変質する人材採用のルール【新成長を目指す人材戦略】

世界同時不況後の需要をにらみ、新たな成長を目指した事業戦略の中で、企業は人材確保に動き始めた。しかし、少子高齢化とグローバル化という大きな経営環境の変化が待ち受けている。 事業戦略とともに採用の考え方にも変化が生じており、新卒・中途を問わず、これまで以上に即戦力の人材を求める傾向が強まっている。企業の採用に深くかかわる人材会社に、変質しつつある人材採用の動向を取材した。

事業戦略がグローバル化に対応する中で進む雇用調整

リーマン・ショック後、日本では多くの雇用が失われた。これまでの不況は金融機関の不良債権処理やITバブル崩壊などの国内要因であったが、今回の米国のサブプライム問題を契機とする世界同時不況は、日本経済がグローバリゼーションの真っ只中にあることを強く印象付けた。

2009年の上場企業の希望・早期退職者募集状況(東京商工リサーチ調べ)は、開示されているだけで191社に達しており、ITバブル崩壊時の02年の200社に次ぐ数となった。

退職者募集人数も情報開示された189社合計で2万2950人(前年8979人)に上り、金融機関の不良債権処理が加速した02年の3万9732人以来、7年ぶりに2万人を上回った。

さて、この不況期に実際に企業はどのような理由で、雇用調整を実施したのだろうか。 再就職支援会社のリクルートキャリアコンサルティングの青山銀二社長は今回の雇用調整の特徴を次のように解説する。

「ITバブル崩壊時の雇用調整は、赤字脱却のため設備・借金・人の3つの余剰解消を目的としていました。人材面では、団塊世代の給与の上昇とも重なり、人員削減で人件費を抑制しました。今回のリーマン・ショックでは、緊急避難的に人件費を減らす企業も多かったのですが、中長期的に事業構造を見直す中で、生産効率の低い工場を一カ所に集約したり、海外へ移転するなど、グローバル競争に勝つための雇用調整が実施されています」

さらに企業の置かれた経営環境について、青山氏は次のように指摘する。

「世界同時不況で、日本企業は、今後、どうやって事業を継続していくのかという課題を突きつけられました。少子高齢化で国内需要が減少する中で業績を上げるためには、成長著しいアジアを中心とするグローバルな需要に目を向けざるを得ない状況にあります」

新たな需要を目指したグローバル展開のための構造改革に着手し始めた企業で、事業戦略に基づく雇用調整が増えているというのだ。グローバル企業では “選択と集中”による事業再構築は業績に関係なく行われており、その傾向はさらに強まっている。

新卒採用にも即戦力の波、グローバル人材に人気集中

グローバル化は、新卒採用にも大きな影響を及ぼしている。09年、10年は2年連続で就職氷河期となり、いまだに企業の採用意欲は落ち込んだままだ。

新卒採用のアウトソーシングを手掛ける日本データビジョンの鍋倉幸洋社長は、リーマン・ショック後の新卒採用に対する考え方の変化を次のように話す。

「景気の先行きが見通せない中で、中長期の事業戦略に必要な人材を見抜いて、人員構成に合わせた採用をしていくことが難しくなっています。そのため、これまでのような悠長な新卒一括採用を見直そうと考え始めています」

そうした中でも、唯一、グローバル人材の採用は強化しているという。同社では、3年前から留学生専用のSNSを立ち上げており、その中から国内上位校の留学生40人を厳選し、就職プレゼンテーションで企業に対して“逆求人説明会”を実施したところ、製造業、商社、サービス業の日本を代表する大手企業20社の人事担当者が集まった。

参加した留学生は、日本語能力検定1級以上で読み書きができ、流暢な日本語でプレゼンテーションを行う。TOICE平均850点以上のトリリンガルという能力で、人事担当者の満足度は非常に高かったという。

参加各社は、事業のグローバル展開に必要とされる人材確保に、いずれも強い危機感を持っているという。

「海外事業を強化しなければ業績の向上は見込めない。例えば、新市場のインドやインドネシアへの進出にマーケティングが必要な場合、世界の価値観や現地情勢に詳しい人材を採用し、活用しないと、マーケティングに失敗して韓国や中国企業などに追い越されてしまう。海外進出している企業から見れば、縮小する日本のマーケットは閉塞感があり、魅力がなくなっている」と鍋倉氏は指摘する。

リーマン・ショック後、企業の新卒採用では、採用数の減少とともに厳選採用が進み、限りなく即戦力に近い人材を求めるようになっている。そこには、少子高齢化で、国内では既存の製品やサービスは、これ以上売れないと見切った企業の事業戦略が背景にある。グローバル人材に人気が集まるのもこのためだ。日本の雇用の減少は、海外に活路を求める企業のグローバル戦略が、人材戦略に反映した結果でもある。

今、企業が新卒学生に対し求める人材像は何か? 鍋倉氏は「グローバルな視点、環境の変化に適応できる能力、最低でもバイリンガル、新市場開拓のために自ら海外にも赴ける行動力」の4つを挙げる。

グローバル化は、企業の新卒採用に大きな影響を与えつつある。いま“何ができるのか”という基準で、即戦力に近い採用形態になれば、定期採用という考え方そのものが意味をなさなくなり、新卒採用は本質的な変化を迫られることになるだろう。

成長分野のベンチャーは、チャンスと見て積極的に人材投資

国内企業の採用が低迷する中、インターネット系の新成長分野のベンチャー企業では、新卒採用、中途採用ともに求人数が伸びているという。中小・ベンチャー企業の新卒・中途採用を支援するネオキャリアの西澤亮一社長は、成長企業の採用の現状を次のように話す。

「リーマン・ショック後も積極的な採用に動いているのがDeNA、GREE、mixi、サイバーエージェントなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を提供する会社です。さらにインターネット系の各社は、スマートフォンの本格的な普及をにらんで、積極的な人材採用に踏み切っています」

SNS分野で急成長するこうした企業では、慢性的にプログラマーの不足に悩まされている。中途採用も活発で、人材紹介会社に対し支払う成功報酬手数料が年収の100%、転職者には支度金を出すという企業も現れ、凄まじい人材争奪戦が繰り広げられている。

「インターネット系各社の求人需要は、大半がスマートフォン関連分野に移行しつつあります。スマートフォンの登場でパソコンと携帯電話の融合が進み、仕事のやり方そのものが変わっていくと考えられており、各社ともその分野の今後の成長を見込んで積極的な人材投資を進めているのです」(西澤氏)

同社の分析によれば、10年5月頃から求人ポイントが少しずつ上昇し、成長企業では新卒から幹部人材まで、すべての層で採用が難しくなってきているという。

「ベンチャー企業は、景気が悪い時期を利用して、優秀な人材を確保しようとしています。メガベンチャーはテレビCMなどで、誰もが入りたい企業として認知されていますが、知名度で劣るベンチャー企業は、景気が良くなれば思ったように人材を採用することが難しくなります。打つ手が早い企業では、事業が軌道に乗る前であっても採用を強化しています」(西澤氏)

ベンチャーでは、人材の確保が成長の原動力となる。世界同時不況というこの時期を、あえて「優秀な人材を確保し、事業を拡大するチャンス」(西澤氏)と位置づけて、人材採用を強化しているのである。

人事、事業責任者、人材会社の3者が協力して人材像を共有

今回の不況で、事業を縮小し、雇用調整を進めた結果、新規事業や既存事業の強化を進めようとする企業では、人材が不足する状態となっている。エグゼクティブ・サーチ会社のヒューマン・アソシエイツの渡部昭彦社長は求人ニーズについて次のように話す。

「世界同時不況が収束した後の新規需要をにらんで、“グローバル戦略強化”として、現地法人社長、工場長などの現地でマネジメントに携わる人材や日本のサービスや技術ノウハウを現地に伝えられる人材です。また、“営業力強化”として、成長著しいアジア市場を中心にマーケティングを強化したり、円高を活かして欧米の拠点で販売力を強化できるような人材の獲得に企業は動き始めています」

国内においても、「外資系企業は、依然として日本の高所得者層を有望なマーケットと見ており、リーマン・ショック後に金融を中心に事業縮小や撤退した企業が再進出し、採用を始めています。また、海外ブランドなども採用を再開させています。投資ファンドも新規事業への投資に伴う責任者の採用や期待した成果が上がらない事業責任者の入れ替えを行うようになりました」

中途採用も徐々に増加に転じ始めているが、こうした求人は、いずれも企業業績の向上に直結するような専門性の高い“即戦力人材”だ。新たな採用がスタートする中で、即戦力人材の採用のあり方について渡部氏は次のように強調する。

「新しい環境に適応できる能力、意欲・胆力、コミュニケーション能力が求められています。これまで以上に、履歴書や経歴書に表れない候補者の能力やキャラクターを見極めなければなりません。そのためには、人材像が曖昧なまま採用するのではなく、人事、事業責任者、人材紹介会社の3者が協力して、採用すべき人材像を共有し、あらゆる角度からスクリーニングを行う必要があるのです」

スピーディーな人材採用と“出口のマネジメント”

グローバル化の中で、企業の事業戦略はめまぐるしく変化している。頻繁に事業や生産設備の集約、既存事業からの撤退、事業売却、M&A、新規事業の構築、既存事業の再構築が行われ、これまで以上にスピードと効率が要求されている。

景気回復後の企業の新成長に向けて、人材戦略をどのよう観点で捉え直す必要があるのだろうか。グローバル競争にさらされる日本の企業の組織風土と人事制度の問題を、渡部氏は次のように指摘する。

「多くの日本の企業では、いまだに成果主義が機能しておらず、年次重視の年功的な処遇や登用が続いています。働いた結果が成果に反映されなければ、内向き志向になり、新しい発想が生まれることもなく、外部人材の登用による競争力強化も思ったように進みません」

成果主義が浸透すれば、非コア人材の新陳代謝も進むことになり、継続的に業績を上げ続ける強い組織づくりが可能だ。

こうした状況について、前出の青山氏は「右肩上がりの経済の中では拡大再生産が続き、仕事ができる人ができない人の分もカバーしてきました。しかし、経済が停滞しポジションが増えなくなると、可能性のある人材に成長機会を与えたい。そこで、恒常的に人材の新陳代謝を図るための“出口のマネジメント”(exit management)についての意識が高まっています」と話す。

少子高齢化とグローバル化という2つの大きな変化をにらんだ企業の人材戦略には、必要なときに必要な人材を調達するためのスピーディーな人材採用と計画的な採用を実現するための“出口のマネジメント” が求められるようになっている。

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