実践して分かった在宅勤務を阻む壁

新型コロナウイルスの感染拡大やそれに伴う外出制限が企業活動に未曾有の影響を与えた。緊急事態宣言解除後も従業員の安全を守りつつ事業を継続するために在宅勤務主体の人事管理を行っている企業も多い。これまでの動きと現状の問題点を検証する。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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規定がないまま在宅勤務に移行

3月11日にWHOが新型コロナウイルスをパンデミックと認定、14日に改正新型インフルエンザ等対策特措法が施行された。この時点の全国の新規感染者は100人に満たなかったが、早々と在宅勤務に切り替えた企業もあった。

サービス業の人事部長は「3月中旬に大阪支社、次いで東京本社と立て続けに入居するビルの別の法人の社員の感染が発生。当社もリスク管理の観点から急遽、在宅で仕事ができる社員は出勤しないようにと指示し、ほとんどが在宅勤務に移行した。しかし、テレワークに関しては就業規則に規定もなくルール化もないまま見切り発車的に踏み切った」と語る。

ただし、社員にはノートパソコンと携帯が貸与されていたために仕事をすること自体にはさほど支障はなかったという。4月7日に7都府県に「緊急事態宣言」が発出。14日には原則在宅もしくは出勤者7割減の要請で多くの企業が社員の在宅勤務に踏み切った。

社会的ルールを守るため出勤率20%程度に抑制

すでに3月中旬から在宅勤務を推奨してきた都内の広告会社では社員の80%の出社制限を目指し、調整に入った。「在宅勤務」を基本に、「出社」「自宅待機」の3つに分け、家に子供がいて仕事ができないなど特別の事情がある場合に限り自宅待機を認め、その間は特別休暇とした。この中には4月入社の新入社員も当初は含まれた。在宅勤務に向けた動きについて同社の人事部長はこう語る。

「営業やクリエイティブ部門は個人の裁量で仕事ができる業務が多いので在宅も可能だ。しかし、制作部門は現場が会社ではなく、顧客や関連会社と一緒にやる現場業務が多いので、中止にならないかぎり在宅勤務は難しい。事務部門だと人事部門は給与計算業務、経理部門は期末の決算対応や各種支払い対応もあり、在宅ではどうしてもできない仕事もあった。それでも大企業として社会的ルールを守るために部門ごとに社員の出社割合を計算し、出勤率を20%程度に抑えるようにした」

在宅勤務での事業継続を妨げた業務プロセス

しかし、在宅勤務体制の事業継続が十分に機能したわけではない。広告会社では決算処理にあたる経理部門はほとんどが出社。人事部では若手社員は在宅勤務に移行したが、管理職層や役員クラスは出社した人が多かったという。「管理職は1週間ずっと在宅という人は少なく、決裁などもあって部長クラスも週2 〜3日は出社していた」(人事部長)

オフィスと同じように業務を遂行する上で支障をきたした最大の問題は「業務に使う資料や伝票類、申請書、企画書がペーパーレス化されておらず、会社に紙で保管されていた」(人事部長)ことだった。また、在宅のほうが仕事に集中できて生産性が上がるという声がある一方、会議に使うZoomやSkypeは一部の人しか使っていなかったために慣れるのに時間がかかったという。

前出のサービス業では給与管理業務での問題も浮上した。

「全国の拠点で働く社員の出退勤管理から給与確定まですべてオンラインで処理できるようになっていなかった。登録された出退勤管理についてシステム間をエクセルで修正するなど人の手を介しての紙の書類の受け渡しなど在宅では処理できない事態も発生した。今後は業務プロセスの見直しも必要になる」(人事担当者)。また、社会的にも問題になっている「会社の印鑑が必要なので出社する」という事態も発生した。

オフピーク出勤などで感染リスク軽減を図る

在宅勤務ないしは出社の社員の感染防止など安全確保についてどのような方針で臨んだのか。広告会社では出社する社員はオフピーク出勤で交通機関のラッシュ時を避けること、手洗い、マスク着用のほか入館時の検温を実施している。

営業を含めた顧客訪問などについては「国内外の出張は原則禁止とし、どうしても必要な場合は部門担当役員と人事担当役員の許可を受けることとした。顧客営業についてはお客さんからも来ないでくれ、Zoomでやろうということになったが、これはお互いさまであり、極力訪問はしないことにした」(人事部長)

実際に社員が感染もしくは濃厚接触者として疑われた場合はどうするのか。サービス業では実際に濃厚接触者が発生したが「2週間の自宅待機とした。また、家族に濃厚接触者が出た場合も同様の措置とし、その間は特別休暇を付与することにした」(人事担当者)

従業員の感染防止へ緊急対応を迫られた

●コロナ禍を受けて実施した従業員の健康・安全支援

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(出所)ロバート・ウォルターズ・ジャパン「従業員をコロナ感染から守るBCP対策に関するアンケート調査」

入社式は延期、導入研修はオンラインで実施

また、今年は入社式や導入研修など新入社員への対応でも揺れた。広告会社では入社式は延期し、辞令交付のみを行い、研修開始までの2週間は自宅待機とした。新入社員全員にノートパソコンと携帯電話を送付し、4月中旬からオンライン上での3週間の導入研修を実施した。

しかし、対面ではないので新人のケアには気を遣ったという。「寮にいる社員や一人暮らしもいる。変な場所に行って感染されても困るので個別に面談をするなどフォローした。1人の新人に3人の社員がフォローに入った」

サービス業では3月17日に新入社員の入社式延期や2週間の集合研修中止の方針を決定。研修は4月1日から1週間のオンライン研修に切り替えた。

「4月1日の9時にオンライン上で全員が集合し、1時間程度雑談しながら事前に送付したPCの操作方法を説明。10時から社長の挨拶と経営方針、担当役員のメッセージに続いて研修に入った。ただし、ほぼ座学での研修が多く、実践的な研修無しに配属先の現場に送らざるを得なかったのは不安材料だ」(人事担当者)

21年卒の採用選考はWeb面接に切り替え

また、この時期は2021年新卒の採用活動の最中だった。不動産業では選考面接に入る直前の4月に緊急事態宣言が発出され、事実上ストップした。同社は学生に急遽中止します、と通知。人事部内で議論し、Web面接に切り替えることは早くに決まったが、面接の方法を巡って議論が繰り返された。

「1次面接は例年なら学生1人に対し、各部門の課長クラス2人の面接官で対応していた。しかし面接時間は30分と限定されているうえに、Web面接は初めてという課長が多く、通信障害によって面接途中で画面がフリーズしたらどうするのかという懸念も出され、結局、現場の課長職の面接を中止し、人事部総動員で1対1の面接を実施することになった」(人事部長)

在宅勤務で隠れ残業を見逃すリスクも

多くの企業でコロナ禍による混乱が発生したが、新型コロナウイルスの収束が見通せない中で現在も在宅勤務をベースにした働き方を継続している企業も少なくない。しかし一方ではそうした働き方の課題も浮き彫りになっている。

その一つが在宅中の労働時間管理だ。6月初旬に実施した連合のテレワークに関する調査によると「通常勤務よりも長時間労働になることがあった」と答えた人が51.5%、「時間外・休日労働を行った」が38.1%に上っている。このうち「勤務先に申告しなかった」人が65.1%、申告したのに「勤務先に認められないことがあった」人が56.4%もいた。

その背景には在宅勤務時の残業を原則禁止している企業が多いからと推定される。その根拠が厚生労働省の「通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」(テレワークガイドライン、2018年2月)だ。

「テレワークを行う際の長時間労働対策として「時間外・休日・深夜労働の原則禁止」を謳い、残業は許可制として就業規則に明記しておくことが有効としている。しかし、原則禁止や許可制では、いわゆる“隠れ残業”を見逃してしまうリスクもある。実際に広告業の人事部長は残業申請する社員は少ないと語る。

「残業は禁止していないが、する場合は申請による許可制にしている。上司の指揮命令が行き届かない場所なので厳しくしているが、申請件数はコロナ前よりも極めて少ない。人事は残業申請をしろと言っているが、上司がちゃんと管理できておらず、実際は隠れ残業している社員がいるのではと心配している」

残業を放置すると、時間外労働の上限規制違反のみならず在宅勤務による過重労働問題に発展しかねないリスクもある。気になる調査もある。日本生産性本部が実施した「『働く人の意識』定点調査」(5月11日~13日調査)によると「自宅での勤務の効率は上がったか」について「効率が上がった」人は33.8%だが、下がった人は66.2%と多数を占める。

また、ロバート・ウォルターズ・ジャパンの調査(4月1日~10日)でも「生産性が落ちた」が50%を占め、「生産性が上がった」はわずかに20%にすぎない。

生産性が落ちた理由で最も多かったのが「同僚・取引先とのコミュニケーションが取りづらい」(63%)、次いで「集中力の維持が難しい」(45%)だった。

一般的に在宅勤務などテレワークは生産性が向上するという調査があるが、今回のように社員の大多数が参加する場合、自己管理など自律的な働き方ができない社員も相当数存在すると思われる。その結果、慣れない在宅勤務のせいで、ダラダラと仕事をする社員も発生し、会社に申告しないサービス残業や長時間労働につながる可能性もある。

折しもコロナ禍による業績悪化に陥っている企業も増えている。前出の広告業の人事部長は「当社もコロナの影響で業績悪化が見込まれ、経営サイドから固定費削減の指示が出ている。最初に手をつけるのが残業代や経費の削減だが、あえて在宅時の残業に踏み込まない企業も出るかもしれない」と指摘する。

テレワーク拡大で業務遂行への課題が見えてきた

●テレワークの課題(経験者のみ)

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(出所)リクルートマネジメントソリューションズ「テレワーク緊急実態調査」

在宅勤務で社員に新たな負担が増える

また、在宅勤務をベースにすることでオフィスのフリーアドレス化などオフィススペースを削減する動きも報じられている。企業にとっては、例えば都心の3フロアの事務所を1フロアにすれば大幅なコスト削減になる。もともとテレワークのメリットとしてオフィスコストの削減や車で通勤する駐車場コストの削減が言われていた。このこと自体は在宅勤務というメリットを享受できる社員とコスト削減できる企業がウィン・ウィンの関係といえるかもしれない。

ただし、それは社員がオフィス勤務で得られていたサービスを在宅でも得られるという前提での話だ。つまり在宅勤務に必要なパソコンや機材などのイニシャルコストと通信費・光熱費などのランニングコストを企業が負担してはじめてウィン・ウィンの関係になる。

しかし、損害保険ジャパンの「働き方に関する意識調査」(5月1日〜2日)によると、在宅勤務にあたり約2割がOA機器などの物品を購入し、購入金額の平均は6万7550円。また、楽天インサイトの「在宅勤務に関する調査」(4月10日~12日)では在宅勤務で困ったこととして「光熱費や通信費がかさむ」と答えた人が24.5%、女性は37.4%に上る。企業の中には新たに在宅勤務手当を支給する動きもあるが、これらの費用や在宅勤務に伴う手当の検討も必要だろう。

朝礼・終礼のテレビ会議を開く珍現象も発生

もう一つ、在宅勤務や時差通勤によって上司と部下のコミュニケーションが減る中で、人事評価のあり方やマネジメントスタイルの変革も求められている。

前出の広告業の人事部長は「営業職は数字(成果)が評価の大部分を占めていた。しかし、それ以外の人事・経理・総務などの管理部門やマーケティング、制作部門は、目標達成度以外のコンピテンシーも重視している。部下が『コミュニケーションを取りながら周りと連携しながら仕事を進めていた』、『後輩の育成・指導を熱心にやっていた』といった項目は、在宅勤務に入ってから見えづらくなっている」と語る。

在宅勤務下での部下とのコミュニケーション手法などマネジメントの質も大きく問われる。旧来型マネジメントスタイルが抜けない管理職の中には毎日、朝礼・終礼のテレビ会議を開くという珍現象も発生している。テレワークがニューノーマル(新常態)の働き方として注目されているが、従業員の健康確保と生産性を向上するには解決すべき課題も山積している。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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