組織・人事

社員の定着につながる「健康経営」の取り組み

新型コロナウイルスの感染拡大によって、健康の価値が改めて認識される契機となった。ポストコロナの事業運営に必要な人材確保のために、健康経営のあり方も見直しが必要になっている。労務管理に役立つ健康経営の取り組みついて、社会保険労務士の濵田まりえ氏に解説してもらった。

濵田 まりえ 社会保険労務士(汐留社会保険労務士法人)

新型コロナウィルス感染症をきっかけに「健康意識が変化した」という声を耳にすることが多くなりました。実際にテレワークの導入による運動不足や外出自粛の要請の長期化により、健康への意識が高まったという人も少なくありません。

このように、コロナ禍を契機として社会全体で健康の価値が再認識されており、企業が従業員への健康投資を行う「健康経営」の取り組みが広がっています。本稿では、労務管理に役立つ「健康経営」について解説します。

健康経営の取り組み状況が数値化・公開される

「健康経営」とは、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、企業理念に基づき戦略的に実践することをいいます。健康経営の主な目的は、企業イメージやブランド力を高め、従業員の活力向上や、生産性、業績の向上等の組織の活性化につなげることにあります。健康経営は、健康のためにできることから始められる、また、やり方によってはコストをかけずに取り組むことができるのです。

健康経営に取り組む企業が社会的評価を受けることができる環境整備も整っています。例えば、経済産業省は、従業員の健康管理に対する企業の取り組みを数値化して、その結果を公表することになりました。

今までも健康経営への取り組みは「健康経営優良法人」という認定制度や、健康経営銘柄の選定という形で、取り組みの見える化が進められていましたが、数値化することにより企業間の比較を容易にし、感染症対策やテレワーク導入による健康対策を促進させる狙いがあるようです。

2021年6月には「健康経営優良法人2021(大規模法人部門(ホワイト500))」のうち、同意を得た法人の評価サマリーが公開されました。経済産業省は、これまでも健康経営銘柄の選定や各企業へのフィードバックの目的で健康経営度調査を行い、各企業に対して偏差値を開示していましたが、社外への開示を希望する企業については、これを社外にも公開するという取り組みになるようです。

健康経営を支援するサービスが増えている

●主な健康経営支援サービスの内容

高齢化、過労死リスクに備えるための対策が必要

日本では少子高齢化の進展や70歳までの就業機会の確保等の定年の延長といった社会環境の変化に伴い、今後は更に従業員の平均年齢が上昇していくことが考えられます。従業員の平均年齢の上昇は、病気やケガ等により貴重な人材が継続して働けなくなる等の職場の健康リスクが増えることにつながります。このリスクを放置すると、従業員が健康を害し働けなくなる、人数が減ることにより、残された従業員の業務量が増加する等の悪影響が生じます。

高齢化リスクに加えて過重労働のリスクもあります。厚生労働省は、過労死を認定する基準「過労死ライン」の見直しを約20年ぶりに進めています。これにより1カ月100時間、複数月平均80時間といった法律で定められた時間外労働上限を超えるような残業をしていない場合でも、過労死として認定を受ける可能性が高くなるため、より厳しい基準で長時間労働にならないよう対策をする必要があります。

企業はこれまで以上に、高齢化や過労死等のリスクに備えるための対策が必要になるでしょう。これらの課題解決へのアプローチの一つとして、従業員の健康管理を個人任せにするのではなく、企業からも積極的に健康をサポートしていく取り組みこそ、健康経営なのです。

健康経営の推進で生産性向上と人材確保

①従業員の生産性が向上する
従業員が心身ともに健康で働くことは仕事に良い影響を与えます。健康経営を推進することで体調不良による欠勤や遅刻早退等が減ったり、集中力がアップしたり、業務効率の改善が期待でき、結果として生産性が向上し、企業収益の向上を見込めるようになります。

②人材の定着に効果がある
一人一人の健康に配慮した働き方や職場環境が整備されると、全ての従業員が心身ともに健康な状態で活き活き働くことができます。
健康経営に取り組むことにより、職場や仕事に対する社員の満足度が向上し、人材の定着に効果があり、離職率の改善にもつながります。

③トラブルやリスクを回避できる
企業が従業員の体調不良の早期発見に努めることによって、疾病休暇等による損失を最小化することができます。さらに、従業員の体調不良によるミスや事故を減らすことで、労災発生等のトラブルを事前に回避することにもつながります。

④企業のイメージアップにつながる
健康経営への取り組みについて、ホームページ等でアピールすることができます。従業員が心身共に元気に働く姿は、社内外にポジティブなイメージを与えます。「働きやすい会社」として印象づけることができれば、ホワイト企業として社会的な信頼度も高まり、企業ブランドの価値を向上させる効果も期待できます。企業ブランドのイメージアップができれば、より優秀な人材の確保につなげることもできます。

日々の労務管理の中から、健康課題を抽出・目標設定

企業にとって従業員の健康は重要なものですが、健康とは日々の仕事や生活のなかで積み重ねていくものです。過重労働により健康問題を抱えている従業員はいないか、不安や不満に対して社内の相談窓口は適切に機能しているか、年次有給休暇を取得しリフレッシュができているか等、日々の労務管理と合わせて確認が必要です。

例えば、高齢者の多い職場であれば、床は滑りやすくないか、器具の安全性に問題はないか等の安全面に特に気を付ける必要があるでしょう。また、健康診断の再検査の受診率が低い企業であれば、その原因は何なのか(休暇が取れない、費用を負担してもらえない)等、企業によって健康課題は異なります。日々の労務管理の中から、自社の健康課題を適切に抽出し、明らかにしたうえで、具体的な健康経営目標を設定することが重要と言えます。

このように、健康課題の解決は労務管理の改善にもつながるため、健康経営は労務管理や労働安全対策の視点からの「法令遵守」「リスクマネジメント」の手法としても活用できます。経営者と従業員が健康増進のために取り組むことは、企業全体の労務コンプライアンスを遵守することにつながるのです。

健康経営の取り組み事例

健康経営は、法令遵守と適切な労務管理を前提とし、従業員の生産性を向上させることで、企業の業績が向上し、活性化していくというポジティブサイクルを期待するものです。健康経営と労務管理の具体例について紹介します。

①長時間労働対策
従業員の労働時間の把握と、勤務実績と残業申請の乖離をなくすこと、長時間労働にならないような対策に取り組むことが重要です。夜間勤務がある企業であれば、勤務間インターバル制度を導入するのもお勧めです。勤務間インターバル制度とは、勤務終了後、一定時間以上の休息時間を設けることで、働く方の生活時間や睡眠時間を確保する制度になります。

②メンタルヘルス対策
テレワークによるメンタルヘルスの相談が増えてきています。チャット機能を活用し、雑談ルームを設けたり、毎朝5分程度ミーティングをしたりする等、メンタル不調にならないような仕組みを検討するといいでしょう。ITツールを活用し、従業員のメンタル不調を早期に発見できるような、チェック体制を導入するのも効果があります。

③食事
テレワークの普及によりオフィスに出社する回数が減った企業が多いこともあり、自宅に栄養士やシェフ等を呼んで料理を作り置きしてくれる出張シェフサービスも人気です。メニューのレパートリーが多く、自宅がレストランになったと楽しんでいる人も多いと聞きます。

④運動機会の増進
普段あまり運動をしない従業員へのきっかけ作りに頭を悩ませている企業も多いです。いきなり本格的な運動を始めることについては抵抗があると思うので、少しずつ無理のない範囲で始めることがポイントです。例えば、毎日ラジオ体操をするのはハードルが高いと感じる方は、まずは週1回2分程度の簡単なストレッチから始めるのがお勧めです。健康保険組合へ加入している企業であれば、組合の健康イベントを活用するのもいいでしょう。

⑤ヘルスリテラシーの向上
健康経営の肝は、従業員の健康意識を向上させることと言っても過言ではありません。健康や医療の情報を発信したり、健康に関するセミナーを実施したりして、企業全体でヘルスリテラシーの向上を目指しましょう。

健康経営の専門家を活用

健康経営を始めたいと思ったら、加入している健康保険組合もしくは全国健康保険協会に宣言します。健康企業宣言後、自社の健康に関する課題や目的を確認し、健康づくりの取り組み体制を整えていきます。

東京商工会議所では、健康経営への取り組みを5回まで無料でサポートしてくれる専門家派遣制度があります。また、社会保険労務士に相談し、自社の労務管理の課題解決や健康経営を推進するサポートを受けるのも有効です。

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