働き方改革を実行する上で、無期転換ルール、同一労働同一賃金、時間外労働の上限規制への対応は避けては通れない。「働き方改革関連法案」はまだ国会審議前だが、今から対応すべきことを中心に解説していく。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部)
無期転換ルールへの対応は引き延ばし傾向
今年の春闘では賃上げと並んで「働き方改革」が大きな焦点となった。政府の「働き方改革関連法案」の国会審議を前にすでに労使の取り組みが始まっている。1つは4月から本格化する無期転換ルールへの取り組み、2つ目が同一労働同一賃金問題、3つ目が罰則付き時間外労働の上限規制への対応だ。
通算契約期間が5年超の有期雇用労働者に付与される無期転換権は2013年4月1日以後に開始する有期労働契約が対象になる。契約期間が1年の場合、更新を繰り返して6年目の更新時を迎える2018年4月1日から無期転換の申込みができ、1年後の19年4月1日から無期労働契約に移行する。4月に5年超を迎える転換対象者は450万人と推計されている。
パートタイム労働者の組合員が半数以上を占める繊維・小売業等の産業別労働組合のUAゼンセンには、通算契約期間が5年超の有期雇用労働者が3 〜4割を占める。 今年4月2日時点でパート労働者277組合(約67万人)、契約社員115組合(約3万4000人)で無期転換ルールの実施を労使で確認している。そのうち通算5年を前に無期転換の実施を確認している組合はパート労働者で46組合、契約社員で32組合。人数ベースでは契約社員の3割以上にあたる。
一方、無期転換への対応は全体的に遅く、雇止めの懸念も指摘されている。多数の顧問先を抱える社会保険労務士は「4月前に雇止めにするという経営者もおり、顧問先企業で雇止めするのは1割程度いる。3月末までに駆け込みの雇止めが多発する可能性もあり、4月以降、雇止めされた社員との間で訴訟も含めたトラブルが増えるのではないか」と指摘していた。すでに4月2日、雇止めされた日本通運に勤務していた女性が地位確認を求めて東京地裁に提訴する事案も発生している。
こうした中で無期転換後の従業員の戦力化に向けた取り組みを始めた企業もある。一部上場企業の建設関連会社は昨年秋に1年前倒しして満4年目を迎えた時点で無期転換権を付与し、今年4月から無期転換に移行した。
人事制度も見直した。従来は勤続年数やスキルに応じて1級〜6級の等級を設け、300 〜600万円の年収を支給していた。新制度は職務給に移行し、グレードを1 〜3に分け、グレード1が300 〜350万円、2が350 〜450万円、3が450 〜600万円(賞与を含む)とする賃金テーブルを設けた。さらに部門の推薦と試験によって正社員に登用する制度も新たに設けた。
また無期雇用社員は転勤なしの勤務限定とし、正社員と同じ60歳定年、定年後は65歳まで継続雇用契約社員として雇用が保障される。さらに1年間を限度とする休職制度も利用できる。
同社の仕組みの最大のポイントは職務給に移行することで毎年の評価によって昇給・降給が発生するだけではなく、グレードダウン(年収低下)も発生することだ。
経営にとっては無期雇用による人件費の増大のリスクを抑制できるとともに、適正な評価とフィードバックの実施によって職務内容の変更によるグレードアップも実施するなど社員の意欲を喚起したいとの狙いがある。無期社員の戦力化を図る手法としては合理的な仕組みといえる。
多くの企業が無期転換ルール導入に取り組んでいる
●無期転換導入企業事例
同一労働同一賃金を意識した取り組み始まる
無期転換後の処遇問題は、有期雇用労働者と無期雇用労働者の間の同一労働同一賃金の法制化とも関連する。同一労働同一賃金については、すでに2016年12月に政府の「同一労働同一賃金ガイドライン案」が策定され、17年9月に労働政策審議会から働き方改革関連法案の要綱が建議されている。
法改正案は非正規労働者に均等待遇を義務づけるとともに「待遇差の内容やその理由等」に対する説明義務を課すもので、先の同一労働同一賃金ガイドライン案を法的に根拠づけるものだ。
19年春闘ではガイドラインや法制化を意識した取り組みも始まっている。UAゼンセンは18年春闘の方針でも「法改正の動きをふまえ、雇用形態間での均等・均衡処遇の取り組みをさらに進める。雇用形態間に不合理な待遇差がないかを検証し、不合理な待遇差がある場合には、人事制度の改定を含め是正する」としている。ガイドライン案は退職金については触れていないが「正社員との均衡等を考慮し、労使で合理的な制度を構築する」としている。
また自動車総連は「同一価値労働同一賃金」の実現の観点から昨年秋に100項目のチェックリストを作成し、福利厚生や食堂の利用などについて加盟組合で検証し、実現できていない場合は経営側に要求することにしている。自動車総連の高倉明会長は「同一労働同一賃金の法制化によって法廷闘争まで持ち込まれるケースが増える可能性がある。今後はガイドライン案の充実が求められるが、我々も労使でより具体的な方向性を示していきたい」と指摘する。
すでに加盟組合のトヨタ自動車では今春闘で家族手当について期間従業員に対し、正社員と同等の子ども1人つき2万円を支給することを決めている。
「全社員共通人事制度」を導入クレディセゾン
すでに先行してこの問題に着手している企業もある。クレジットカード大手のクレディセゾンは、非正規社員を含めた雇用形態による社員区分を撤廃して全員を無期雇用とし、賃金を含むすべての処遇制度を役割等級制度で一本化した「全社員共通人事制度」を2017年9月から導入している。
同社の従業員数は約3900人。従来の同社の社員区分は無期雇用の総合職社員、専門職社員、有期雇用の嘱託社員、メイト社員の4つに分かれていた。総合職は全体の4割強の約1700人、専門職社員が約1200人、嘱託社員が約150人、メイト社員が約900人という構成だ。
専門職社員や嘱託社員は特定の職務を担当し、メイト社員は定型的な事務や電話応対・営業サポートを担うなど業務範囲が限定されていた。また、メイト社員の労働時間は1日5.5時間の短時間勤務から7.5時間の間で選択できる仕組みであった。
従来の人事制度は無期雇用の総合職と専門職社員は職能等級と職務等級があり、課長までは職能給・職務給の2本立て(部長職以上は昨年5月に職能等級を廃し、給与は職務給に一本化)。有期雇用の嘱託社員は職務に応じて個別に年収額を決定する月給制。同じく職務限定のメイト社員はスキルや習熟度別の賃金体系による時給制だった。
給与以外の処遇では総合職と専門職には賞与や退職金制度があったが、メイト社員の一部を除いて嘱託社員・メイト社員には賞与・退職金制度はなかった。
新たな役割等級制度の役割グレードは、一般職層がG1 〜G5の5段階。管理職層は大きくM(課長職)とGM(部長職)の2階層に分けた。グレードごとに期待する役割を定義しているが、G1は旧メイト社員の事務業務、G2は同じく電話応対・営業サポート業務と位置づけ、旧総合職・専門職・嘱託社員はG3以降に配置した。
大きく変わったのは基本給以外の部分で、旧総合職にあった賞与などの手当、退職金制度、福利厚生も同一処遇とした。同社の賞与は年初に業績目標を設定し、その達成度を評価する目標管理の結果で決まる。G1、G2に多く所属する旧メイト社員も同様の仕組みで支給される。
また同社の退職金制度は04年に確定給付型から確定拠出年金に移行しているが、会社拠出分として年収の7%を12カ月に分割して支給している。しかも拠出金は全額を確定拠出に振り向けるか、あるいは前払いとして受け取ることもできる(確定拠出50%、前払い50%の選択も可能)。それ以外の手当として「子女教育手当」も支給される。
同社は昨年5月の制度改定でいわゆる属人手当を基本的に廃止している。従来の配偶者と子どもを持つ社員に扶養手当を支給していたが、配偶者分の手当を廃止し、子どもの数に応じて支給する子女教育手当に再編した。この手当は扶養義務に関係なく支給される。
もう一つの注目点は労働時間も全社員統一の仕組みに整備したことだ。前述したように旧メイト社員は5.5 〜7.5時間の間の勤務が多かった。また旧総合職の所定労働時間は7.75時間。そして育児・介護を理由にした2時間、1.5時間、1時間短縮の短時間制度があった。これをメイト社員に合わせる形で所定労働時間7.5時間に短縮。さらに育児・介護以外の理由でも5.5 〜7.5時間の間で30分単位で短縮できる短時間勤務制度に変えている。
今回、同社が人事処遇制度を1本化し、同一労働同一処遇に踏み切った最大の理由は、主力のクレジットカード事業のビジネスモデルの変革に伴う社員の活用と戦力化にある。人件費は以前より4%膨らむが、新制度の運用によってこれまで以上に社員の仕事への意欲を引き出したいとの狙いがある。
正規と非正規の不合理な格差是正が求められる
●政府の「同一労働同一賃金ガイドライン案」の主なポイント
時間外労働の上限規制で労働時間管理が求められる
時間外労働の削減はすでにだいぶ前から多くの企業がノー残業デーや定時退社の奨励などの施策を実施しており、全体の残業時間も徐々に減少している。ただ改正労働基準法の「罰則付き時間外労働の上限規制」が法制化されると、1人の違反者が発生するだけで労基法違反になる。今以上により徹底した労働時間管理が求められてくる。
今春闘で日本労働組合総連合会は(連合)は①36協定は「月45時間、年360時間以内」を原則に締結する、②やむをえず特別条項を締結する場合は年720時間以内とし、より抑制的な時間となるよう取り組む、③休日労働を含め、年720時間以内となるように取り組むことを求めている。
3つ目の休日労働を含む720時間以内とは、法律案要綱の「年720時間以内」が休日労働以外の時間外労働しか含まれないことを意識したもの。つまり1カ月100時間未満および月平均80時間以内という制限の範囲内であれば、休日労働時間は自由に設定できることになる。結果として、時間外労働時間と休日労働時間の合計が80時間×12カ月=年960時間の労働が可能になる。
大手電機メーカーの産別組織の電機連合の2016年度の総実労働時間は2018.3時間。13年度以降、4年連続で2000時間を超えている。36協定の締結状況では、1カ月の時間外労働時間は80 〜100時間以下が製造業全体では15.8%であるの対し、電機連合は22.0%も存在する。100時間超は製造業の事業場が4.0%であるのに対し、電機連合は14.0%。年間の労働時間でも800 〜1000時間以下が製造業の12.2%を上回る23.0%も存在し、上限規制の年720時間を超えている企業も多い。
電機連合の野中孝泰委員長は「他産業に比べて時間労働の協定締結時間が長いのは問題。1年間720時間以下の締結は急務な課題だ」と語る。残業時間以外でも電機連合加盟組合の日立製作所の労組が特別条項の限度時間の年960時間の上限を720時間に引き下げるとともに、終業と始業の間に最低11時間の休息を確保する勤務間インターバルの導入を要求し、合意している。
残業時間削減には、抜本的な仕事量の削減が必要
●所定労働時間を超えて働いている理由
法制化を前向きにとらえ、施策を実践することが重要
法改正に伴う36協定の見直しは当然としても、さらに踏み込んだ対応が進んでいることは評価できる。労働力人口が長期的に減少する中で、若者、女性、高齢者をいかに活用していくかが企業の成長力のカギを握っている。
無期雇用への転換と同一労働同一賃金は、多くを占める女性労働者の戦力化につながる。時間外労働の削減や短時間勤務などの多様な働き方は、労働環境に敏感な新卒学生の確保だけではなく、女性の正社員の長期就業や高齢者の活用策としても有効だ。
政府の法制化に対する後ろ向きな対応では、今後の人材獲得にも支障を来すだろう。この機会を前向きにとらえて長期的な人材活用方針を打ち出し、それに対応した自社の働き方を検証し、具体的な施策を実践していくことが人的基盤を強化することにつながることは間違いない。