組織・人事

働き方改革で注目される「同一労働同一賃金」に東京地裁判決はどう影響するか

5月13日、東京地裁が企業の人事担当者を驚かすような判決を下した。定年前と同じ仕事をしているのに賃金を引き下げるのは違法で無効とし、定年前の賃金との差額を支払えと命じた判決である。(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

提訴したのは定年後に再雇用されたトラック運転手の3人。 いずれも運送会社に20~30年超にわたり正社員運転手として勤務し、60歳の定年後に1年の有期雇用契約を結び嘱託社員として再雇用されていた。

仕事内容は定年前とまったく同じ運転手の業務に従事していたが、賃金は年収ベースで約20~30%引き下げられた。

定年後再雇用で30%程度の賃金引き下げはどこにでもある話だが、裁判所が注目したのは仕事の内容だ。 そしてその根拠となった法律として今回初めて適用されたのが「不合理な労働条件を禁止」した労働契約法20条だ。

20条は、まず有期契約労働者の労働条件と無期契約労働者の労働条件が相違する場合は、期間の定めがあることによる不合理な労働条件を禁止する。

ではその相違とは何か。

「職務の内容(労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度をいう。以下同じ。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、有期契約労働者にとって不合理と認められるものであってはならない」とされている。

つまり①職務の内容(責任の程度)、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情――に照らして正社員と同じであれば不合理だと言っている。

責任の程度はある程度理解できるが「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」とは、厚労省の通達によれば「今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化等」を差している。

「その他の事情」とは、合理的な労使の慣行などの諸事情を想定している。 それでも不合理な格差の意味がわかりにくいが、要するに幅広の解釈ができるような建て付けになっている。

判決文から明確になったいくつかのポイントがあるが、最大のポイントは、先に述べた①職務の内容(責任の程度)と②当該職務の内容及び配置の変更の範囲――を最も重視し、正社員とまったく同一の仕事をしているのに格差を設けるのは不合理だという点だ。

裁判所は20条に照らして正社員と再雇用者の労働条件の相違が不合理なものであるかを検討している。その結果、こう述べている。

「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に差違がなく、被告が業務の都合により勤務場所や業務の内容を変更することがある点でも差違がないから、有期契約労働者である原告らの職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲は、無期契約労働者である正社員と同一であると認められる」(判決文)

そして判決では正社員と同一であるにもかかわらず賃金差を設けることは「その相違の程度にかかわらず、これを正当とすべき特段の事情がない限り、不合理であるとの評価を免れないものというべきである」と断じている。 じつは定年前と同じ仕事をさせていたことは被告の会社側も認めている。

またここに出てくる「特段の事情」として、被告は事前に労働組合と協議していた事実、さらに運転手自ら賃金引き下げを含む労働契約に同意していたことを挙げ、20条にある「その他の事情」に該当するとして、法律に違反していないと主張した。

ところが判決では労使協議について「被告と組合とが定年後再雇用者の労働条件に合意したことはないし、被告が協定の締結に向けた協議を提案するなど合意の形成を行っていたとも認められない」とし、特段の事情に当たらないとしている。

さらに原告が労働条件に合意していることについても「雇用契約書を提出しなければ就労できなくなるのでやむを得ず提出する旨を明らかにしていたのであるから、原告らが労働条件を理解した上で雇用契約書に署名押印したことをもって、特段の事情があるということはできない」と、被告の主張を斥けている。

定年前後の職務内容などがまったく同じである場合は、賃金差を設けることは許されないが、一般的には再雇用後はポストを降りて責任の軽い仕事を与えられるか、労働時間や勤務日数を短縮し、賃金を切り下げているケースが多い。 この場合の格差は合理的と見なされる可能性が高い。

また、判決では定年後再雇用の賃金切り下げについては「賃金コストの無制限な増大を回避しつつ定年到達時の雇用を確保するため、定年後継続雇用者の賃金を定年前から引き下げることそれ自体には合理性が認められる」としている。

原告代理人弁護士は「職務内容が少し変わっただけで賃金を50%切り下げてもいいのかという程度の問題もある。職務の内容および配置の変更間の範囲が定年後どのように変わったのか、賃金の切り下げ幅の関係をみて労働条件の相違が不合理といえるかどうかが検討される」 だが、どういう根拠で賃金を半額にしているのか曖昧な企業も多いのではないか。

「また、職務内容がまったく同一とはいえないが、類似性・共通性がある場合には、その相違の程度が不合理性の判断に影響することになるだろう」と指摘する。

会社側には賃金と職務内容との合理的説明が求められるということだ。今回の判決は他の継続雇用で働いている人にも影響を及ぼす可能性もある。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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