約20年ぶりに改正された労災認定基準について、改正内容と労務管理上の留意点について、社会保険労務士の池田優子氏に解説してもらった。
池田優子 社会保険労務士(汐留社会保険労務士法人)
働き方の多様化や職場環境の変化が生じていたことから、厚生労働省は、脳・心臓疾患の労災認定基準を約20年ぶりに改正し、令和3年9月15日から施行しています。本稿では、過労死ラインの改正内容及び労務管理上の留意点を解説します。
労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合評価して認定することを明確化
「過労死等」とは、過労死等防止対策推進法第2条により、次の通り定義づけられています。
・ 業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡
・ 業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
・ 死亡には至らないが、これらの脳血管疾患・心臓疾患、精神障害
脳・心臓疾患は、主に加齢、生活習慣及び遺伝等により、長い年月の中で徐々に発症することが多い疾患ですが、業務による過重な負荷が加わることにより、脳・心臓疾患を発症させるリスクが高くなります。
そのため、業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は「業務上の疾病」として取り扱われています。
厚労省では、労働者に発症した脳・心臓疾患を労災として認定する際の基準を定めており、過重負荷の中でも、労働時間は疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられています。
厚労省が公表している令和2年度の「過労死等の労災補償状況」の中で、令和元年度に脳・心臓疾患で労災保険支給決定がなされた200件のうち、時間外労働が80時間未満だったのは23件、令和2年度は178件のうち17件にとどまっています(支給決定事案のうち、「異常な出来への遭遇」又は「短期間の過重業務」を除く)。
労災認定するに当たっては、労働時間だけでなく、不規則な勤務や深夜勤務等の勤務形態や作業環境等の諸要因も含めて総合的に判断するものとされていますが、時間外労働が80時間未満で労災認定されたのは1割前後ですので、やはり労働時間は非常に大きな評価要因であるといえるでしょう。
厚労省では、「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会」にて、最新の医学的知見や個別の労災支給決定事例、裁判例等を踏まえて、全般的な検証・検討を続けていましたが、令和3年7月16日に公表された専門検討会の報告書の中で、業務と発症との関連性が強いと判断される時間外労働時間数は、改正前の基準が引き続き適切とされています。
改正後についても、時間外労働時間数の引き下げは予定されていませんので、改正前の基準である、発症前1カ月間に100時間又は2~6カ月平均で月80時間を超える時間外労働時間(いわゆる「過労死ライン」)を維持したうえで、過労死ラインに近い時間外労働に加えて、労働時間以外の負荷要因(休日のない連続勤務や勤務間インターバルが短い勤務等)がある場合には、総合評価して労災認定することを明確化しました。
長期間にわたる疲労の蓄積(長期間の過重業務)については、改正前の基準に加えて時間外労働等の長さが過労死ラインに達していない場合であっても、それに近い時間外労働等があり、不規則な勤務や日常的に精神的緊張を伴う業務等の負荷が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと評価できることを明示しています。
労働時間以外の負荷要因に対しても適切な労務管理が求められる
●業務の荷重性の評価に関する改正のポイント
労基署が健康障害防止措置の監督指導を強化
過労死や過重労働による健康障害が大きな社会問題となっているため、厚労省は平成30年4月から全国の労働基準監督署に「労働時間改善指導・援助チーム」を編成し、その中の「調査・指導班」が長時間労働の抑制と過重労働による健康障害の防止のための監督指導を行っています。
そして、この度の過労死ラインの改正に伴い、事業者は過労死や過重労働による健康障害防止のため、これまで以上に厳しい労務管理を求められることになります。
令和3年8月20日に厚労省が公表した「長時間労働が疑われる事業場に対する令和2年度の監督指導結果」では、過重労働による健康障害防止措置が未実施のため、是正勧告の対象となったのは、4628事業場(19.2%)で、健康障害防止措置が不十分なため指導票が交付されたのは9676事業場(40.2%)でした。
指導票とは、労働法令に違反する事実は確認できないものの、改善することが望ましい事項について作成される書面です。
労働基準監督署による働き過ぎ防止に関する調査が実施された際に、時間外・休日労働時間を合わせて月45時間を超えている労働者が1人でもいた場合、事業者に対して「時間外・休日労働時間を1カ月当たり45時間以内とするよう削減に努めること。
また、そのための具体的方策を検討し、その結果、講ずることとした方策の着実な実施に努めること」といった、改善に向けた指導が行われることも増えています。
時間外労働の上限内でも労災認定の可能性が高まる
適法、かつ、36協定の特別条項の協定時間の範囲内であったとしても、事業者は労働者の健康確保のための責務があることに十分留意し、労働者に対し、過重労働とならないように勤務体系の見直し、勤務間インターバル制度の導入又は十分な注意喚起を行う等の措置を講ずるよう努める必要があります。
この度の改正により、1カ月100時間又は2カ月ないし6カ月平均80時間といった法律で定められた時間外労働の上限を超えるような時間外労働等をしていない場合でも、過労死等として労災認定を受ける可能性が高くなります。
長時間労働になっていない場合でも、労働時間以外の負荷要因で、労災認定を受ける可能性が出てくるため、労働時間の把握と合わせて不規則な勤務や深夜勤務が続いていないか等も確認する必要があります。
労働時間以外の負荷要因の中で、「休日のない連続勤務」及び「勤務間インターバルが短い勤務」については、「勤務時間の不規則性」に新たに追加されました。
休日が十分確保されている場合は、疲労回復や回復傾向が示されおり、連続勤務とならないような休日の確保が必要です。
「勤務間インターバル」は、勤務終了後、一定時間以上の「休息時間」を設けることで、生活時間や睡眠時間を確保するものです。
職種・業種等の特性に留意する必要はあるものの、労働者が日々働くにあたり、必ず一定の休息時間を取れるようにするために、日々勤務間インターバルが11時間以上確保されていることが重要なポイントとなります。
また、新たに追加された「身体的負荷を伴う業務」についても、注意が必要です。
例えば、事務職の労働者が日常業務と質的に著しく異なる激しい肉体労働を行うことにより、日々の業務を超える身体的、肉体的負荷を受けた場合、「身体的負荷」という観点で、負荷要因と評価される可能性が高いです。
著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるには、業務量、業務内容及び作業環境等を考慮し、同僚等にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるかどうかという観点から、客観的かつ総合的に判断することとされています。
これまでよりタイムリーに、労働時間だけでなく、労働時間以外の負荷についても把握する必要があるでしょう。