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定額残業代の2つの有効要件とは? 最新の最高裁判決を踏まえた定額残業代の導入ポイントを弁護士が解説【前編】

弁護士・社労士が労働法や人事実務の話題をやさしく解説

定額残業代制とは、あらかじめ一定の割増賃金を毎月の給与額に含めて支払う仕組みのことで、取り入れる企業も増えています。
今回は定額残業代に関する最新の最高裁判決の概要と内容について、KKM法律事務所荒川正嗣弁護士に前編・後編に分けて解説してもらいます。本稿は前編です。(文:荒川正嗣弁護士、編集:日本人材ニュース編集部

はじめに

先日最高裁は、時間外労働等に関係なく、日々の業務内容等から賃金総額を決定しており、従前は、「通常の労働時間の賃金」(労基法37条1項)として支払っていた賃金(割増賃金の算定基礎となるもの)を大幅に削減し、定額残業代の一部として支給するようになった事案で、当該定額残業代の支払をもって、労基法37条の割増賃金を支払ったといえないとの判決を出しました(最判令5.3.11。判決文全文は以下のURLを参照)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/858/091858_hanrei.pdf

今回は、定額残業代の有効性に関するこれまでの議論を解説した上で、上記最高裁判決を概説・検討します。

定額残業代の有効要件

定額残業代の2つのタイプ

そもそもとして、定額残業代とは、定額の金額を、時間外、休日または深夜労働割増賃金に相当するものとして支払うものです。

定額残業代には①組込型と②手当型の2つのタイプがあります。

①組込型は、基本給に一定額を定額残業代として組み込むタイプです。
例えば、基本給30万円、うち5万円の時間外手当を含む/月45時間分といったタイプです。

②手当型は、基本給とは、別立ての手当で、定額残業代を支払うタイプです。
例えば、時間外手当のほか、営業手当、業績手当等の名称でも、時間外割増賃金に相当する手当として支払う場合もあります。

労基法37条は、労基法37条等(労基法37条、割増率に関する政令及び労基法規則19条)が定める方法で算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを使用者に義務付けているに留まるので、雇用契約に基づき、定額残業代を支払うことで、労基法37条の割増賃金を支払うことも可能です。

ただし、労基法37条の割増賃金の支払と認められるには、これまでの判例(最判平29.7.7‐医療法人社団健心会事件、最判平30.7.19‐日本ケミカル事件等)を踏まえると、2つの有効要件があるといえます(なお、問題の本質は、定額残業代の合意が認定できるかどうか、当該合意に関する契約内容の認定、解釈問題であるので、厳密には法律効果を発生させるための「要件」そのものとは異なりますが、便宜上、「有効要件」と表現します)。

定額残業代の有効要件1‐判別可能であること

有効要件の1つ目は判別可能であることであり、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金部分とを判別(明確に区分)できることです。

これは主に組込型の場合で問題になります。ただし、手当型の場合も、手当の中に通常の賃金部分が含まれている場合には、判別の可否が問題となります(例えば、営業手当に、「営業に係る業務に関する対価部分(通常の賃金)」と「定額残業代」が含まれているという場合)。

判別可能であることの意義について、前掲医療法人社団康心会事件最判では、判別可能であることは、定額残業代が、法定の計算式で算出した割増賃金を下回らないか(定額残業代により支払ったとできるか)を検討する前提として求められるとしています。
すなわち、「労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができるが必要」だということです。

判別可能であるといえるためには、何を、どこまで示す必要があるのでしょうか。

上記意義からすれば、少なくとも「定額残業代の金額」が示されていればよいといえます(類型別Ⅰ・189頁(佐々木宗啓ら編著『類型別 労働関係訴訟の実務 改訂版Ⅰ』(青林書院)、訴訟実務・132頁(白石哲編著『労働関係訴訟の実務 第2版』(商事法務)。
他方で、支給対象となる時間外労働等の「時間数」のみを明示することについてですが、「時間数」のみの明示であっても、所定労働時間数等を踏まえれば、定額残業代の金額を算出することは可能であるので、判別可能であるとの見解があります(須藤典明ら編著『労働時間事実認定重要判例50選』〔立花書房〕174頁)。訴訟実務・133頁も時間数から、定額残業代の金額を算定可能とするが、そのための計算式が労働者に周知されていない場合は、判別可能であるとはいえないとするのが相当である旨を述べています。

筆者としては、既述のとおり、定額残業代の金額を示しておけばそれで足り、時間数の明示まですることは不要だし、上記書籍の見解を踏まえると、あえて時間数のみを示すという方法は取らないのが無難だと考えます。

ただし、例えば就業規則などで基本給に時間外労働45時間分の時間外手当を含める旨とともに、金額は個別に示す旨を定めるというケースはあるかもしれません。この場合は、個別の契約書で、最低限、金額の明示をする必要があります。

定額残業代の有効要件2‐対価性

定額残業代の2つ目の有効要件は対価性です。

定額残業代として支給されるものが、時間外労働、休日労働、深夜労働のうち、対応する労働の対価としての性質を有することであり、定額残業代の支払が割増賃金の支払といえるために必要とされています。組込型、手当型のいずれでも求められますが、専ら手当型で問題になります。

薬剤師について、基本給46万1500円、業務手当10万1000円という規定になっていた前掲日本ケミカル事件最判では、「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。」とされています。

要するに、対価性の有無は契約解釈の問題だということです。

最高裁は、上記のとおり、
①雇用契約に係る契約書等の記載内容
②具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容
③労働者の実際の労働時間等の勤務状況など、
この3点を考慮して判断すべきとしました。

この判示については、諸事情を考慮して契約内容を判断するというのは、一般の契約内容を認定するにあたり、通常行われていることであり、①~③は対価性が認められるための必須の要件・要素として要求されているものではないと解されるとの指摘があります。
また、③に関して、実際の時間外労働等の時間と定額残業代との時間数の乖離も問題になるものの、契約内容の総合的判断の中でこの点のみが重要な事情になるとは考え難く、定額残業代の不必要な残業抑制の効果からすれば、実際の時間外労働等の時間が定額残業代の額に比べ過少であることが、対価性を否定する事情に当たるかは慎重な検討を要する旨も指摘されています(池原桃子『時の判例』ジュリスト1532号79頁)。

他方で、日本ケミカル事件最判は、定額残業代とされる手当の支払いによる割増賃金が支払われたといえるためには、原審が挙げた以下のような事情は、労基法37条等が必須のものとしているとは解されないとしました。

①定額(定額)残業代を上回る金額の時間外手当の発生を労働者が認識し、直ちに支払請求できる仕組みが備わっていること
②基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払いや長時間による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がないこと

最高裁は、対価性の有無はあくまで契約解釈によって定まるものであって、原審が挙げた事情のように、独立の要件を必要とするものではないことを明らかにしたものです(前掲池原「時の判例」)。

有効要件に関するその他論点1‐差額支払合意や差額支払の実績は必要か

「定額残業代の額」を「実際の時間外労働等の時間数に基づく割増賃金」が上回る場合は、労基法37条に基づき、差額の支払いが当然必要です。

かつては、この当然のことについて、差額支払合意または実績がないと、定額残業代は無効とする裁判例、見解がありました(最判平24.3.8テックジャパン事件の櫻井補足意見、東京地判平24.8.28‐アクティリンク事件等)。

しかし、法律上当然のことを、定額残業代の独立の有効要件と解する必要性はありません(山川隆一『歩合給制度と時間外・深夜労働における割増賃金支払義務』労働判例657号10頁、訴訟実務・117頁、類型別Ⅰ・190頁及び195頁。

なお最判昭63.7.14‐小里機材事件が、差額支払合意が有効要件である旨を述べた判例だと引用されることがあります。しかし、上記の旨は第一審判決の傍論で述べられたに過ぎず、その後の控訴審、最高裁でもその点については何ら言及されておらず、最高裁も高裁判決の主文の結論は是認できるとし、上告を棄却したに過ぎませんから、判例には当たりません)。

ただし、余計な争点の発生を防ぐためには、給与規程等では、差額支払の定めは置いておく方がよいでしょう。また、手当型の場合には、差額支払合意、実績があることは、対価性を補強する事情になると解されます。

有効要件に関するその他論点2‐定額残業代の対応労働時間数に上限はあるか

定額残業代に対応する労働時間数に上限はあるかという問題があります。

定額残業代に対応する労働時間数が長いことから、公序良俗違反(民法90条)を理由に、定額残業代の合意を無効等とする以下のような裁判例があります。

●札幌高判平24.10.19‐ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件(時間外95時間分)
●東京高判平30.10.4‐イクヌーザ事件(時間外80時間分)
●宇都宮地判令2.2.19‐木の花ホームほか1社事件(時間外約131時間分)

これらは、長時間の定額残業代の定めがそれだけの時間外労働を恒常的に予定するもの、またはその可能性があるものとの理解を前提に、脳・心臓疾患の労災認定基準である月80時間の時間外労働を継続させることが、公序良俗違反だとするものです。

また、公序良俗違反以外の理由で、定額残業代の支払で労基法37条の割増賃金の支払があったとは認められないとした以下の裁判例もあります。

●東京地判平24.10.16‐トレーダー愛事件
基本給14万円、成果給13万円という事案。基本給と定額残業代とされている成果給とがバランスを欠いており、所定と時間外とで労働内容は異ならないから、成果給中に基本給部分を含むと解されるが、判別可能であるといえないとした。
●東京高判平26.11.26‐マーケティングインフォメーションコミュニティ事件
基本給24.5万円、営業手当18万円という事案。営業手当は約100時間分の時間外労働等の対価となるが、法令の趣旨に反する恒常的な長時間労働を是認する趣旨で営業手当の支払が合意されてたとの事実を認定するのは困難とした。

他方で、対応時間数が80時間を超えていても、特に無効としない例として、東京高判平28.1.27‐コロワイドMD事件(時間外70時間分)、東京高判平31.2.28‐結婚式場運営会社A事件(時間外約87時間分)もあります。
後者の事件では、「本件の定額残業代の合意は時間外労働等があった場合に発生する時間外割増賃金等として支払う額を合意したもので、約87時間分の法定時間外労働を義務付けるものではない。」と述べています。
裁判官によって、公序良俗に反するかどうかの判断が異なるのでは、規範として成立しませんし、理屈の上では、上記結婚式場運営会社A事件が述べるところが正確です。

ただし、平成31年4月から時間外労働の上限規制(労基法36条3項ないし6項)が導入されたことから、限度時間(月45時間)等の上限規制上の時間を超えるものは無効かという論点が新たに生じ得るため、検討しておきます。

この点について、有効な三六協定が締結されていなくても、定額残業代の合意の有効性は否定されないとの考え方からすれば、上限規制を超える時間数の合意であることをもって直ちに定額残業代の合意が無効になるものではないという考え方もあり得るが、定額残業代の定めが月80時間近い時間外労働を恒常的に行わせることを予定したものといえ、現実の勤務状況もそれを裏付けるような場合は、無効となるとの見解があります(類型別Ⅰ・200頁)。

係る見解は、連続する月(2~6カ月)平均で時間外及び休日労働80時間以内という絶対的上限(労基法36条6項3号)があるが、使用者が、時間外80時間相当の定額残業代を支給していることをいいことに、労働時間管理をしっかり行わず、恒常的に月80時間近い時間外労働をさせている実態があり、したがって時間外80時間相当の定額残業代の定めが恒常的な長時間労働を予定し、その温床だと評価できると、使用者に上限規制を遵守する意識がないとし、当該定額残業代の定めは公序良俗違反であること等を理由に無効だとされる可能性もあるということだと解されます。

筆者としては、公序良俗違反等を理由に無効とすることには、理屈の面で疑問を感じますが、万一紛争化した場合や、事件を担当する裁判官の考え方次第で有効か無効かの判断が分かれ得ることを考えると、時間外労働の上限規制上の限度時間である月45時間以内としておくのが無難でしょう。
また、業務との関係で月45時間を超えるものにするならば、時間管理はきちんと行い、定額残業代を超える残業代が発生すれば超過分を支払うのは当然として、恒常的に長時間労働を予定していると評価されないよう、時間外労働等の削減、抑止のためにできる取り組み(例えば、長時間労働の原因把握の上で、その解消のための人員配置、増員、業務フローの見直しによる効率化、取引先との調整等)を継続的に行うことが重要だと考えられます。

チェックリストと鉛筆

定額残業代導入時の一般的留意点

ここまでで確認した定額残業代の有効要件を踏まえ、定額残業代導入時の一般的留意点を、以下のようにまとめました。

①判別可能性(明確区分性)、対価性を必ず満たすように定める。
②判別可能性(明確区分性)は最低限金額で定める。時間数のみでは無効と解されるリスクあり。
③対価性は就業規則、契約書等で割増賃金として支払うことを明示するほか、労働者にその旨をわかりやすく説明する(契約解釈の問題、説明した際の資料、記録も残す)。
④対価性の判断要素の一例である<労働者の実際の労働時間等の勤務状況>は踏まえた上で、定額残業代の対応時間数と金額を定める。
⑤単一の定額残業代で数種類の割増賃金を対象にする場合、定額残業代自体の金額、対象の割増賃金の種類を明記することは判別可能性(明確区分性)、対価性を示す上では必須。
⑥時間外労働月80時間超というような長時間に相当する設定は避ける。
⑦長時間の時間外労働相当分を設定するとしても、恒常的に長時間の時間外労働を行わさせることの予定、義務付けはしない。
⑧差額支払の規定は有効要件とは解されないが設ける。
⑨単一の定額残業代で複数の割増賃金を対象にする場合は弁済充当の順序を定める。
⑩労働時間管理を適正かつ継続して行える体制を整備してから導入する。

※有効要件を押さえるのは当然として、紛争防止の観点等も押さえています。
※①~⑦は有効要件の観点から、⑧~⑩は紛争防止等の観点からのものです。

(後編に続く)

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荒川正嗣(弁護士)

KKM法律事務所 弁護士/第一東京弁護士会 労働法制委員会 時間法部会副部会長 経営法曹会議会員/経営者側労働法を得意とし、民事訴訟、労働審判等の各種手続での係争案件、組合問題への対応のほか、労働基準監督署等による行政指導、人事・労務管理全般について助言指導を多数行なっている。

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