同一労働同一賃金で見直し必至の日本的賃金・処遇制度

政府による「同一労働同一賃金」の実現に向けた動きが本格化している。法改正が行われると現在の賃金・処遇制度を見直さざるを得ない企業も多いだろう。法律やガイドラインの内容に注目が集まっている。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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政府は法制化で、非正規社員の処遇改善を目指す

今年1月22日、安倍首相は施政方針演説で、一億総活躍社会を実現するには非正規労働者の処遇を改善し、能力を十分に発揮することが重要であるとの観点から、「同一労働同一賃金」の実現に向けて取り組むことを明言した。

同一労働同一賃金とは、職務や仕事の内容が同じである労働者に対し、同じ賃金を支払うべきとする考え方だ。だが一口に同一労働同一賃金といっても、そもそも誰と誰を比べて同じにしなければいけないのかという議論がある。

歴史的には差別の観点から性別、国籍、人種の違いによる賃金の差別的取扱いを禁止してきた。日本でも労働基準法3条と4条で同じような差別を禁止している。

また、同じ仕事や職務であっても異業種や企業規模(大企業と中小企業)による賃金の違いもあり、これも同一にするべきなのかという議論もある。だが、欧米と違い職種別労働市場もなく、企業間の賃金格差も大きい日本では実現は容易ではない。 ただし、安倍政権は「同一企業内の正社員と非正規社員(パート・契約・派遣社員)の賃金の違い」をターゲットにしている。

政府としては非正規労働者の処遇の改善(公正な処遇)を促し、パートの女性、正規雇用に就けない若者、定年後の高齢者など多様な状況にある人々がその能力を十分に発揮できるような就業環境にしていくことが一億総活躍社会の実現につながると考えている。

ではどのようにして同一労働同一賃金を実現するのか。政府がやろうとしているのは法制化によって非正規社員の処遇改善を促していこうという戦略だ。6月2日に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」ではこう明記している。

「欧州の制度も参考にしつつ、不合理な待遇差に関する司法判断の根拠規定の整備、非正規雇用労働者と正規労働者との待遇差に関する事業者の説明義務の整備などを含め、労働契約法、パートタイム労働法及び労働者派遣法の一括改正等を検討し、関連法案を国会に提出する」

欧州の制度とはEUの労働指令に基づいた各国の制度のことだ。EUでは正規・非正規労働者間の処遇格差問題について、非正規労働者に対し「合理的理由のない不利益取扱いをしてはならない」と条文化。 職務内容が同一であるにもかかわらず賃金を低いものとすることは、合理的な理由がない限り許されない、と解釈されている。つまりEU並みの法令を現行の労働契約法、パートタイム労働法及び労働者派遣法に盛り込み、法改正を行うという流れだ。

すでに厚労省内では有識者による「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」で法制化に向けた検討が始まっている。

本来であれば検討会の報告書を受けて法制化に向けて厚生労働大臣が労働政策審議会に諮問し、改正内容の審議、審議会の建議を経て法案を閣議決定し、国会に提出するという流れだが、重要法案だけに審議会で揉めることも予想される。

しかし、今回は安倍内閣に「働き方改革担当相」を置き、その下に「働き方改革実現本部」を設置し、同一労働同一賃金を重要課題に位置づけている。有識者の検討会の委員の1人は「もし審議会の審議が進まなければ働き方改革実現本部が引き取り、審議のスピードを早めようという意図もある」と指摘する。

そうなると国会への法案提出は早ければ2017年の臨時国会、もしくは2018年の通常国会への提出もありそうだ。

日本のパートの賃金水準はフルタイムの6割弱

●諸外国のフルタイム労働者とパートタイム労働者の賃金水準

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(出所)労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2016」

企業側が「合理的理由」の立証責任を負う可能性

仮に法改正が行われると企業労使に与える影響は決して小さくはない。法案内容は今後検討されるのが有力視されている具体案は先の3つの法律の条文に「客観的合理的理由のない不利益な取扱いを禁止する」との一文を入れるものだ。

文章は単純だが法的効果は絶大だ。つまり賃金差を設けていれば、法的には合理的理由を会社側が立証する責任を負うことになる。通常なら非正規社員が正社員と給与が違うのはおかしいと裁判所に訴えた場合、非正規の側が正社員と同じ仕事内容であるのに給与が違うことを立証しなければならない。

仮に合理的な理由であることを裁判所が認めなければ企業は賠償義務を負うことになる。それだけではなく、行為規範が発生し、正社員となぜ違うのかと聞かれたときに会社側に説明責任も発生する。

そこで問題となるのが、どういう場合が合理的であり、合理的でないのかという合理的理由の有無の線引きである。欧米の企業は正規・非正規を問わず職務内容を評価して賃金を決める職務給が一般的であるから同一労働同一賃金と調和しやすい。

だが、周知のように日本企業の正社員の多くは能力・年齢・勤続年数で昇給する職能給が主流であるのに対し、パートなどの非正規社員は職務ごとの時給で決まる。また、非正規に限らず勤務地限定の正社員と転勤ありのキャリアコースで賃金が違う場合も多い。

法改正後の裁判によって「年功序列賃金は同一労働同一賃金に反する」「非正規社員も正社員と同じ年功序列で処遇すべき」という判決が下れば大変だという意識が使用者側にあるだろう。

事実、一億総活躍国民会議の議員である三村明夫日本商工会議所会頭は「例えば合理的理由の立証責任が、企業側のみに課せられる。とすれば、現場に大変な混乱を引き起こすことになる。例えば終身雇用、年功序列との関係をどう整理するのか」と不安を口にしている。

これに対して欧州の同一労働同一問題に詳しく、今回の政府の有識者検討会の委員である水町勇一郎東大教授は欧州の裁判例を示し「欧州でも、労働の質、勤続年数、キャリアコースなどの違いは同原則の例外として考慮に入れられている。欧州でも同一労働に対し常に同一の賃金を支払うことが義務づけられているわけではなく、賃金制度の設計・運用において多様な事情が考慮されている」(2月23日一億総活躍国民会議提出資料)としている。

欧州の裁判でも学歴・資格、勤続年数や総合職などのキャリアコースの違いによる賃金差を認める判決が出ているので安心してほしいと言っている。しかし、日本で初の非正規との差別を禁じる法律を作るのに、何が合理的理由なのかという目安がなければ企業の不安も大きい。

雇用形態によって手当の支給状況は異なるのが現状

●パートタイム労働者に対する各種手当等の支給状況(複数回答)

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(出所)厚生労働省「パートタイム労働者総合実態調査」

法律の施行前にガイドラインが示される見通し

そのため法律の施行前にガイドラインを制定することとし、先の有識者の検討会で進められている。

現段階ではガイドラインの検討まで踏み込んでいないが、水町氏は「個々の給付の性質・目的、企業の具体的内容によって合理性の内容は異なってくる」とし、想定される合理性判断のガイドラインの案として次の項目を例示している。

 ①職務内容と関連性の高い給付(基本給、職務手当、教育訓練等)

職務内容、経験、資格などが合理性を基礎づける事情となりうるとし、基本給が職能給の場合はキャリアコースの違いも、それが基本給の違いを説明できる内容のものであれば合理性を基礎づける事情となりうる。ただし、給付内容の違いが職務内容等の違いに応じてバランスがとれている(均衡を失しない)こと。

 ②勤続期間と関連した給付(退職金・企業年金、昇給・昇格、年休日数等)

勤続期間の違いが合理性を基礎づける事情となりうるが、有期労働契約の更新で勤続期間が長くなっている労働者は同じ勤続期間として算定する。

 ③会社への貢献に対して支給される給付(賞与、一時金等)

貢献度の違いが合理性を基礎づける事情となりうるが、短時間労働者、派遣労働者も賞与の算定期間に労務を提供し、会社の業績等に貢献している場合は貢献に応じて支給することが求められる。

 ④生活保障的な給付(家族手当、住宅手当等)

扶養家族の存在、住宅の賃貸、収入の額など支給要件として設定されている基準が給付を基礎づける事情として説明可能なものであれば、合理性を基礎づける。

 ⑤同じ会社・職場での就労者に係わる給付(通勤手当、出張旅費、社内食堂の利用、休憩室の利用、化粧室の利用、安全衛生管理、健康診断、病気休業等)

同様の状況に置かれている労働者に対しては、基本的に同様に給付することが求められる。

 ⑥労働時間の長さや配置の違いによる関連給付(時間外手当、食事手当等)

労働時間の長さや配置の違いが合理性を基礎づける事情となりうる。水町氏の分類や基準はあくまでも例示にすぎない。だが、この基準に照らせば現行の処遇を見直さざるをない企業も多いだろう。

例えば派遣労働者の場合は派遣先企業の労働者と比較されることになる。非正規に賞与を支給しないか、支給しても寸志程度であればバランスを欠き、合理性があるとは言えないかもしれない。通勤手当などは処遇の違い以前に均等に支払われるべきとの点も重要だ。

水町氏は労使で話し合って、会社(使用者)が賃金・処遇制度の合理性を説明し、賃金・処遇制度の納得性を高めていくことが重要になると指摘している。

そのために「非正規労働者も参加し、その声を反映させる形で実質的な話し合いを行うこと(手続きの公正さ)が合理性を基礎づける重要な事情となりうることをガイドラインに明記することも考えられる」としている。

日本初の同一労働同一賃金の原則が導入される予定であるが、いったいどういう法律になるのか、また、ガイドラインがどういうものになるのか人事担当者は注視していくべきだろう。

産業界は企業の自主点検の例を示している

●企業による自主点検の対象となる例

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(出所)経団連「同一労働同一賃金の実現に向けて」
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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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