組織・人事

企業活動は維持されたか 明らかになったBCPの課題

3月11日に発生した東日本大震災と原子力発電所事故による計画停電は企業活動にも深刻な影響を与えている。 度重なる自然災害や2年前に大流行した新型インフルエンザによる混乱などを教訓に、近年、企業では、災害や事故で被害を受けた際のバックアップシステムやオフィスの確保、即応した要員の確保、迅速な安否確認などの事業継続計画(BCP)が整備されつつあったが、今回発生した事態に対して各社の事業継続計画は有効に機能したのか。実際に企業がとった対応と明らかになった課題を取材した。(文・溝上憲文編集委員)

BCP

社員の安否確認に個人情報保護のカベ

東日本大震災は地震、津波、原子力発電所事故による甚大な被害をもたらした。東北地区では自動車や電機、素材メーカーをはじめ多くの企業・工場が被災し、生産活動の停止に追い込まれたところも少なくない。

また、直接的被害の少ない首都圏でも計画停電、放射能汚染などにより企業活動に大きな影響を与えた。気になるのは各社が策定していた災害時の事業継続計画(BCP)が十全に機能したかである。

とくに今回は原子力発電所の破壊による放射能汚染という2次災害も同時に発生した。被災地域や関連する業界は、新型インフルエンザのように発生期、流行期、終息期といった長期間を想定した対策もとらなければいけなくなっている。まさに未曾有の事態への対応が個々の企業に強く求められた。

首都圏の企業の対応を検証してみよう。何よりも重要なのは社員の安否確認である。大手消費財メーカーは震災当日に「安否確認システム」による安否確認を行った。この仕組みは安否確認メールを一斉送信すれば、社員は文字入力せずにボタン操作で自分の状況を伝えることが可能だ。これは十分に機能したが、新たな問題も判明したという。

安否確認システムでは個人情報は保護されるが、社員の携帯電話番号は個人情報保護であるために開示を求めていなかったのである。そのため急遽、緊急連絡先として派遣社員を含めた全員に携帯番号を提出させた。

「土・日曜日に何が起こるかわかりません。非常事態ですから個人情報も関係ないということで、半ば強制的に提出させました。後日、計画停電もあり、危機対策本部で使用目的を限定する内規を作成し、携帯番号の開示を求めることを決めました。それでもグループ会社の中には必要ないという声もあるなど、個人情報のカベを痛感しました」(人事担当者)

また、大手IT企業も安否確認システムを使ったが、当日に確認できたのは社員の約70%だった。それを補ったのが上長によるメールでの直接の確認である。同社は新潟中越沖地震の際にメールが効果的だったことから、部下のメールを上長が管理する仕組みを事前に整備していた。そのため100%の確認を実現することができた。

交通網の遮断で大量の帰宅困難者

次に震災当日の交通網の遮断による社員への対応である。 消費財メーカーは、自宅まで徒歩10キロ圏内の社員には早期帰宅を促した。一方、帰宅困難者に対しては、無理に帰宅せずに会社に泊まってもよいと全社員に通知した。

「10キロ圏内の社員はすぐに帰宅しました。午後6時ぐらいになり、歩いて帰れるならば帰ろうと5~6時間かけて帰宅した人もいます。会社に残った者に対しては、コンビニやスーパーの水がすぐに売り切れたので備蓄用の水を放出し、夕食は社員食堂で作ったおにぎりと味噌汁を出しました」(人事担当者)

IT企業の場合は、社員の安全と翌日の操業に備え、全員会社に留まるように指示した。総勢600人。

夜食用に総務部員が総出で近くのスーパーから人数分のカップ麺を購入し、備蓄品の飲料水を使ってしのいだ。また、翌日の勤務者のためにホテルを確保しようとしたがどこも満室の状態だった。ようやく確保した10室を女性社員のシャワールームとして使用した。問題は会社の指示で一夜を明かした場合の労働時間の扱いである。

「電車が動き始めたので一部の社員は帰りましたが、大半の社員は会社に残りました。労働させたということになれば明らかに労働基準法違反になります。そこで午後10時から深夜時間帯になりますが、10時までに帰宅した社員は超過勤務手当を支払い、10時以降に残った社員については宿泊手当を支給することにしました」(総務担当者)

派遣社員の自宅待機で休業補償に苦慮

3月14日以降の最大の課題は原発の放射能被害と計画停電による鉄道の運行支障への対応だった。

消費財メーカーは検討の結果、15日から18日までを原則自宅待機とした。ただし、顧客など外部の対応にどうしても必要な部署は輪番制で出勤することも可とした。

「事業に支障を来す社員は自宅待機期間中でも上司の承認があれば出社してもよいことにしました。人事部は管理職以上の社員が交代で出社しましたが、他の部署も管理職の間で当番を決めたようです」(人事担当者)

また、自宅待機の社員については、100%の休業補償をすることにした。だが、派遣社員については支払わないことにした。 「ノーワークノーペイの原則や雇用者は派遣元であること、もう一つは、法的には今回の事態は会社の都合ではなく、避けられない不可抗力であることが理由です。弁護士と相談した結果、そういう判断を下しました」

だが、派遣元が納得せず、不可抗力か否かを巡って後々まで揉めたという。自宅待機期間の派遣社員の対応で苦慮したのはIT企業も同様である。

「30社の派遣会社と契約していますが、外資系の1社は原発事故を理由に即刻、派遣社員を自宅待機にするように要請してきました。また、数社から待機中の派遣社員の料金を支払うように言ってきました。我々としては安全確保を前提に交通機関がストップして会社に来れない社員は最終的には『個人の事情』と判断し、料金を支払わないことにしました。しかし、派遣会社は『業務指示』であり払うべきと言ってきましたが、最終的には了解してもらいました」(総務担当者)

原発のメルトダウンで最悪の事態を想定

原発事故はまだ終息していない。各社では最悪の事態が発生した場合の対応も議論された。

消費財メーカーでは「原発がメルトダウンし、深刻な放射能被害が発生した場合にどう対応するのか。例えば本社機能を東京から移す必要があるのか。そもそも本社機能とは何だ、という根本的な問題についても議論しました」(人事担当者)という。

IT企業では長期間にわたり操業不能に陥った場合、どうやって会社を維持するのかという問題も俎上にのぼった。 「経済活動が停止し、会社の収入が止まった場合、当座の資金でいったい何カ月、何年維持できるのかという問題も提起されました。これを受けて人事部では、現在ある人件費原資から社員の人件費をいつまで払い続けられるのかを割り出し、休業補償を満額支給にするのか、あるいは6割にするのかを実際に検討しました」(総務担当者)

また、ビジネスの根幹であるコンピュータシステムが計画停電・大規模停電で稼働しなくなる恐れもあった。そのため、現在入居しているビルから無停電ビルへの移動、あるいはこの機能を関西地区に移すことも検討中という。

災害対策に万全ということはありえない。特に災害時の従業員の安否の確認と事業の再開については、情報の的確な把握と指示につきる。そのためには連絡体制を一元化し、部門のトップの適正な指示が重要になる。 大震災は短い時間に大規模な被害を引き起こすという特徴がある。今回の大震災と原発事故を想定したBCPの見直しは急務であろう。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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