新型コロナウイルスの感染防止と事業活動を両立するために、これまでの仕事の進め方が大きく見直されている。ウィズコロナ時代に生き残るために各社で事業再構築が進む中、労働生産性を高めるためのマネジメントや人事制度が必要になっている。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部)
出社人数の制限、オフピーク通勤や会食自粛を継続
新型コロナウイルスが収束しない中、多くの企業で出社制限による感染拡大防止策を継続中だ。緊急事態宣言解除後、従来の8割出社制限から出勤者5割以下に制限を緩和した企業も多いが、今も厳戒態勢が続いている。
都内の広告業の企業では4月に総務部長を本部長とする「新型コロナウイルス対策本部」を設置。感染防止策などに関する情報を随時、社内のイントラネットで流している。緊急事態宣言中は8割出社制限を実施していたが、解除以降は現在まで在宅勤務日数を「週3日」を目処とする60%ルールで運用している。
同社を訪問したが、本社の玄関前に赤外線サーモグラフィーを設置し、検温を実施している。真夏の暑い時期には体温が上昇しているためにサーモグラフィーの検知器が何度も鳴る場面もあったという。社員にはオフピーク通勤(混雑時間をさけた通勤)を推奨し、部署の在籍率を50%程度としている。職場内ではマスクを着用で、対面を避けて離れて座席に座る。会議室は3密防止のアクリル板を設置して人数も50%以下に制限している。
国内の出張・旅行は上長の承認で可能だが、国外は原則禁止。また、社内外の会議やイベントについては、3密とならない会議室・会場のキャパシティー50%以内を限度として参加・開催を可能としている。
顧客との会食は個室で3密となるものは自粛を推奨し、開催する場合は上長の承認を必要とするが、「業績悪化もあって交際費の決済の承認者は本部長・事業部長に格上げされ、より厳しくなった」(人事部長)という。
顧客から訪問前のPCR検査を要求される
社員には感染防止マニュアルを配布し、遵守を求めている。感染した社員の職場に濃厚接触者の疑いがある人がいる場合、保健所に連絡するとともに2週間の出勤停止とし、在宅勤務になる。自宅では朝晩の体温測定を実施し、会社が作成した体調確認表に毎日記載し、会社に報告することになっている。
しかし、こうした対策にも関わらず社員の感染者が発生した。在宅勤務中の社員だったが、2週間の行動履歴を調べ、出社した日の会議に参加した社員全員を濃厚接触者として2週間の出勤停止とした。
それでも予想外の事態も発生した。社員の感染を会社のホームページで知った顧客先の企業が無関係の部署の社員に「当社を訪問する場合はPCR検査を受けて来い」と言われたそうだ。過剰反応ではあるが、会社としては当該部署の社員に会社負担でPCR検査を受けさせたという。社員の感染が会社に風評被害のリスクをもたらすこともあり得る。
コロナ禍とはいえ、以前は定時に全員揃って出社していたが、出社制限と時差通勤で出社・退勤時間もバラバラになるなど職場の風景もすっかり変わってしまった。
ITで仕事を見える化し、進捗状況を全員で共有
こうした中でウィズコロナを前提にワークスタイルの変革に取り組む企業も増えている。リモートワークによって部下の行動が見えにくいために日本的人事評価の特徴でもある行動評価やプロセス評価が難しいとの声もある。その解決策の1つが“仕事の見える化”だ。
サービス業の企業では業務効率の見直しの一環として、一人一人のタスクの見える化を可能にするシステム開発に着手している。Web会議などITツールを駆使し、管理職と部下が話し合って業務を週単位・1日単位で個人がやるべきタスクがシステムに落とし込まれる。そして進捗状況が日々確認され、全員が同じ画面で共有する仕組みだ。
同社の人事部長は「情報システム部門を中心に新たなシステムを構築中だ。実現すれば部署の全員の仕事が見える化され、在宅でも日々の仕事ぶりやプロセスも分かるし、成果物も明確になる。問題点があればチャットで上司が指示することも可能だ。これまで何となくごまかしていた作業も一目瞭然となる。これまで難しかった残業管理もやりやすくなるかもしれない」と指摘する。
ただし「この仕組みで情報システム部門の役員は生産性が上がると言うが、効率化が進む一方で社員にとってはきついし、息抜きもなくなり、個人的にはメンタル不調者が出てくるのではないか」と、危惧する。
リモートで仕事ができる環境整備が進みつつある
●デジタル施策の取り組み内容(複数回答)
リモートワークで、ジョブ型人事制度への移行は進むか
一方、リモートワークを軸とする働き方に合わせていわゆるジョブ型人事制度の導入を検討する企業も出てきている。職務範囲が明確なジョブ型はリモートワークと相性が良いように見える。
7月1日、日本テレワーク協会は「経営・人事戦略の視点から考えるテレワーク時代のマネジメント改革」と題する研究レポートを発表。その中で「日本型の人事制度を改め、欧米で主流の職務範囲が明確で成果に応じて評価されるジョブ型人事制度への移行」に言及し、ジョブ型の導入を後押しする。
「業務の可視化を推し進め、働く場所の自由度をあげるテレワークは、職務範囲があいまいで、転勤など働く場所の拒否権がない『メンバーシップ型』の人事制度とは馴染みにくい面がある。テレワークが定着に向かう2020年度以降、『ジョブ型』の人事制度や職責や成果に基づいた報酬制度への移行に関する議論がより一層活性化するだろう」と予測している。
実際に米系人事コンサルティング会社マーサー日本法人には、コロナ以降ジョブ型人事制度に関する企業の問い合わせが以前に比べ4 〜5倍に増えているという。しかし「人材活用を含めた長期的人材戦略を持たずにジョブ型人事制度の導入が目的化している企業も少なくない。安易な仕組みの設計に走ることは大きなリスクを招く」(同社コンサルタント)と指摘する。
ジョブ型人事制度の導入に関しては、旧来の人事異動による育成や上司のマネジメントスキル、自立的働き方の成熟度など解決すべき課題も多く、導入企業の多くが長年トライアンドエラーを繰り返してきた歴史もある。
ジョブ型人事制度導入には各社で意見が分かれる。医療・福祉業の人事部長は「職務・職責が明確になれば、ある部分についてはマネジメントがしやすくなり、評価もやりやすい。マネジメントの力量にもよるが、職務を超えたチャレンジを要求したり、本人がやりたいことをしづらくさせる可能性があり、賛成できない」と語る。
また、建設関連業の人事部長は「管理職以上は職責・職務がある程度明確であり可能かもしれないが、一般社員は新入社員を含めて育成を含めた人事異動が困難になる」と導入に慎重な姿勢を示す。
ウィズコロナ時代の事業戦略に合わせた人事制度が必要
●「 ジョブ型雇用」の企業へのメリット(複数回答)
●「 ジョブ型雇用」の企業へのデメリット(複数回答)
コロナ禍の業績悪化が非正規社員の雇用を直撃
ウィズコロナ時代のワークスタイルの変化と並んで今後注目されるのが雇用の行方だ。コロナ禍の業績悪化が非正規社員の雇用を直撃している。退陣した安倍晋三首相は非正規社員の処遇改善を図る「同一労働同一賃金」の法制化を念頭に「この国から非正規という言葉を一掃する」と言っていた。
ところがコロナ禍で4月の非正規社員は前年同月比97万人の大幅減となり、その後も減少をたどり7月は131万人も減少している。”派遣切り”も相次ぎ、7月の派遣労働者は125万人。6月から17万人も減少し、2013年1月以降、最大の落ち込みとなった。非正規社員は処遇改善どころか雇用がなくなるという皮肉な状況に直面している。
利益を出すためには固定費の削減が必要に
正社員の雇用調整は今のところ抑制されているようだ。上場企業の9月14日時点の早期・希望退職募集は60社、1万100人(東京商工リサーチ調査)。前年を上回るペースで推移しているが、それでもリーマン・ショック時の2009年の2万2950人より少ない。
国の雇用調整助成金によってしのいでいる企業も多いが、支給期限を延長しても限界がある。今後の雇用がどうなっていくのかについて前出の医療・福祉業の人事部長はこう指摘する。
「今は各社、業界のリーディングカンパニーを注視している状況だ。業界トップクラスの企業がコロナ禍の業績が落ち込んだときにどういう施策を打つのかモデルにされる。もしリストラの動きに出れば、他の企業も横並びで追随しやすい。あるいは逆に雇用を今こそ守って皆でがんばっていきましょうとなるのか。その場合は財務体質などの体力も影響してくる」と語る。
建設関連業の人事部長は9月中間決算が指標になると語る。
「4〜6月期は大幅な減益となり、2021年3月期決算の見通しは減収減益を予想している。中間決算を見て来期の見通しを立てることになるが、2期連続の減益は避けたい。売上減はしょうがないが、利益を出そうとすればリストラによる固定費の削減に踏み切る必要がある。今年度内に希望退職募集などを実施するとなると、10月以降には計画に着手しないといけない。減収減益だからリストラするというのが王道だが、経営陣の判断が下される日は近い」
同社はすでに2022年度新卒採用予定数の半減を見込んでいる。コロナ禍の感染防止対策と事業継続に加えて、生産性向上に向けたワークスタイルの変革、さらには雇用調整と、企業人事は難しい舵取りを迫られている。