社内失業者465万人、「失業なき労働移動」は実現可能か

「雇用維持型から労働移動支援型へ」という安倍政権の雇用政策が進めば、企業が構造改革を進めやすくなる可能性がある一方、企業の採用が少ない40代以上の受け皿という課題が浮かび上がる。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

リストラ

安倍政権が日本経済再生3本目の矢と位置づける成長戦略(日本再興戦略)を公表した。その中の「雇用制度改革・人材力の強化」では「行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型への政策転換(失業なき労働移動の実現)」を掲げている。

リーマン・ショック以降の失業者の増加に伴う雇用維持型の政策を転換し、能力開発支援を含めた労働移動支援型政策に改めようというものだ。具体的数値目標として今後5年間で、失業期間6カ月以上の者の数を2割減少させ、転職入職率(在籍者に対する転職入職者)を9%にするとしている。

具体策としては、これまで失業者の発生を防止してきた雇用調整助成金を縮小し、労働移動支援助成金に大胆に資金をシフトする。雇用調整助成金の2012年度支給実績は約1134億円。労働移動支援助成金は2.4億円と大きな開きがある。これを2015年度までに予算規模を逆転させようというものだ。

その他に若者等の教育訓練費用の提供や出向・転籍による労働移動を支援するためのキャリアコンサルティングの実施を行うことにしている。

だが、まがりなりにも雇調金で維持してきた社内失業者を外に吐き出しても大丈夫なのか。内閣府の推計による社内失業者は465万人(2011年7~9月)。全雇用者の8.5%に相当し、その大半は40代以上とされるが、とても受け皿があるとは思えない。

転職サービス「DODA」の転職者年齢調査によると、40代以上の転職者は年々少しずつ増えているが、それでも全体の5.8%。8割超を34歳以下が占める。

1年間の転職者は就業者全体の5.7%にあたる約370万人。そのうち民間の人材紹介会社経由で入職する人は9万人(2.3%)にすぎない。40代以上はその中のごくわずかであり、たとえ減収でもハローワークで見つけられる人は良いほうである。

40代と聞いただけで尻込みする企業も多い。40代はどうしても給与が高くなるので敬遠したいというのも理由の一つであるが、単純に年齢だけで拒否する企業も少なくない。雇用対策法で年齢制限禁止規定が設けられているにもかかわらず、門戸は厳しく閉ざされているのが現実だ。

もちろん年齢だけが理由ではない。不動産業の人事部次長は「同業でも20年以上働いてくると前の会社のやり方で頭が凝り固まっている人が多い。入社後に前職のやり方を踏襲し、なかなかうちの会社に馴染もうとしない。採るならば、やり直しがきく30代のほうがまし」と語る。

マネジメント力があり、特殊な専門性を持っている人であれば採用される。しかし、外食産業の人事部長は「毎年200人程度中途採用しているが、40代は10人に満たない。当社にはいない特定の食材に強い専門家、あるいは人事、総務、経理、法務の分野に特化した専門家しか採らない」という。

適応力が低く、特定の専門性に欠け、転職できる人が少ないとなれば、事態はもっと深刻だと言わざるを得ない。「失業なき労働移動」は容易なことではないが、比較的景気が上向いている今こそ、企業は贅肉を削ぎ落とす事業構造改革に着手し、新たな成長軌道に乗る必要があるのも確かだ。

日本総合研究所の山田久調査部長は、事業再編に伴う人材の受皿機能として「官民共同出資の人材ブリッジ会社」の創設を提唱している。共同出資会社は、政府と不採算部門の人材を移したい企業や業界、そして運営に携わる人材ビジネス事業者が出資して設立する。

不採算事業を抱える企業や国際競争力上、構造的な問題を抱える業界再編が必要な業界が改革を断行する。儲からない事業から撤退すれば当然、人が余ることになり、その人員をブリッジ会社が引き受ける。雇用責任を持つ企業はその会社に出資し、政府もお金を出す。

ブリッジ会社は今まで働いていた人たちを出向・転籍という形で受け入れる。受け入れ後は、一部の人は元の会社に派遣し、その会社が必要とする仕事を行う。仕事がない場合は、ブリッジ会社を通じて、比較的業績のよい会社の派遣ないしは請負労働者として働く。 それでも仕事がない人については、公的な失業保険によって生活を保障し、失業給付が切れた場合は、企業から募った出資金を取り崩しながら生活を保障する。また、必要であれば、政府がキャリアカウンセリングや職業訓練の機会を提供し、技能向上や職種転換を支援する。

ブリッジ会社の存続期間は2~3年程度、長くても5年間とし、その間に出資会社や業界は再編を終えて、得意分野を強化するなど再建を軌道に乗せる。

財務体質が改善し、新しい事業分野に投資して成長するようになれば、数年後には新たな雇用も発生する。その時に出向・転籍社員を呼び戻して再雇用し、ブリッジ会社を解散するというシナリオである。

もちろん、この前提となるのは経営者が思いきって再編を実施するかどうかにかかっている。これまでは少しでも業績が回復すると、赤字だった不採算部門も少し利益が出るため構造改革を先延ばしにしてきた。そして景気が悪くなり、再就職が難しい中でリストラに踏み切ることを繰り返してきた。これは会社や社員にとっても不幸である。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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