組織・人事

定時に帰る仕事のやり方~デビッド・アレン氏の「仕事の整理術」に学ぶ

なぜ日本人の長時間労働はなくならないのか。官民を挙げた「働き方改革」が叫ばれ、政府は長時間残業の取り締まりや上限規制を検討し、企業も残業規制策を強化しつつある。だが、残業を減らすといっても簡単ではない。組織のあり方や上司の仕事の与え方など職場の業務効率の改善だけではなく、社員個々の仕事のやり方も厳しく問われることになるだろう。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

働き方

「フォーチュン100」企業の40%が導入する「仕事の整理術」

どうすれば自分にマッチした効率的な働き方ができるのか。その1つが「仕事の整理術」を編み出した生産性研究の世界的権威であるデビッド・アレン氏のGTD(R)(Getting Things Done)だ。

GTDの手法はアメリカの「フォーチュン100」に名を連ねる企業の40%が導入し、著名企業の経営者が実践していることで知られる。

また、NASAの第一線のエンジニアやプロジェクトマネージャーが毎年100人近く受講し、日本企業でも研修に取り入れる企業も増えている。日本でも本が出版され、ビジネスパーソンの間でも人気を集めている。

ポイントは「意志決定」

来日したアレン氏にGTDを生み出したきっかけについて聞くと「やるべきことも多く抱えている中で、仕事に集中するには戦略的にわざと脳の中に余計なものや邪魔者が入らない空っぽの状態をつくりだすことが大事だと気づき、頭の中をすっきりさせるテクニックがあるのではないかと探求し始めた」ことだったという。そのポイントは「意志決定」にあると言う。

「私のメソッドは頭に入ってくる情報の量は多くても、自分にとって一番大事なものについて、これは捨てる、これは残すという具合に見極めてどのように分類していくかという一見簡単なものです。ただし、自分の認知力などすべてを活用して立ち向かうことが求められますし、意志決定する力が重要です。単なる整理術だけを求めると整理していないファイルが残り、結果的にストレスから解放されないことになります」

①把握する②見極める③整理する④更新する⑤選択する

では具体的にどういう仕組みなのか。そのポイント①把握する②見極める③整理する④更新する⑤選択する―という5つのステップを踏むことだ。

初心者にとってとくに肝になるのが最初の把握することと見極める手法だ。課題を把握することぐらいやっているよ、という人もいるかもしれないが、多くの人は目先の仕事やデスクの前に置かれた書類程度に限られる。だが、GTDは頭や心の隅に引っかかっている新たに発生する仕事、「気になること」などごく些細なことまですべてを集めることから始まる。

デスクの上または仕事のメール、やりかけのまま残っていることや実行しようと思っていても手を付けていないこと、何とかしないといけないという頭の中に溜まっているアイデアやもやもやとしたイメージをメモ用紙に書いて、頭の中にあるものを全部外に吐き出すことだ。

「見極める」とは、集めた「気になること」が何を意味しているかを自分で考え、行動する必要があるのかどうか、どのように行動するかを判断する。具体的には行動を起こす必要のないものは①捨てる・削除する、②資料として保存する、③今やる必要はないが、いつかやる必要が出てくるかもしれないものは「保留する」―の3つに分類する。

そして残った「行動を起こす必要があるもの」について、①2分以内で終わるものはすぐやる②誰かに任せる③後でやる(2分以上かかり、自分でやるべきこと)―の3つに区分する。

行動をリスト化するという連続作業を自分の中で習慣化

後でやるべきことの中にはどのように行動してよいのかわからないものもある。それを明確化するには①求めている結果とは何かをイメージし、②次にとるべき具体的な行動とは何かについて、複数の段階に分けてやるべき行動を「見える化」することだ。

気になることを把握し、見極める作業を進めると、仕事の完了に向けた「次にとるべき行動リスト」が出来上がる。そして行動できるように整理し、やるべき行動リストを定期的に確認し、新たに追加するなど「更新」し、実行していく。

この場合に大事なのは、気になるすべての情報を集めて、これは何?行動を起こす必要があるのか、次にとるべき行動は何かを常に考え、とるべき行動をリスト化するという連続作業を自分の中で習慣化することだ。そうすればゆとりをもって効率的に仕事をこなすことができるようになるという。

2分間でメソッドの価値を体験できる

アレン氏は初心者に向けて「2分間でこのメソッドの価値を体験できます。まず紙とペンを用意し、自分の頭に浮かぶ気になることを10個書き出してください。次に起こすべき行動とは何かを書いてみます。それだけで物事を自分でコントロールできているという感覚が芽生え、今、優先すべき大事なことに集中できるなと思うでしょう。浮かんでくるのに行動できないというギャップも当然あります。それを把握して、しっかりと見極めて分類する。これはここに入れておこうという場所を決めることで、頭に浮かんだもやもやとしたものが必ず整理されるはずです」

たとえば先送りにしていた「新規顧客向けの提案書をまとめる」ことを実現するための第一歩として「ネットで業界情報を集める」という行動を設定する。そうすれば動きやすくなる。実際にやるべき行動を目に見える形にすることで「これらを終わらせてしまいたいという前向きな気持ちが沸いてくる」という経験者も多い。

GTDの一連のやり方を自分で理解し、実践するには2日ぐらいかかり、さらに自分に囁いてくる何かをコントロールし、整理してアイデアを生かしていく意識的な努力をすることができるまで習慣化できるようになるには1年ぐらいかかるという。

長時間働く人は戦略を立てて生産性を上げることはできない

GTDの手法は当然、日々の仕事の生産性の向上にも役立つ。

「本当にも生産性を上げたいと思うのであれば、GTDを使ってしっかりと仕事に向き合うような状態をつくることです。それによって必ず働く時間が短くなることにつながる。たとえば長時間働いて疲れ切っている女性がいました。彼女に『絶対に5時に帰りなさい、5時以降も働いていたらクビですよ』と忠告しました。そうすると彼女は戦略を立てて仕事に向き合うことで5時に仕事を終えて帰ることができるようになったのです。長時間働くような人は戦略を立てて生産性を上げることはできない。永遠に時間があると思っていると戦略を思いつくこともなく、ダラダラと仕事をしてしまうものです。限られた時間しかなければ戦略的に考えざるをえないのです」(アレン氏)

一見、単純な手法に見えるかもしれないが、その中身は合理的な「ワークフロー管理手法」ともいえるものだ。自分の仕事のスタイルを一度振り返り、どのようなやり方が自分にとって効率的なのか、試してみる価値はありそうだ。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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