【今春闘で始まった「同一労働同一賃金」交渉】非正規は処遇改善、正社員はベアゼロが示す人件費原資の壁

2017春闘は大手企業の賃上げが伸び悩む一方、中小企業の賃上げや非正規社員の処遇改善が見られた。今年の春闘の大きな特徴は働き方改革に軸足を置く労使が目立っている点だ。そして、「同一労働同一賃金」制度の導入に向けた動きも出てきている。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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時間外の上限規制、同一労働同一賃金で交渉

3月31日に連合が発表した第3回集計結果の賃上げ額が6147円(定昇込み)。2.05%のアップとなった。しかし、前年同期と比べて92円、率で0.04ポイント低下した。

今年の春闘の大きな特徴は賃上げもさることながら、むしろ政府が主導する働き方改革に焦点を当てた交渉に軸足を置く労使が目立っている。働き方改革の目玉は時間外労働の上限規制と同一労働同一賃金原則の法制化。後者については昨年末に政府の「同一労働同一賃金ガイドライン案」が示された。

ガイドライン案は同じ企業内の正規と非正規の間の不合理な処遇格差を是正することを目的としている。その中身は基本給や昇給、ボーナス、役職手当、特殊作業手当、特殊勤務手当、時間外労働手当の割増率、通勤手当・出張旅費、食事手当、単身赴任手当、地域手当等の各種手当について細かく規定し、均等・均衡待遇の実現を求めている。

法制化に当たっては、不合理な格差がある場合は労働者が裁判に訴えやすくする根拠規定を明確にするとともに、企業に待遇に関する正規と非正規の違いについて説明することを義務化する予定だ。その指標となるのがガイドライン案だが、現段階では効力を有していない。今のところ2019年4月に予定している改正法の施行日にガイドラインも施行することにしている。

しかし、今春闘では早くもガイドライン案を意識した非正規の処遇改善に取り組む企業もある。賃金については3月31日に発表した連合の集計でも、非正規労働者(125組合)は時給・月給ともに前年を上回っている。だが、それ以外の処遇でも注目すべき動きがある。

NTTは契約社員にも正社員と同等の「サポート手当」支給

一つはNTTグループの正社員と契約社員に対する同一金額の食事等の手当の支給だ。これまでNTTは社員食堂などで使える月3500円相当の食券などの食事補助を正社員のみに支給していた。食事手当を正社員だけに支給し、非正規に支給しないのは不合理な格差を禁じた現行の労働契約法20条の観点からも問題があるのではないかという議論はあった。

今回のガイドライン案には、勤務時間内に食事時間が挟まれている労働者に対する食費の負担補助として支給する食事手当について「有期契約労働者又はパートタイム労働者にも、無期雇用フルタイム労働者と同一の支給をしなければならない」と明確に規定している。

NTTは従来の食事補助を廃止し、仕事と生活の両面から支援する「サポート手当」に名称を変更し、今年4月からフルタイムの契約社員にも月額の3500円を支給することにしている。じつは契約社員に対する手当の支給は労組側の要求ではなく、会社側から昨年12月にNTT労組に対して提案したものだ。

NTTグループには約4万人のフルタイム契約社員がいる。組合側約1万人のパート社員にも支給するように求めたが、結果的にフルタイム契約社員に支給することになった。

KDDI労組 契約社員の賞与算定見直しを要求

もう一つはKDDI労組の契約社員に対する賞与の支給額引き上げと支給方式見直しの要求だ。労組は契約社員の一時金の算定方式を正社員と同じように「月給の何カ月分」とするように要求した。

これまで非正規の賞与は支給しても寸志程度の額しか支給していないのが一般的な企業の実態だ。ただし、同社の昨年の支給額は10万円とそれなりに支給していた。それでも正社員との間に大きな開きがあった。

だが、ガイドライン案では、会社の業績等の貢献に応じて支給している場合は正社員の同一の貢献であれば「貢献に応じた部分につき、同一の支給をしなければならない。また、貢献に一定の違いがある場合においては、その相違に応じた支給をしなければならない」と規定している。つまり、正社員に比べて貢献度が低くても、正社員との見合いに応じて支給しなさいというものだ。

ガイドラインが施行されることになれば、多くの企業は非正規に対して賞与を支給しなければいけなくなる。その意味では正社員と算定方式を同一するKDDI労組の取り組みはガイドラインの施行を先取りした要求ということになる。だが、結果的には前年比2倍の20万円に引き上げることで妥結し、算定方式の変更は見送られた。

同一労働同一賃金原則に基づいた今回の両社労使の取り組みはもう一つの課題を示唆している。NTTグループは約4万人に手当を支給するが、会社側の負担額は年間60億円も増えるという。また、KDDIの契約社員は約3000人。前年比10万円アップだと単純に約3億円の人件費原資が増えることになる。一方、今春闘では総合職正社員ベアはゼロ回答だった。

同一労働同一賃金制度の導入によって、既存の正社員の処遇を下げることは立法の趣旨に反すると労働法学者は指摘している。だが、企業の現場においては人件費原資が限られている以上、非正規の処遇改善を進めるにあって正社員の処遇も調整せざるをえなくなるかもしれない。

改正法の施行までに2年しかない。正社員を含めた人事・賃金制度や労使交渉を含めた協議を考えると、紹介した2社のように早期に着手すべきだろう。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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