【著者が語る】2016年 残業代がゼロになる

溝上憲文

日本人材ニュース
溝上 憲文 編集委員・ジャーナリスト

今国会にいわゆる「高度プロフェッショナル労働制度」を含む労働基準法改正案が提出されました。この法案は第1次安倍政権下で浮上し、世論の反発で廃案になったものの、今度は成長戦略の労働改革の目玉として装いも変えて登場しました。

しかし、法案の中身の本質は前回のエグゼンプションと変わらず、どう見ても経営者に有利で、労働者にデメリットしかもたらさない労使対等原則を踏みにじるものです。

割増賃金規制から外れる上に、代償となる健康確保措置はとても十分とはいえません。政府・経済界はエグゼンプションが導入されると、労働時間が減ってワークライフバランスに資すると広言していますが、これまでの実証研究報告を見ても、労働時間が短くなるどころか、長くなるのは必至です。

しかも仮に法案が成立すれば、法制度上においても業務要件など定義が曖昧なエグゼンプション(高度プロフェッショナル労働制)、業務範囲があいまいなまま適用者が拡大される企画業務型裁量労働制、さらにはもともと管理監督者とは呼べない「管理職」という3つの適用除外者が乱立することになります。

門外漢ながら、およそグローバル標準の法体系とは呼べないものと思います。企業が導入すればおそらく現場の人事・労組、取り締まる側の労基署も混乱を来すのではないかと危惧しています。

しかし、労働者に不利益しかもたらさない法案であるにもかかわらず、07年当時に比べて世論は盛り上がりにかけ、エグゼンプション自体に関心がない人が多い(連合調査では内容を知らない人が85%)のが現実です。

このままでは何も知らされないまま国会で成立してしまうことに大いなる危惧を覚え、ジャーナリストとして多くの労働者に知ってもらいたいと思ったのが執筆の動機です。

私は長年、経営、人事、賃金について取材してきましたが、今回の法改正の動きはサラリーマンのあり様を根底から覆すという意味で、これまで取材してきた中でも超弩級のテーマだと感じています。それだけに、当事者であるはずのサラリーマンが、ここまで無関心でいることが不思議でなりません。

本来、使用者と労働者は対等であるというのが原則です。立場の弱い労働者を守るために労働基準法などの労働法が整備され、労働組合も弱い労働者が集団で使用者に対抗するため、法律で守られている仕組みです。

しかし、今では雇用者数に占める組合員の割合(組織率)は年々減り続け、17.5%(14年6月末)にまで落ち込み、その力は衰えています。

1970年代後半からバブル景気にかけて、日本では賃上げ交渉もわりとスムーズに進み、労使が対峙する大きなテーマも特にありませんでした。

仮になんらかの問題が発生したとしても、経営者と労組に任せておけばよいと、日本のサラリーマンは労働問題に積極的に関わることはありませんでした。その無関心ゆえに、労組はさらに弱体化しました。

これからは自分の身は自分で守らなければいけない時代になります。会社に命じられても「嫌なものは嫌だ」と意思表示していかなければ、職業人生そのものが不幸な末路をたどるかもしれません。

自分はどんな選択を迫られるのかを知り、その対処の仕方について勉強し、必要な知識を習得するなど「知的武装」をすることが求められています。

溝上憲文

溝上憲文 著
光文社、1,400円+税

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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