人材育成

サムスン強さの秘訣 採用・選抜・育成の仕組み

後発企業でありながら、今や多くの分野で日本企業を凌駕しグローバル企業となったサムスン電子。その強さの源泉となっているのが「人材力」だ。サムスンの人材力を高めている採用・選抜・育成の仕組みを取材した(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

新卒就職志願者は上半期だけで5万人超

サムスングループは創業以来「合理追求、人材第一、事業報国」を経営理念に掲げる。とくに1990年代以降、2代目オーナーのイ・ゴンヒ会長は「企業が人材育成をしないのは一種の罪悪である」と述べ、人材育成の強化を図ってきた。

グループの中核企業であるサムスン電子は電機業界では後発企業に属する。韓国内ではLG電子の後塵を拝し、日本のソニー、パナソニック、日立、東芝といった技術力に優れたライバル企業を持ち前の営業力で果敢に挑戦し、躍進を遂げた最大の理由は「人材力」にあるとの自負がある。

サムスンの人材競争力の源泉は大学生の採用から始まる。サムスングループの就職志願者は上半期だけでも例年5万人を超える。それに対して採用予定数は4500人だ。韓国企業の中でも断トツの人気を誇り、全国の大学のトップクラスの優秀人材が応募し、名門ソウル大学の学生でも10人に1人しか入れないと言われるほどの超狭き門だ。

国内の大学生に限らず、2012年上半期は33カ国で学ぶ韓国国籍の3300人の留学生と47カ国の700人の外国人が応募した。

新入社員のTOEIC平均点は900点以上

選考では日本企業は人柄など定性的な価値に重きを置くが、サムスンは定量的指標を重視する。その典型はグローバル化には必須の英語力だ。入社を志望する学生は英語会話能力に関する成績証明書を提出する必要がある。

具体的にはTOEICのスピーキングスコアもしくはOPIC(全米外国語教育協会の会話能力試験)の成績だ。TOEICのスピーキングスコアは8ランクあるが、事務系職種は6以上(通常のTOEIC換算で700点)、技術系職種は5以上(620点)をクリアしなければならない。

ただし、この点数は最低ラインであり、新入社員の平均点は900点以上とハイレベルだ。その他にGPA(グレード・ポイント・アベレージ)と呼ぶ大学の成績評価指標が一定以上あることが求められる。

こうした書類選考に加えて、SSAT(SamSung Aptitude Test)と呼ぶサムスングループ独自の職務適性評価試験がある。500点満点であり、韓国語ないしは英語で受験する。

内容は数学、英語、国語などに関する一般常識問題と小論文で構成され、試験時間は約3時間。筆記試験で採用数の3分の1に絞り込まれる。そのため韓国ではSSAT対策の就職塾が繁盛し、書店には参考書も売られているほどだ。

通常のコース以外にも優秀な人材を発掘するための多様な採用戦略も展開している。1つはインターシップ(就業体験)による採用。日本企業のインターシップといえば、せいぜい1~2週間程度であるが、サムスンは09年から9週間コースと技術系の16週間コースの2つを実施している。

しかも単なる職場の雰囲気を知る就業体験ではなく、期間中に学生に実務に関する課題を与えて成果を競わせる試験も実施している。サムスンの採用事情に詳しい韓国人コンサルタントは「実務的訓練を行った後で、コンペで競争させて、その中で1位や2位を獲得した学生を採用している」と語る。

世界13カ所に研修施設 教育予算は年間60億円

サムスンの人材育成の中心的役割を担うのが「人力開発院」だ。ソウル近郊にあるグループ教育の中心である研修施設「創造館」の運営をはじめ、世界13カ所に研修施設を持つ。

人力開発院のミッションは会社が追求する経営価値をビジネスの現場に移植し、双方の一致を図ることであり、具体的には教育を施すだけではなく、役員・経営者が蓄積したノウハウを伝達し、経営価値を高めることを狙っている。

創造館では新入社員をはじめ中堅幹部や役員・社長に至るまでのあらゆる階層の教育を実施し、目指す人材に育て上げるための重層的かつ多様な教育メニューを用意している。年間予算約60億円を費やし、延べ約4万人の社員が学習する。

サムスンの人材育成体系は大きく3つの体系で構成されている。一つはサムスンの経営哲学価値観を修得するSVP(Samsung Shared Value Program)と呼ぶ教育プログラムだ。新入社員研修だけではなく、上位のマネジャー、GM(ゼネラルマネジャー)、役員のエグゼクティブクラスを対象にしたプログラムも用意されている。

2番目が次世代リーダーの育成を目指したSLP(Samsung Business Leader Program)だ。階層別に選抜された人材を対象にサムスン流のMBA教育を実施する。

目的はサムスングループの経営理念や価値を階層別に浸透させること、もう一つはリーダーシップとマネジメント力の向上だ。プログラムには、例えば、課長クラスは役員養成プログラム、GMクラスは専務・副社長の高位経営者プログラム、役員は経営者養成プログラムが用意されている。

グループから人材を選抜し、「核心人材」として養成、配置する

SLPの受講者はサムスングループの26社から選抜された人事評価の上位5~10%の社員が対象になる。それらを「核心人材」と呼ぶが、選抜と養成だけではなく、その後の検証・抜擢といった配置とも連動している。

人力開発院の担当者は「SLPでは3つの点を重視している。1番目はグループ企業の階層別の核心人材を集めて、グループの価値観を共有すること。2番目はグループの経営戦略を共有し、それに必要なリーダーシップを身につけること。3番目はグループ企業間のネットワーキングの機会を与えることだ」と語る。

階層別研修では、例えば核心部長のGMを対象にした養成コースは2~ 3年目のGMから選抜された250人を対象に16週間にわたって実施される。期間中にリーダーシップやグローバルビジネスマネジメント能力、事業部門ごとの問題解決能力を徹底的に鍛え上げる。

さらに上級役員(常務クラス)研修では就任3~5年目の人から年間55人を選抜。4週間の合宿研修を年2回実施している。ここではより実践的なグローバル経営課題の解決に向けたアクションラーニングによる訓練が実施。研修を通じて戦略的思考能力を持つグローバルリーダーを養成することを狙っている。

また、CEOを目指す専務・副社長研修では15人を選抜。合宿形式の研修を年間3回実施している。

グローバル市場での強さを支える「地域専門家」

グローバルリーダー人材の養成を目指した教育がSGP(Samsung Global Expert Program)と呼ばれるものだ。この中には特定地域の専門家を養成する「地域専門家」コース、海外法人のマネジャー養成コース、海外法人の経営幹部養成コースなどのグローバルリーダー研修のほか、語学研修コースなどが用意されている。

グローバルリーダー教育(海外核心人材養成教育)は、マネジャーレベル、グローバルダイレクター、GMレベルの3つの課程に分かれている。教育メニューは一定ではなく「グループ企業の要請に応じた海外教育を実施し、全世界の文化やビジネスの特性の違いを踏まえたコンテンツを開発するのが重要なポイントだと考えている」(人力開発院担当者)

グローバル人材の育成プログラムの中でも、最も国内外の企業から注目されているのが国・地域のプロである「地域専門家」養成コース(Regional Specialist Course)だ。 グローバル市場でのサムスンの強さの秘密は営業・マーケティング力にあると言われる。それを支えているのが販売するだけではなく、地域の声や市場のニーズを吸い上げ、商品化提案まで行うほどの強固なネットワークの基盤を築いているのが地域専門家たちだ。

養成プログラムの受講者は入社4年目以降から課長クラスまでの社員から選抜される。3カ月間の外国語研修を受けた後、特定の国・地域に1年間派遣される。一言で言えば、1年間、特定の国に社員を放り出す“武者修行”である。派遣先は自らの希望だけではなく、会社の攻略拠点などのニーズによって決定される。

現地法人に頼らず、文化・習慣を学ぶ修羅場の経験

日本企業の場合、現地法人に駐在するトレイニーとして業務を学ばせるやり方が多いが、サムスンの場合は業務を行うことはなく、現地の人との交流を通じて文化や習慣を徹底的に学ぶ。

1年間の研修中は基本的に自由行動であるが、語学学校を探したり、活動する上での現地の人脈の紹介などに関しては現地法人を頼ってはいけないというルールが敷かれている。そのためゼロから人脈も築いていかなくてはならない。当然、現地の人々とうち溶けて交流するには語学力は必須だ。ある程度英語ができるといっても赴任先は英語圏ばかりではない。

サムスン電子の経営顧問を務めたソウル大学国際大学院の金顕哲教授は「多くの企業では英語圏への派遣は英語ができる人間、中国には中国語ができる人間を派遣するが、それでは本当の人材は育たない。地域専門家養成コースは、語学力に関係なく、韓国内で優秀な成績を上げ、なおかつやる気のある人材を現地で生活させることに意味がある。そこで語学を修得し、現地の生活や文化に溶け込ませることが最大の狙いだ」と指摘する。

この研修制度は1990年にスタートしたが、派遣者も年々増加し、2012年まで累計派遣者数は4699人。北米、欧州はもちろん、東南アジア、ラテンアメリカ、東欧、中東、アフリカをはじめ中国、インド、ロシアなどサムスンが覇権を争う攻略市場に大量に送り込んでいる。派遣者は年々増加しており、2012年は285人が世界各国に派遣されている。

1年間の海外生活を通して現地の文化をはじめ異分野の知識と情報、そして独自の人脈を築いて帰国する。帰国後は、現地法人の駐在員として再び現地に派遣される可能性が極めて高い。赴任後は、1年間の経験をベースに地域専門家としてさらに磨きをかける。

1年間で知らない言語を覚えるだけでも大変だが、知人もいない場所で現地の人と交流しなければならない。言語や文化・習慣も異なる見知らぬ土地に単身で暮らすという“修羅場の経験”を通して、ビジネスを超えた異文化対応能力を磨くサムスン独自の人材育成法といえる。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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