人材採用の過去、現在、未来 即戦力時代の人材採用

リーマンショックから3年、企業の経営戦略は、成長が見込めない国内から新たな市場を求めてグローバル展開へと多くが移行し、新たな人材戦略が必要になった。

非上場企業もグローバル強化 増加する海外駐在人材の採用

リーマンショック後、企業はグローバル展開や新事業をスタートさせ、また、東日本大震災後にサプライチェーンの見直し等で海外へ進出する企業はさらに増加する傾向にある。

新たな経営戦略を実行するに当たっては中核となる即戦力人材が必要となったが、スピードが求められる事業展開に社内人材の育成だけでは追いつかず、社外から人材を調達する必要に迫られ、企業の人材採用は一変した。

人材紹介大手ジェイエイシーリクルートメントのグローバル人材に関する調査によれば、リーマンショック直前の07年第4四半期から08年第3四半期と約1年を経過した09年第4四半期から10年第3四半期における採用を比較すると、「海外営業」求人に占める「化学」「消費財」「サービス」といった輸出型産業ではなかった業界の割合が著しく増加している。 化学が7.8%から 12.6%、消費財が4.8%から8.0%、サービスが6.0%から7.8%と伸びた。また、非上場企業の求人増加も顕著で、60.5%から69.4%と増加している。

「海外駐在」求人も上場企業では「消費財・流通・外食」で2.1%から9.6%、「コンサルティング・シンクタンク・リサーチ・メディア」が4.2%から12.3%、「IT」が4.2%から8.2%、「医薬品・医療機器」が1.0%から5.5%と増加。非上場企業では中部に本社を置く企業の求人が8.6%から18.1%と倍増した。

調査をまとめた黒沢敏浩同社フェローは、「大手企業のローカライゼーション(現地化)の進行による人材採用の現地化、中堅・中小企業の海外展開の拡大傾向を裏打ちする結果となった」と分析している。 もう一つ、11年に国内の人材需要を牽引したのがスマートフォン(スマホ)の本格的な普及とソーシャルネットワーキング

サービス(SNS)の拡大だ。10年に約500万台強だったスマホ出荷台数は、11年には約2000万台に拡大、12年には約2800万台、15年には約3400万台に達すると予測されている(IDC調査)。

また、SNS利用者も09年には約3000万人弱だったが、11年には4300万人弱と増加している(ICT総研調査)。さらに昨年は、これまでのミクシィやツイッターに加え、Facebook(フェイスブック)が急速に普及。また、LinkedIn(リンクトイン)も日本でサービスを開始するなど、今後もSNS利用者は増加傾向にある。

スマホやSNSの市場拡大で関連分野の産業が活況となり、人材採用も過熱することとなった。

企業が求めるバイリンガルなエキスパート人材

この間、人材採用の現場ではどのようなことが起こっていたのだろうか。リーマンショックから現在にいたる人材需要について、グローバル人材の紹介を得意とする人材会社ウォールストリートアソシエイツ(現エンワールド・ジャパン)のクレイグ・サフィン社長は次のように話す。

「リーマンショック後は一時的に人材紹介の規模は縮小しましたが、特に10年11月頃から回復傾向が顕著になりました。グローバル化が進んだことで、日系企業においてもバイリンガルかつ専門性を持ったエキスパートであるような質の高い人材を求めるようになっています。業界別では製造業、半導体の回復は比較的遅い傾向が見られましたが、日本経済は強く市場としても大きいため、消費財、金融、製薬、医療機器等が人材需要を牽引しました」

同社では、企業からの要望を受けアジアにおける人材紹介を強化するために、新たにシンガポールに拠点を開設した。

「今後、アジアを中心に拠点や提携先を増やしていく計画です。シンガポールには、外資系企業のリージョン本社があるほか、日系企業の進出拠点にもなっています。また、バイリンガルな人材が多くいることから、ネイティブで日本語が話せるというような、企業が求める人材要件にも応えることができます」と サフィン社長は意気込む。

リクルートグループで日本の外資系企業を顧客に持つエグゼクティブサーチ会社シーディエスのジョン・タッカー代表は最近の人材需要を次のように話す。

「09年後半から10年初めにかけて外資系企業の求人意欲が戻ってきたことで、急速に人材需要は回復しています。東日本大震災の一時的な落ち込みからの回復も、比較的早かったと思います。その理由ですが、輸入を中心とする外資系企業にとっては、急激な円高が業績に良い影響をもたらし、その結果、求人案件が増えていると考えられます」

「業界別では、特に円高の影響を受けているラグジュアリーな消費財・小売の求人案件が増加しています。また、スマートフォンの普及によるIT関連市場の拡大でオンライン・ゲーム分野の求人も増加しています」と長期化する円高とスマートフォン需要の好影響を指摘した。 さらに、12年の人材市場についても、次のように予測する。

「欧州金融危機などの不透明な要素もありますが、リーマンショックのようなことにならなければ、円高の好影響を受けている企業は昨年同様、人材採用に積極的であると考えられます。雇用動向を先行指標として考えると、現在の世界的な危機の中でもクライアントの採用意欲は落ち込んでいないことから、日本を投資先として魅力的な市場として見るでしょう」

現地法人で進む外国人の採用、人材会社の人材支援も多様化

中国・アジアへの日系企業の進出の増加とともに、人材会社の現地人材の採用支援も本格化しつつある。中国・アジアの人材紹介で先行している大手人材会社のパソナ、JAC、インテリジェンスに加え、リクルートグループのRGFやヒューマンリソシアも、中国・アジア地域の拠点を開設し、現地人材の採用支援を強化している。

中堅・中小の人材会社も、中国・アジアにおける独自のネットワークを構築して、特徴のある採用支援をスタートさせている。 新卒採用では、ソニー出身者が設立したフォースバレー・コンシェルジュが、世界トップ校の学生をデータベース化して新卒学生の獲得支援を開始。

リクルート出身者が設立したクレディコム、トランセンド、リンクアンドモチベーションの3社は提携して中国上位校の学生の募集・スクリーニングに徹底的にこだわった採用活動で、日系企業のリクルーティングを支援する。

企業のグローバル化には様々な段階があるが、現地化を進める過程で現地法人における日本人駐在員を減らし、現地人材の採用を積極的に進める企業も増えている。ファーストリテイリングをはじめとする日本の消費財・販売・小売会社では、中国全土で現地販売網の拡大を急ぎ、そのための即戦力の現地社員採用を積極的に進めている。

中国において日系進出企業の中途採用を支援するスピリッツ社の竹内薫社長は次のように話す。

「中国における人材採用は採用マーケットや採用手法、働く人の考え方や価値観が日本とはまったく異なるため、現地での採用事情に精通していなければ優秀な人材を確保することはできません。求める人材によって、ジョブボードや人材紹介会社、学生のネットワークなどを使い分け、最適な人材を採用していかなければならないでしょう」

「企業には通常、現地の採用事情や採用手法に精通した担当者はいないため、当社では現地の採用責任者としてリクルーティング活動の一切を請け負うことで、質の高い人材を効率的に採用できる体制をとっています」

同社では中国における採用支援を本格化するために、10年に上海事務所を開設し、11年3月には現地法人の思必力商務咨詢有限公司を設立した。グローバル競争の中でスピードを重視した事業展開を図る企業では、即戦力となる現地マネージャークラスの現地人材の採用が経営戦略上、必須となる。

上海で日本企業の人材採用を支援する同社の江田通充董事総経理は、次のように訴える。

「中国での日本企業の人気は中国国営企業、次いで欧米企業、その次が日本企業という順番です。ジョブボードの新卒人気ランキングでもトップ50社の中に、日本企業は1社も入らなくなりました。そのため優秀な人材を採用することは非常に難しくなっています」

「中途採用では、日系企業を渡り歩く転職者も多く、そのような人材を採用しないために注意深いスクリーニングが欠かせません。中国でビジネスを成功させるためには、ロイヤリティーの高い新卒を育成すると同時に、即戦力となる人材の採用によってスピーディーな事業展開を図らなければ、中国や韓国、欧米企業との競争に勝つことはできないでしょう」

日系企業のグローバル展開に伴い海外拠点の幹部クラスの採用ニーズも高まっている。

人材紹介・EAPサービスを展開するヒューマン・アソシエイツグループ(HAグループ)では、外国人幹部人材の採用にも対応するためグローバルなエグゼクティブサーチAIMSインターナショナル(AIMS=本部・オーストリア)と提携し、昨年10月、全額出資子会社の日本法人AIMSインターナショナルジャパン(AIMSジャパン)を設立した。

「日本企業の海外進出の本格化で現地法人のトップや幹部クラスの人材を求める企業が増えています。今回の提携で世界50カ国90拠点、コンサルタント350人以上のAIMSインターナショナルのネットワークを活用して、世界各国で幹部人材の採用も支援することができるようになりました」と渡部昭彦HAグループ社長は強調する。

コンサルタント5人、リサーチャー3人、エグゼクティブコーチ1人の体制でサービスを開始しているAIMSジャパンのCOOに就任した横田勝介氏は、提携による効果を次のように話す。

「海外拠点の外国人幹部のサーチ案件を日本で受けたときには、まず、日本で当社のコンサルタントが人材要件を詳しくヒアリングします。現地法人では、AIMSの現地コンサルタントが担当し、現地において候補者のサーチを行ない、キャンディデイトと面談するなど、日本本社と現地法人の双方をサポートすることで、最適な人材を探し出すということができるのです」

ソーシャルリクルーティングは新しい採用手法になるか

今年の採用で、もう一つ予想される変化は、フェイスブックとリンクトインというSNSを利用した採用であろう。この新しい採用手法をソーシャルリクルーティングと呼ぶこともあるが、いまのところ企業でのSNSの活用は、フェイスブック上のファンページを設けたり、求人票を見られる程度でソーシャルリクルーティングといえるレベルではない。

昨年9月、エン・ジャパンではフェイスブックを活用した企業向け採用管理ツール「enTree Work」(エントリーワーク)をリリースした。社員のフェイスブック上のつながりを活用して採用・求職活動を行うことができるアプリケーションである。

提供するツールは、求人情報を掲載して求職者からの応募を待つだけではなく、自社の社員のネットワーク(=フェイスブック上の友達)の中から候補者となる人材を確認し、アプローチすることができる。これまで求人広告等で応募してくることが無かった潜在層へ、直接アプローチできる点が特徴的だ。

導入した場合、まず社員に採用への協力を呼びかけ、エントリーワークに登録してもらう。登録した社員のフェイスブック上の友達は、企業名、学校名、職業・職種など様々な検索軸でリスト化することができる。対象となりそうな候補者には、直接連絡を取ることも可能だが、社員を通じて求人への応募を呼びかけてもらう。

開発を担当した同社サイト企画部の福田智洋部長は、このサービスの狙いを次のように話す。「当社では、採用と同様に入社後の活躍が非常に重要だと考えています。そのためには、会社のことをよく理解した上で入社してもらう必要があります。社員紹介で採用することはよくありますが、社員の友達ということで親和性の高い採用が期待できます」

昨年11月の時点で、導入企業は155社を超えた。IT企業、外資系企業、ベンチャー企業などが登録しているという。

「フェイスブック利用者と相性がいいIT系企業やこれまで採用に苦労することが多かったベンチャー企業から重宝がられています。社員に協力してもらう必要がありますが、採用報奨金を出しているような企業では導入がスムーズなようです」(福田氏)

同社では、今後も導入企業からのフィードバックを参考にしながら、継続的に機能を改善する予定だという。話題となっているソーシャルリクルーティングだが、担当者が直接リクルーターとして動く必要があるため、採用担当者の負担が大きくなることは間違いない。

ただし、これまで求人広告を出しても人が集まらず、人材採用に苦しんでいた無名のベンチャー企業や中小企業、技術者の確保が難しいIT企業では活用できる採用手法であり、将来的に拡大する可能性がありそうだ。

PAGE TOP