組織・人事

【迷走するガバナンス改革】オリンパスの教訓は生かされるのか、長期間にわたるワンマン体制で経営の監視機能が低下

オリンパスの粉飾決算事件と大王製紙事件による企業統治の欠如は、改めて日本企業のガバナンス改革の必要性を明らかにした。しかし、企業統治制度の見直しは依然として迷走したままだ。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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法制審議会「中間試案」は社外取締役を義務づけ

コーポレート・ガバナンス(企業統治)改革の一環として「社外取締役」の導入を義務づける会社法の見直し作業が法務省の法制審議会で行われている。いうまでもなくその背景には菊川剛前社長ら旧経営陣3人を含む7人が逮捕されたオリンパスの粉飾決算事件や大王製紙事件に象徴される企業統治の欠如がある。

昨年12月に法制審議会が出した「中間試案」では、現行の監査役会設置会社および有価証券報告書提出会社に1人以上の社外取締役の選任を義務づける案を示している。また、社外取締役および社外監査役の要件についても欧米企業並みの「独立取締役」の選任を提示している。要件は以下の3つである。

 ①親会社の取締役もしくは執行役または支配人その他の使用人でないものであること。
 ②取締役もしくは執行役または支配人その他の使用人の配偶者または2親等内の血族もしくは姻族でないものであること。
 ③重要な取引先の関係者でないものであること。 要するに、親会社や近親者、取引先などの利害関係者ではない独立した社外取締役や社外監査役の選任を義務づけしようというものだ。法務省はこの試案に対するパブリックコメントを求めていたが、経済界のほとんどが反対の意向を示している。

経団連は“個人の資質や倫理観の問題”と反論

経済同友会は上場企業では社外取締役を少なくとも1人導入するべきであるとして趣旨には賛成する。

しかし、自社に適切なガバナンス体制を経営者自ら判断し、変化の激しい時代には、柔軟性に欠ける法律による規制は最小限にすることが妥当だとし、会社法での義務づけに反対している。何らかの公的ルールで義務づけるのであれば、株式市場の上場規則で検討するべきであるとしている。

一方、日本経団連は会社法での規制に限らず、社外取締役選任義務や要件の厳格化に真っ向から反対する。1月に出したパブリックコメントでは以下のように述べている。

「経営の適正な監督を行うことができるか否かは、社外取締役であるといった形式的な属性ではなく、個々人の資質や倫理観といった実質により決まる。また監督を行うにあたっては、専門的な経営判断の妥当性を見極める必要があるが、社外取締役であれば常にそうした能力を備えているとは限らない」

個人の資質や倫理観と言われれば、確かにオリンパス事件を見ればその通りかもしれない。

また、日本経団連の担当者は「社外取締役を入れるにしてもオリンパスのように社外取締役がいても機能しなかった。現行の監査役は強い権限と独立性を持つうえに社外監査役の選任義務があり、半数以上の社外からの目線が入ることになり、現行制度で十分だ」と指摘する。

当然ながら要件の厳格化にも反対する。親会社が子会社の社外取締役になることについては「子会社の株主であり、一般株主を代表するのと同じように子会社の企業価値向上のインセンティブを共有し、業務内容などの知識や経験もある。また、使用人の近親者を排除することになれば合併した時などに相手の会社のパートを含む従業員に社外取締役の親戚がいる可能性も高い」(日本経団連担当者)と反対する。

外部の人間から経営に口を挟まれたくないのが本音?

経済界に共通するもう一つの反対の根拠となっているのが社外取締役・監査役の人材確保が難しくなるという理由である。確かに現状では複数の会社の社外取締役を務めている人も多い。だが、この理由に疑問を呈する声も多い。

「日本では独立取締役に経営に対するアドバイスなどコンサルタント的要素を求める傾向があるが、それは世界の常識からずれている。独立取締役の仕事は、極論を言えばトップに経営が無理だとなれば、辞めていただくように進言するのが大きな役割だ。一般的に良識のある人であればできるし、少なくとも3000社を超える上場企業を退任した経営者なら務まるはずだ。複数の取締役を入れるなら、退任した経営者に加えて弁護士や大学の先生で十分に賄えるだろう」(日本取締役協会)

また、早稲田大学商学研究科の久保克行教授(企業統治論)も「社長や副社長を務めた人は経験も豊富であり、役割を十分に果たせると思うし、潜在的に誰もいないということはない。世間の常識との乖離をチェックするという観点では、逆に業務に精通し、業界に染まっていない人のほうがよい」と指摘する。

じつは会社法の見直しに反対する経済界の本音は「外部の人間から会社の経営に余計な口を挟まれたくない」からという指摘もある。

上場企業の社外監査役の経験がある経営コンサルタントは「社外取締役を置いている企業でも社長や会長の同窓生やゴルフ仲間などの知人や友人が圧倒的に多い。つまり、会社の経営に異議を唱える監視役ではなく、気心が知れた人に事業や経営のアドバイスをしてくれることを求めている」と語る。

現在、上場企業で社外取締役を入れているところは半数にすぎない。導入していない企業の経営者の中には「社外取締役を入れなくても会社のパフォーマンスがよく、配当さえきちんとしていれば外国人投資家も文句は言わない。余計なコストをかけてまで経営に口出しする部外者は必要ないという経営者も多い」(経済団体関係者)という実態もある。

オリンパスや大王製紙は「特殊な事例」か

また、見直しの契機になったオリンパス事件や大王製紙事件については「特殊な事例」と決めつけている点も共通している。例えば、経済同友会は意見書で「今回のような不祥事の起こる風土が、日本企業全体に蔓延しているとも思えない。ごく一部の違法・脱法行為者の事例」と述べている。

だが、はたしてそうだろうか。オリンパス事件については同社の第三者委員会が調査報告書(2011年12月6日)を出している。不祥事の原因として経営トップの隠蔽体質や企業風土・意識に関する問題も指摘されるなどじつに興味深い内容である。

とくに経営トップによる隠蔽体質については「トップ主導により、これを取り巻く一部の幹部によって秘密裡に行われたものである。オリンパスにおいては、このような会社トップや幹部職員によって不正が行われることを想定したリスク管理体制がとられておらず、これらに対する監視機能が働かなかった。経営中心部分が腐っており、その周辺部分も汚染され、悪い意味でのサラリーマン根性の集大成ともいうべき状態であった」と痛烈に批判している。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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