他人事ではない!20代後半から30代に迫る「育児」と「介護」のダブルケアの危機

社会的に大きな問題となっている育児と介護。結婚前の若い世代にとってはまだピンとこないかもしれないが、じつは、これから最も深刻な事態に直面するのが20代から30代前半の世代なのだ。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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保育に関しては共働き世帯の増加に伴い、子どもを預ける保育園の待機児童の解消が社会問題になっている。政治家はこぞって選挙の公約に掲げ、国や自治体も施設の大幅な拡充を宣言している。

しかし、待機児童解消の裏で担い手となる保育士は劣悪な労働環境下に置かれている。保育園の保育士の数は約41万人だが、転職者を含めて毎年4万9000人が就職し、約3万3000人が離職している。離職率は10.3%。民営保育所に限定すると12.0%にのぼる。理由の1つは給与の低さだ。

厚生労働省の調査(2014年)では保育士(女性)の20~24歳の現金給与額は18万5100円。年間賞与等が35万2500円。年収換算で257万3700円。30~34歳でも年収は約306万円。40~44歳でも約352万円と、年齢を重ねても大きく上がることはなく、一般勤労者よりも少ない。

保育士専門の人材紹介業のコンサルタントは「首都圏でも基本給や資格手当など諸手当を含めて18~19万円というのは珍しくない。地方から出てきた一人暮らしの人が都内に部屋を借り、水道光熱費や食費、それに携帯代金など生活に必要な費用を差し引くと、自由に使えるお金がほとんど残らない」と語る。

加えて出勤時間が早く、長時間労働を強いられている。東京都内の区立保育園の園長は「開所時間が朝の7時の場合、子どもたちが来る前に出勤しなければならないが、その時間分の朝方残業代が支払われていない保育園も多い。

しかも夜は延長保育で帰宅が遅くなり、長時間労働は深刻」と語る。これでは子どもが好きでせっかく保育士になっても、辛くて辞めたいと思っても無理はない。にもかかわらず政府は希望出生率1.8実現を掲げ、施設の拡充を声高に叫んでいる。

出生率1.8の根拠は、独身女性の約9割が結婚したいという調査を前提に、夫婦の希望子ども数2人以上から試算した数字。しかし1.8を最後に超えたのは1984年。1985年の30~34歳の女性の未婚率は10.4%で、2010年の34.5%より低い。専業主婦世帯は952万世帯から720万世帯に減少。共働き世帯が1077万世帯と逆転し、現在とは環境も大きく異なる。

だが、政府は女性の仕事継続と出産の両方を狙っている。そのため1・2歳児の保育利用率を2015年の38.1%から2018年に60%程度に引き上げ、受入枠の50万人増加する待機児童解消加速化プランを推進している。

しかし、仮に1.8を達成すると生まれる子ども現在の年間100万人から30万人程度増える。0歳から5歳時までの数は合計180万人。そのうち60%が保育園を利用するとしても108万人。受入枠を50万人に拡大しても大幅に不足することになる。

もちろん不足するのは施設だけではなく、保育士も同じだ。保育士も20~30代前半の女性が圧倒的に多く、彼女たちも結婚・出産適齢期に入っている人も多い。施設拡充による労働過多によるしわ寄せで、子どもを産みたくても産めないという矛盾も発生している。待機児童解消だけで単純に出生率1.8の実現と就業継続を狙う計画自体が破綻していると言わざるをえない。

保育園と保育士の関係と同じように介護の世界も深刻だ。団塊の世代が75歳以上になる2025年に厚労省は介護人材が約38万人不足すると推定している。にもかかわらず政府は2020年に「介護離職ゼロ実現」を目指すとしている。

今も介護施設は完成しても職員の不足でオープンできないところも多い。政府は老人ホームに入れない「待機高齢者の解消」を目指しているが「開設当初に必要職員数が不足し、ユニットの一部分をオープンできない東京都の施設もある。

千葉県の施設は職員不足で半分のみオープンし、その後に人員を補充するなど、介護人材の確保が難しくなっている」(厚労省担当者)のが実状だ。職員不足の背景には保育士と同じように一般勤労者の平均よりも10万円程度低い賃金や過重労働がある。親を介護施設に入れられなければ自ら介護するしかなくなる。その結果、介護と仕事を両立できずに会社を辞める社員が今後は増えると見込まれている。

ダイヤ高齢社会研究財団の調査では「現在介護が必要な人数」が1人以上いる割合が最も高いのが「56~60歳」の層で23.5%。「51~55歳」で21.3%。いずれも4人1人、5人に1人の割合である。さらに将来介護が必要になる可能性があるのは「51~55歳」で51.4%、「46~50歳」で42.6%とほぼ2人に1人の割合だ。

「51~55歳」では2人以上の複数の要介護者の可能性がある人の割合は28.6%と高い。また、男性の7.1%、女性の26.3%が介護で離職する可能性があると答えている。この数字は現在から5年ぐらいに発生するリスクであるが、10年後の2025年以降はもっと悲惨な状況になる可能性もある。なぜならこれまでは夫の親が要介護者になると、妻はパートを辞めて介護の主たる担い手になることが可能だった。

しかし、今の30代はフルタイマーの夫婦も多い。働き方や夫婦の形が変わる中で夫が主たる介護の担い手になり、両立できずに離職するケースも増えてくるだろう。しかも20~30代前半は少子化で一人っ子世代が多い。未婚のままだと当然1人で両親の介護をしなければならなくなる。結婚しても長男・長女同士なので2人で4人の親の介護に直面することになる。

また、共働きの世帯は子どもの面倒を親に見てもらうことで就業を継続している人も少なくない。しかし、親が要介護者になったら、出産・育児でお世話になったから介護をしてあげたいと思う人もいるはずだ。そうなると、働きたくてもどちらかが離職せざるをえない状況に追い込まれることになる。

さらに悲惨なのが育児と介護のダブルケア。晩婚・晩産化の中で育児と親の介護が重なるケースも近年増えているが、今後ダブルケアは益々増加すると見込まれる。保育園と介護施設とその担い手不足の影響は、今の若い人たちに体力的・経済的にも大きな打撃を与える可能性があるのだ。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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