派遣法改正の影響で派遣労働者が大量失職か

労働政策審議会(以下、労政審)は、2009年12月18日、一部の専門業務を除く「登録型派遣」と、常用型派遣を除く「製造業派遣」の原則禁止などを盛り込んだ派遣法改正の原案を示した。厚労省は改正案を1月の通常国会に提出する方針だ。(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

派遣禁止には、産業界を中心に反対意見が表明されているが、労政審の原案発表同日に、リクルートワークス研究所(大久保幸夫所長)の「派遣のあり方研究会」が、「派遣法改正案の具体的影響と本質的な論点~派遣労働者のキャリア・セキュリティを考える」と題する提言を発表した。

同研究所がまとめた、派遣法改正による「派遣労働者」「企業」「派遣会社」への影響について紹介する。

1.派遣労働者への影響

規制強化が大量の失業者を生む危険性をはらむとして、同研究所が「日雇い派遣・スポット派遣の禁止」「登録型派遣の禁止(製造業務除く)」「製造業派遣の禁止」の3ケースで派遣労働者の失職可能性を試算した結果が次の通りである。

(各種調査やインタビューをもとに、請負など派遣以外の形態に移行する率や業務そのものが消失する率、直接雇用の正規社員化や非正規社員化する率を設定し、人件費や採用費の上昇分だけ雇用数が抑制されるとして試算)

(A)日雇い派遣・スポット派遣の禁止

既存従業員による業務の吸収や採用数の抑制が起こる。業務の特性上、正規社員への移行はほとんど起こらないため、社会保険等の加入要件を満たさない2カ月以下の短期派遣がすべて禁止になる場合、推定対象者18.0万人の51.0%である9.2万人が仕事を失う。

 ■失職 → 51.0%
 ■2カ月より長期の雇用契約の派遣 → 21.4%
 ■非正規社員化 → 27.5%

(B)登録型派遣の禁止(製造業務除く)

事務系派遣等では製造業と異なり、請負形態が想定しにくいうえに、人件費の上昇率が製造業務よりも高いため、企業の採用抑制が起こりやすい。常用雇用以外の自由化業務に従事する24万人の派遣労働者が対象になれば、11.2万人が失職する。

 ■失職 → 46.6%
 ■非日正規社員化 → 42.4%
 ■正規社員化 → 11.0%

(C)製造業派遣の禁止

常用雇用以外の派遣労働者20万人が禁止の対象となる場合、6.4万人が失職。請負や期間工などの非正規労働者を活用しているため、失職可能性は他の規制強化よりも低いが、生産拠点の海外移転が進めば、仕事を失う派遣労働者はより多くなる。

 ■失職 → 31.9%
 ■請負に移行 → 16.3%
 ■非正規社員化 → 47.3%
 ■正規社員化 → 4.5% 同研究所は、登録型派遣と製造業派遣が同時に禁止になれば、(B)(C)の試算を合わせた、約18万人が仕事を失うことになると予測する。

2.企業への影響

同研究所は、派遣労働者の活用数が多い大企業では、労働力の質的低下と総人件費の上昇に関する懸念が大きく、経営体力や採用力が十分でない中小企業に与える影響はより深刻であると指摘している。

その理由として、「人件費の固定化」「受注機会の喪失」に加え、中小企業における人材採用の難しさを挙げる。 リクルートグループの派遣会社スタッフサービス・ホールディングスの2009年10月の調査によると、回答した中小製造業91社の85%が、製造業派遣が禁止になった場合、正規社員や非正規社員として直接雇用に切り替えることで対応したいとの回答だった。

しかし、同研究所は、採用業務に人員をさくことができない上、知名度の低い中小企業では、まず、優秀な人材と出会えるかが問題で、製造業派遣等が禁止になれば、派遣労働者として優秀な人材を直接雇用に切り替えるというルートも絶たれ、直接雇用にいたるための、人材に出会うことさえできない企業が発生すると危惧している。

3.派遣会社への影響

同研究所は、法改正による派遣会社への影響として、①派遣会社の倒産と淘汰②請負業への転換③紹介業への転換を挙げている。2009年1月~11月の派遣会社の倒産は過去最悪の83件(前年同期54件)という状況だ(東京商工リサーチ調査)。規制強化で派遣会社は存続の危機にさらされている。

しかし、「偽装請負」にリスクを感じている企業は、請負の活用に慎重な姿勢で、派遣から転換できる業務は限定的と見込まれる。 一方、本紙にも、紹介業への転換を検討する派遣会社から市場動向や参入に関する問い合わせが増えているが、企業の正社員採用の抑制で紹介業は派遣業以上に落ち込んでおり、クライアント企業と紹介できるハイスペック人材の確保、コンサルタント育成の難しさを考えると紹介業で成功するのは容易ではない。

また、一部で検討されている日々紹介は、労働者保護の観点から大きな問題を抱える。関連ビジネスでも倒産やリストラが予想されることから、人材ビジネス関連の失職者が発生することも同研究所は指摘している。

「常用代替ではない働き方」の社会的地位向上へ取り組みを

近年の労働行政は、従来の労働規制緩和路線から規制強化の動きに転じ、民主党政権でさらに加速されている。 第一弾が労働者派遣法の改正であり、製造業派遣や登録型派遣の原則禁止を謳う改正案が通常国会に提出される運びとなっている。

報告書は、製造業派遣と登録型派遣が同時禁止となれば、約18万人が失職し、大企業をはじめ中小企業の事業活動にも甚大な影響を与えると指摘している。登録型派遣がいくら雇用の安定を欠くといっても、一気にポジティブリスト方式に戻すことは社会的影響の観点から得策ではない。

欠陥を抱えた制度であっても派遣労働者200万人が存在し、すでに社会インフラとして“構造化”されている以上、見直しに細心の注意を払うべきであることは論をまたない。

改正案では激変緩和として経過措置を設けることにしているが、それだけでは不十分である。提言は雇用の柔軟性と労働者の保護・安全性を組み合わせた欧州の「フレキシキュリティ」の考え方に立つ中・長期的な働き方を検討すべきとしているが、同感である。ただし、それを追求していくには、国はもとより派遣会社の努力も欠かせない。

報告書は派遣労働者の「キャリア・セキュリティ」の実現を図るために「専門性を前提にした一つの働き方として確立するべき」と提言する。現状では必ずしも専門性を問われない業務に従事している派遣労働者も多く、そのことが派遣労働者の低賃金化や雇用の不安定化を生み出している原因にもなっている。

専門性が高ければ賃金も上がり、派遣先も手放なさないし、正社員採用される可能性も高まる。報告書でも専門性を高めるための業界横断的な訓練機能の強化を提言している。専門性の高い派遣労働者を多く輩出することが、「常用代替ではない働き方」の社会的地位の向上にもつながっていくのは間違いない。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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