迫り来る社員の介護離職リスク

企業にとって中高年社員の「介護離職」リスクが現実の問題となりつつある。事業の正否に関与し、職場のマネジメントでも重要な役割を果たしている社員の離職が経営に与えるインパクトは計り知れない。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

日本人材ニュース

ダイヤ高齢社会研究財団が上場企業15社の社員4320人に対して行った調査(「超高齢社会における従業員の働き方と企業の対応に関する調査」2014年3月、以下上場企業調査)で、中高年社員の「介護離職」リスクの実態が明らかにされている。

夫婦の両親4人(単身者は2人)を対象に介護が必要な人数を1人以上抱えている割合は「56~60歳」層が最も高く23.5%。ほぼ4人の1人の割合だ。次いで「51~55歳」が21.3 %、「46~50歳」が15.8%である。

これに近々介護が必要となる可能性がある親を加えると「51~55歳」が最も高く51.4%と半分を超える。「46~50歳」も42.7%。2人以上の複数の介護の可能性があるとする「51~55歳」も28.6%に上る。2人に1人が介護リスクを抱えていることになる。

この年代はいうまでもなく管理職世代だ。課長・部長職の平均年齢が45~55歳に集中している企業も多い。会社の中核人材として事業の正否に関与し、部下の指導・育成などのマネジメントでも重要な役割を果たしている。

30代が中心のイクメン世代と違い、介護休職などで職場を離脱すれば代替要員もおらず、経営上の損失も大きい。さらに怖いのが介護による離職者の増加だ。 両親が重度の要介護状態になった場合、離職の可能性が大きいと回答した人が11.4%もいる。男女別の内訳では男性7.1%であるが、女性は26.3%と高い。

自分が介護をしなければならないと自覚している女性が多いということだろう。加えて被介護者との住居の距離(同居、近居、遠居)による離職の可能性の違いは注目に値する。離職可能性が最も高いのは「同居」(26.6%)で、近居(14.6%)、遠居(11.9%)をはるかに上回る。しかも男女別では、「同居」の女性が離職する可能性が大きいと回答したのは43.8%、男性は19.4%である。女性の半分近くが離職するかもしれないのだ。

一般的に両親と同居している女性は親の助けを借りて、出産・育児と仕事の両立がしやすいといわれるが、皮肉なことに同居している女性ほど介護離職が高まる結果になっている。せっかく育児との両立リスクを乗り越えた女性が再び介護と仕事の両立で離職の危機に直面することになる。

現在、2020年の女性の管理職比率30%の政府目標の達成に向けて各企業は女性社員の活用を積極的に推進している。仮に大多数の女性が管理職に昇進しても、離職の危機が待ち受けていることになる。

個別企業でも総合商社の丸紅が40代・50代の社員に実施した調査(2011年)では「現在介護中」と回答した社員が11%。このうち80%が「主たる介護者」だという。さらに今後5年以内に介護をする可能性があると回答した社員は84%に上り、うち96%が「将来直面する介護に何らかの不安をもっている」と答えている。

この数字に危機感を抱いた同社は現在、介護支援策の充実を図っている。最大の理由は社員約3000人のうち800人強を占める海外駐在員が介護で異動できなくなるという経営上のリスクと直結しているからだ。

同社の人事担当者は「被介護者を抱える世代は海外の主要な役割を果たす社員が多い。介護に対する不安から海外の人事異動を躊躇してしまうことは会社にとっても大きな問題であり、社員の介護問題は経営にも影響すると」と語る。

もちろん離職リスクは同居世帯に限らない。遠距離介護の世帯にとっても同じだ。 現在の大企業の50代の世帯は専業主婦が多いので妻が介護の中心になれる。しかし、30代、40代になるとフルタイムの共働き世帯が多く、いずれ介護適齢期を迎える。兄妹が少ない中で双方がそれぞれの両親の介護をせざるを得なくなり、近くに呼び寄せることになれば同居と同じリスクを抱えることになる。

仮に妻が介護を担うにしても夫も無傷ではいられない。1人を介護するのに家族と介護のプロをあわせ、4人の手が必要という専門家の意見もある。夫も介護に向き合わざるを得なくなり、心身が消耗することになる。メンタルヘルスの不調や身体の健康を害することになれば、会社の仕事も十全に果たすことはできなくなる。

また、将来的には近年の晩婚化や未婚率の上昇も介護リスクを高める。子供の教育期間と親の介護期間が重なり、公的介護施設に入れず、高額の介護施設に入れようものなら教育費と介護費用のダブルパンチに見舞われる。独身者は自分が主たる介護者になるしかなく、親の介護から逃げることはできない。

一方、介護に対する国・企業の支援体制は十分とは言えない。法定の介護休業制度は要介護状態の対象家族1人につき93日まで取得でき、休業中は雇用保険から給与の40%の介護休業給付金が支給される。そのほかに年間5日の介護休暇制度がある。

上場企業調査では介護のために利用した介護休暇の取得者は5.5%、介護休業に至っては0.6%。介護者の90%以上が年次有給休暇を利用していると答えている。なぜ介護休業制度を利用しないのかについて、ある不動産会社の人事課長は「親の介護をしていることが周囲に知られ、キャリアに響くことを恐れて言い出しにくいのではないか」と推測する。50歳過ぎの管理職にとっては、会社に知られることで部長や役員など幹部になるチャンスを逃したくないという思いもあるかもしれない。

また、ある社会保険労務士は制度を利用しない理由について「介護休業を今使ってしまうと、本格的な介護が必要になったらどうするのかという不安がある。93日は短すぎる」と法の不備を指摘する。現在、国や企業はもっぱら仕事と育児の両立や女性の活躍支援などの施策の充実に注力している。介護支援に熱心な先進的な企業でも取り組み始めたのはこの3 ~ 4年にすぎない。迫り来る社員の介護離職のリスクにどう対応していくのか。喫緊の課題である。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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