮らし盛り」が重なる。

会社が「そろそろ大きな仕事を任せよう」と思っているのと同時に、社員は人生の節目を迎えています。

長期的な発展を願う企業にとって、「社員の暮らし方」は無視できないようです。

中堅社員が「働き方を見直そう」と決意する2つのライフイベント

キャリア観が大きく変わるほどのライフイベントとは何でしょうか?ここが見えてくれば、解決策もわかるはずです。

中堅社員の退職を食い止めるには、2つのライフイベントが前提になります。

一つ目は結婚です。女性の初婚年齢の最頻値は26歳、中央値は27〜28歳です。男性の初婚年齢の最頻値は27歳、中央値は28〜29歳です。

年齢別初婚件数 令和2年(2020年)

出典:男女共同参画局「 男女共同参画白書 令和4年版」

二つ目は出産です。初出産は結婚してから2年程度です。つまり女性社員も男性社員も、20代後半から30代前半で大きなライフイベントを2回経験する可能性があります。

妻の平均初婚年齢・母の出生時平均年齢・出生までの平均期間

出典:厚生労働省「令和3年度『出生に関する統計』の概況」

以上のことから、働き盛りの中堅社員の「ロールモデルがいないから退職します」の本音は次のように推測できます。

「今の会社には、仕事だけでなく生活も大切にできている人がいないように見えます。私はどちらも大切です。次はどちらも大切にできる環境で働こうと思います」

ある相談者さんは「暮らしを犠牲にする働き方は20代まででいいです」と吐露していました。「ロールモデル」には働きぶりだけでなく、暮らしぶりも含まれているのです。

トップの本気度が、制度定着の鍵になる

本記事の冒頭で人事役員のAさんが「中堅社員の退職は<経営課題>だ」と経営会議で議題を提出したとお伝えしました。

人事課題ではなく、経営課題です。
ここまで危機感を募らせる理由はあるのでしょうか?
人事だけで解決してもいいのではないでしょうか?

今は効果的な施策がたくさんあります。リモートワーク、勤務間インターバル制度、フレックス制度、男性育休の推進など。取り入れている企業も増えました。

しかし、効果が出ている企業と出ていない企業で二分されています。私のもとにも「制度は導入したんですが成果が出ません」という相談をいただきます。

リモートワークや勤務間インターバル制度を導入したが、サービス残業や過重労働になる。
フレックス制度を導入できる部署とそうでない部署で、不平等感が募る。
男性育休を推進しているが「引き継ぎができなくてとても取れそうにない」と遠慮してしまう。もしくは名ばかり育休になってしまう。

形ばかりになる企業と、効果を出している企業の違いは何でしょうか?
それは「経営陣の一声の有無」です。

ある会社のトップは男性育休を導入した際に、こう話していました。

制度を導入してから、会社で会う社員に状況を直接聞くようにしています。
特に用はないですけど、フロアを回って社員に会う回数を意識的に増やしています。
社長室にいる時間は3分の1くらいになったんじゃないでしょうか。

導入して半年間は、会社にいて社員と話すことを重視したそうです。「会合や出張も減らしました」と話します。次第に会社では「社長に聞かれた」「私も」という会話が増え、「どうやら社長は本気だ」と意識が変わっていきました。

制度の導入だけでなく社風になることまで見据えた場合は、経営課題、つまりトップの動きが必須です。

退職は本当に悪なのか?

「トップが動けばそれでいい」ほど簡単ではないことは、人事の方であれば既にお気づきでしょう。「社員全員を幸せにすることはできない」場面に何度も遭遇しているはずです。

そうです。男性育休にせよリモートワークにせよ、制度を導入すると共通の「矛盾」が起きます。「ある社員を優遇すると、ある社員を冷遇することになる」です。

実際にこんなケースがありました。いただいた相談は次のものです。

経営陣も本気で子育て社員の支援に乗り出して、現場も動き出しました。
そしたら未婚社員の退職が出てきたんです。
子育て社員のサポートを未婚社員がすることで、皺寄せがいってしまったんです。
「私たちは子育て社員のケア要員じゃない」と不満がたまって、退職が増えました。

あちらを立てればこちらが立たない状態です。
どうすればいいのでしょうか?

会社としては、2つのうちからどちらかを選ぶことになります。

一つは「退職を受け入れる」です。つまり「弊社は子育て社員が働き続けられる会社に変わっていく。その移行期には摩擦が生まれるが、一緒に頑張ってほしい」と対話していく姿勢です。

長期的に成長している企業は、退職を必ずしも悪いものと捉えず、新陳代謝と捉えています。つまり、「合わない社員が自分から退職を選べるようにする」と考えています。

もう一つの姿勢は「公平な会社をつくる」です。子育て社員も未婚社員も働き続けられるようにするため、制度の整備と運用の定着をしていく姿勢です。

どちらの姿勢もコストはかかります。
社員全員の賛同を得るのは、現実的ではないでしょう。

だからこそ、「退職は経営課題」なのです。

「どういった会社にしたいか」という未来があってはじめて、「この退職の事実をどう捉えるか」という話ができるようになります。
経営判断なくして、退職に対する姿勢は決まらないのです。

極端な話ですが、「当社は何もサポートしない。弱肉強食の戦略だ」とするのもまた、一つの姿勢です。良いか悪いかは別として、経営層の会社の方針次第で、退職をどう捉えるかは180度変わります。

人事の方は日々の仕事に加えて、こういった経営層とのコミュニケーションも求められ、負担が増えているように感じます。キャリア相談でも人事の方からの悩みは多く、深いです。

それでも、社員の方々の働きぶりを日々見ていて、人事施策にも精通していて、経営層と話せるのは、人事の方にだけできる仕事です。

退職をきっかけに、経営層と「これからどんな会社にしていこうか」といった、踏み込んだコミュニケーションが増えることを応援しています。


佐野創太

1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1200人以上のキャリア相談を実施すると同時に、”選手層の厚い組織になる”リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ChatGPT活用・定着コンテスト」の開催をサポートしている。 また、”情報発信顧問”としてこだわりある企業の商品・サービスの「全国1位の強み」を言語化し、疲弊しない発信体制をつくっている。 著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。
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1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1200人以上のキャリア相談を実施すると同時に、”選手層の厚い組織になる”リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ChatGPT活用・定着コンテスト」の開催をサポートしている。 また、”情報発信顧問”としてこだわりある企業の商品・サービスの「全国1位の強み」を言語化し、疲弊しない発信体制をつくっている。 著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。

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