就活ルール廃止で、どうなる日本の就活?

経団連が発表した「採用選考に関する指針」の廃止。企業だけでなく学生にもどのような影響があるのか解説していく。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

日本人材ニュース

2021年入社までは現行ルール、以降未定

10月9日、経団連は会長・副会長会議で新卒学生の採用活動の日程を定めた「採用選考に関する指針」を廃止すると発表した。

中西宏明会長はその理由について「経団連は会員企業の意見を集約して世に訴えていくのが主な活動だ。ルールをつくって徹底させることは経団連の役割ではない」と述べている(記者会見)。

これを受けて政府は10月29日、関係省庁連絡会議を開き、現在の大学2年生が対象となる2021年春入社の就活ルールを決定。大学3年の3月に説明会、4年の6月に面接を解禁する現行ルールを維持し、22年春入社組以降は19年度以降に改めて決める予定だ。

19年3月頃に政府主導で外資系企業やIT企業に広く要請していくことにしているが、罰則規定はなく、従来の経団連の規制よりも拘束力が弱まる可能性がある。

ルールを逸脱する企業が多いのが現状

経団連が現行の「指針」を設けたのは2013年7月。安倍晋三首相の要請で採用活動の早期化是正と大学の学事日程重視の観点から2016年卒の学生は広報活動解禁を3月、選考解禁を8月にしたのを契機に従来の「倫理憲章」から指針に変えた。以降、2017卒学生から広報解禁が3月、選考解禁を6月1日に変更し、2020年卒まで続けてきた。

しかし、現行指針の3月広報解禁、6月選考解禁になってもルールを逸脱する企業も少なくないのが実態だ。

従来から外資系企業や一部のIT企業は大学3年生の10~12月に選考を開始している。また経団連加盟企業でも2016年卒から本格的に始まったインターンシップと選考を直結した採用を行っているところもある。インターンシップを通じた選考を経て選考解禁の6月1日が「内々定式」になっている実状もある。

もちろん経団連加盟企業でも会長・副会長企業でルールを忠実に順守しているところもあるが、報道では副会長の一人が「ルールを守ったところがバカを見ている」という声も紹介されている。

ルール廃止で採用に不平等が生じる

しかし、形骸化しているといっても選考指針廃止によって採用活動を自由化すれば“採用弱者”にしわ寄せがいく。

就職支援コンサルティング会社モザイクワークの髙橋実取締役COOは「新卒一括採用の目的は、どんな学生もどんな企業もスタートラインを一緒にして就活・採用の不平等をなくすことにある。ルールを外すと、競争相手(競合企業)が見えないなかで戦わなくてはならない、また就活の“山”が見えないので、ずっと採用活動を続けなければならなくなる。とくに採用力のない中小・零細企業は雇用確保が難しくなる」と指摘する。

また、製薬会社の人事担当役員も「プロ野球のドラフトにも一斉選考で人気球団に有力選手が極端に集中することを防ぐ公正競争の仕組みがある。採用選考でフライングする企業があっても、一定のルールがあることで、受ける側の公平性と選考側の効率性がある程度維持されている。ルールをなくし、公正競争が失われると資力・体力のある超大手企業や人気企業に人材が集まってしまいかねない」と危惧する。

学生に与える影響は大きい

もちろん学生も影響を受ける。優秀な学生との接触が早まれば学業阻害になり、一般の学生も企業の勝手な動きに翻弄され、腰を据えて勉強することも難しくなる。学業だけではなく、企業をじっくり観察する機会が失われてしまい、学生と企業のマッチングの精度も落ちるかもしれない。

では、現実を少しでも改善する処方箋はあるのか。先の製薬会社の人事担当役員は緩やかなルールの設定が必要だと指摘する。

「就職協定や指針は選考解禁の日程を前提に、それが破られるたびに日程変更を繰り返してきた。大学の入学・卒業時期など学事日程も踏まえ、卒業年の前年から会社訪問・選考、インターンシップはその前年から認める。大学・学生は学業の時間を守りつつ、多くの企業との出会いを醸成する機会を増やす。企業間においては公正な競争を確保するには、こうした緩やかなルールも必要だと思う」

卒業年の前年とは、2022年卒の学生であれば21年1月から広報・選考活動解禁、インターンシップは20年1月開始ということになる。現行ルールより早まるが、従来のように広報解禁と選考解禁日を別々に設定するのではなく、年初の1月開始という大枠のルールを設けるのは公平・公正な競争機会が与えるという観点からら一考に値するかもしれない。

もちろんルールを定めてもフライングする企業も出てくるだろう。学生や企業に働きかける大学側の姿勢も問われてくる。

ルール廃止の本来の意図は、採用の欧米化か

ところで経団連の中西会長の指針廃止発言の真意は、新卒一括採用やそれをベースにした終身雇用などの日本の雇用慣行に対する疑念があるようだ。報道では「終身雇用制や一括採用を中心とした教育訓練などは、企業の採用と人材育成の方針からみて成り立たなくなってきた」との中西会長の発言も紹介されている。

日本企業は社会経験のない学生を大量に採用し、内部で長期間にわたって育成し、戦力化することで企業の競争力を維持してきた。それを支えてきたのが長期雇用である。

確かに今日のようにビジネスモデルがめまぐるしく変化する時代では内部の人材では足りず、外部から人材を調達する企業が増えている。中西会長は欧米のように企業が求めるスキルと能力を持つジョブ型採用をイメージしているのかもしれない。

しかしそれでも大企業では人材の定着率が高く、実質的に長期雇用を維持している。採用段階においても内部育成を前提に採用している企業が大半だ。新卒一括採用ではなく、ジョブ型採用に転換するにしても日本の労働市場はアメリカに比べて脆弱であり、流動性も低い。

通年採用にすることで必要に応じて人材を調達するようになれば就職できない学生が増えるというリスクもある。何より長期雇用を残している企業の経営者が、入口の採用についてルール廃止を提唱するのは矛盾しているのではないかという気もしないではない。

人材のミスマッチを防ぐために、大学との議論を深めるべき

中西会長は「今後の議論において重要なことは、大学の教育の質を高めることである。学生の学修時間が世界的に見て不十分との認識をもっており、未来投資会議ではそうした大学教育に関する本質的な議論をしたい」(記者会見要旨)とも述べている。

日本の学生の質と企業が求める人材のミスマッチがあるとの認識を持っている。安倍晋三首相が議長を務める「未来投資会議」では今後、大学教育や新卒一括採用のあり方についても議論することにしている。

もし企業側が現在の大学教育や学生の質に疑問を感じているのであれば、企業が求める具体的な人材像と大学教育のあり方について提言するなど、大学側を含めて中・長期的な人材育成のあり方を先行して議論するべきだろう。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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