組織・人事

男性の育休取得は進むのか?育児・介護休業法改正により大手企業に公表義務付け、旧態依然の意識や慣習を打破できるか

溝上憲文

溝上 憲文 人事ジャーナリスト
新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)など。

育児・介護休業法の改正は2022年4月1日から3段階で施行され、2段階目にあたる2022年10月の施行では「産後パパ育休(出生時育児休業)の創設」と「育児休業の分割取得」が可能となった。今回の法改正により男性の育休が促進されるのか、企業の取り組み状況も踏まえて解説する。(文・溝上憲文編集委員)

改正育児・介護休業法により、男性の育休取得は促進されるか

改正育児・介護休業法による男性の育児休業取得を促す出生後8週間以内に最大4週間の利用が可能な「産後パパ育休」制度が10月1日から始まった。

 改正育児・介護休業法のポイントは

①出生時育児休業制度の申出期限は2週間前までとし、分割して2回取得可能、また休業中の就業も認める
②申出をした労働者に対する個別の周知・意向確認措置の義務付け
③育児休業の分割取得(新制度を除き、2回まで取得可能)
④育児休業取得率の公表の義務付け(従業員1001人以上が対象)

――の4つだ。

新制度により男性の育休が促進されるのかがポイントだが、現状では育休取得率は低い。2019年10月から2020年9月末までの1年間に配偶者が出産した男性のうち、21年10月までに育児休業を取得した者の割合は13.97%。前回調査より1.32ポイント上昇したが、依然として低い(厚生労働省「令和3年度雇用均等基本調査」)。さらに育児休業の取得期間は「5日未満」が25.0%、「5日~2週間未満」26.5%と、2週間未満が5割を超える。女性の10カ月以上の取得者が8割を超えているのと対照的である。

国家公務員の男性育休取得率は62.9%と過去最高

一方、国家公務員の男性の育休取得率は進んでいる。

人事院の「仕事と家庭の両立支援制度の利用状況調査(令和3年度)」(2022年10月7日)によると、男性の育休取得率は2020年度の51.4%から21年度は62.9%と過去最高に達した。育児休業期間は「2週間以上1月以下」が50.0%、「1月以上3月以下」が17.9%と民間に比べて育休期間も長い。

実は改正育児・介護休業法に合わせて国家公務員の育児休業法も改正され、民間に先行して実施されたことも影響している。国家公務員の場合は「出生時育児休業制度」は設けず、現行の育児休業制度において子の出生後8週間以内に現行1回までの取得を2回までとし、同時に育児休業を現行の原則1回から2回取得可能にした。実質的には男性が出生後8週間以内と育児休業期間の計4回取得可能な点は一緒だが、公務員の場合は休業中の就業は認めない。

そのほか、公務員独自の制度として育児参加するための5日間の休暇があるが、これまで対象期間が産前と産後8週間までとされていたが、子が1歳に達する日までと期間を拡大した。人事院の調査では配偶者出産休暇と育児参加のための休暇を合わせて5日以上使用した職員の割合は21年度は過去最高の87.1%に達した。

大手企業は男性の育児休業取得率の開示義務化で取得進むか

民間企業の産後パパ育休制度による育休取得率の効果が出るのはこれからだが、大手企業では積極的な支援の動きも出ている。

大和証券グループ本社は、10月1日の制度施行に伴い、育児休職制度を拡充した。2023年1月から、子が生まれた男性社員に対し、2週間以上の育休の取得を必須とし、出生時育児休業、育児休職ともに2週間であった給与保証の期間を4週間とした。これまで男性育休取得のネックとなっていた収入減少を気にする必要もなくなる。さらに子が3歳になるまで無条件で育休取得を可能とした。

大企業のこうした動きの背景には一連の開示義務化がある。

1つは前述した男性の育児休業取得率が2023年4月から従業員1000人以上の企業の公表が義務化される。また、金融庁が育児休業取得率を有価証券報告書の開示項目としたことも大きい。さらには政府の「人的資本可視化指針」には「育児休暇等」を含むダイバーシティも情報開示の項目に含まれている。

一方、従業員1000人未満企業では男性の育休取得対応遅れる

ただし民間企業の男性育休取得率を高めるには日本企業の圧倒的多数を占める中小企業の動向が大きく影響する。ところが産後パパ育休などの対応はそれほど進んでいない。

日本商工会議所と東京商工会議所の「女性、外国人材の活躍に関する調査」結果(調査期間2022年7月19~8月10日、2880社)によると、制度の取り組み状況については「既に完了している(社内規定の整備、従業員への周知・啓発等)」企業が26.0%、「まだ対応は完了していないが、目途はついている」が23.1%。計49.1%が「対応済・目途がついている」と回答した。

一方、「改正の内容は把握しているが、対応できていない」(37.0%)、「改正の内容も把握していない」(12.0%)が、約半数だった。また、施行によって自社の育休取得が「増える」と回答した企業が38.6%、「変わらない」が40.1%だった。

男性育休取得率が向上しないのは「人手不足」「会社や社員の意識が低い」が原因

なぜ進まないのか。

男性の育休取得促進に関する課題について、最も多かったのは「専門業務や属人的な業務を担う社員の育休時に対応できる代替要員が社内にいない」(52.4%)だった。次いで「採用難や資金難で育休時の代替要員を外部から確保できない」が35.7%、「男性社員自身が育児休業の取得を望まない」が28.8%だった。育児休業の促進には社員への周知と理解も不可欠だが、14.2%の企業が「上司・同僚の理解が不足している」と回答している。

人手不足だけではなく、会社や男性社員の意識が低いという事情もうかがえる。

実際にエン・ジャパンの人事担当者に聞いた「改正育児・介護休業法実態調査」(2022年2月15日)によると、男性の育休取得実績の有無では従業員300人以上の企業は59%であるのに対し、300人未満は26%。実に70%の企業で取得した男性がいない。自由回答では「女性社員は、結婚・出産を機に仕事を辞めるもの、男性は育児に非協力が普通という考えを常識としている人が多い社内においては何をするのも難しい(不動産・建設関連/50~99人)という声もある。あるいは「国の方針とはいえ、日本の風習や慣習を大きく変えることであり、性急な感じが否めない。もう少し時間をかけて徐々に浸透させてほしいのが現場サイド意見である」(サービス関連業/300~999人)との声もある。

開示義務のない企業で、男性の育児休業取得は進むのか

いまだに“寿退社”推奨や性別役割分業意識がある会社もあれば、保守的風土も色濃く残っていることに驚く。こうした風土を改善し、男性育休を促進するには国の役割も大きい。

しかし男女別の育児休業取得率の開示義務は従業員1000人以上であり、多くの中小企業は開示義務から外れる。

サービス業の人事部長も「男性の育児休業取得率の開示義務の対象も従業員1000人以上の企業となっており、1000人以下の企業は公表義務がない。これだと全体として取得率が上がるとは思えない」と実効性に疑問を投げかける。旧態依然とした意識や慣習を持つ企業でどれだけ男性の育児休業取得が進むのか、はなはだ疑問だ。

制度の浸透と活用を促すにはきめ細かい政策実施が必要

今回の新制度は男性の育休取得を促す仕組みであり、取得を義務化していない。「育休取得はあくまで労働者の権利であって強制ではない」(厚生労働省)という趣旨だ。

実は国家公務員の男性に育休取得を促す取り組みは2020年4月から始まった。合計1カ月以上の取得を推奨し、なるべく1年以内かつ出生後8週間以内にまとめて取得すること勧める。面談で育休取得希望を把握し、育休取得計画書を作成するが、計画の作成などは上司の人事評価に反映される仕組みだ。その結果、前述したように取得率は過去最高になった。

産後パパ育休制度の実効性よってはもっとキメの細かい政策を実施すべきだろう。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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