“離職予備軍”も急増、転換迫られる採用戦略【内定辞退続出の新卒採用】

新卒採用の早期選考が常態化し、内定辞退が続出している。初任給を引き上げたり配属を確約する企業も出てきているが、転職が当たり前となる時代に突入し、企業の新卒採用戦略は転換を迫られている。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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今年もあらゆる産業で初任給引き上げ競争

新卒の採用戦略が大きな転換点を迎えている。人手不足下のなかで優秀な人材の獲得競争が年々激しくなっているが、それを象徴するのが大卒初任給の引き上げだ。

2022年頃から引き上げが相次ぎ、今では25万円が相場になりつつある。以前は企業規模に関係なく業界横並びの初任給だったが、その相場が崩れ、今も高騰を続けている。しかも人事部主導ではなく経営サイドの意向が強く働いている。

従業員3000人超の中堅スーパーの人事担当役員は「スーパー業界の大卒初任給は他の産業に比べて元々高いし、初任給を上げれば優秀な学生が集まるとは考えていない。それでも経営トップは『学生が飛びつきたくなるような給与にしたいので25万円ではどうか』と言っている。今年は一挙に2万円引き上げた」と語る。

2023年は電機やメガバンクをはじめあらゆる産業で初任給引き上げが相次いだが、引き続き24年も初任給引き上げ競争が激化している。

例えばメガバンクの初任給は大卒で20万5000円の横並びが続いたが、23年に三井住友銀行が25万5000円に引き上げた。今年4月にみずほ銀行が26万円、三菱UFJ銀行が25万5000円に引き上げた。その動きは全国に波及し、地方銀行も追随する。京都銀行が今年26万円に引き上げるほか、横浜銀行、福岡銀行や西日本シティ銀行など各行は25年度から26万円に引き上げる予定だ。

さらに九州フィナンシャルグループは大学・大学院卒の初任給を24年度に28万円に引き上げ、25年度に30万円にする方針を決めている。大手電機メーカー各社も23年度に23~24万円に引き上げたが、今年は大手電機メーカーが加盟する産業別労働組合の電機連合は大卒初任給24万1000円以上を目標に掲げている。ゼネコンも鹿島が24年4月に大卒初任給を3万円引き上げ28万円とし、大林組も24年4月入社の初任給を28万円に引き上げている。

生命保険業界でも第一生命ホールディングスは、24年4月入社の全国転勤型の総合職の初任給を約4万5000円引き上げ、固定残業代込みで32万1000円に引き上げた。日本生命も全国転勤型の総合職と営業総合職の職員を対象に初任給を基本給ベースで24万1000円。明治安田生命も基本給で24万円、住友生命も23万5000円に引き上げた。さらに住友生命は25年度は2万5000円引き上げ、26万円にする予定であり、初任給引き上げ競争は激しさを増している。

その他の産業でもオリエンタルランドが今年25万5000円、コクヨが25万500円。アシックスも5万3000円引き上げ、27万5000円にする。人事院の「令和5年初任給職種別民間給与実態調査」によると、従業員500人以上の企業の大卒事務員の初任給で24万円以上が10.3%を占める。大手企業では今や25万円が相場になりつつある。

大学卒(一律)の増加率が4%超は1991年度以来

●2024年4月入社者の学歴別初任給額の水準(中間集計)

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(一律)は職種やコースなどで初任給額を区分していない場合。(格差あり)は区分している場合で最高・最低それぞれの平均額
(出所)産労総合研究所「2024 年度決定初任給調査 中間集計」

人手不足の中堅・中小企業も初任給引き上げに追随

初任給の引き上げは大企業に限らない。人手不足は中堅・中小企業も同じであり、初任給引き上げ競争に追随せざるをえない状況に陥っている。

産労総合研究所の「2023年度決定初任給」調査(23年4~5月)によると、初任給を引き上げた企業は68.1%と、25年ぶりに6割を超えている。規模別では「1000人以上」が82.2%と最も高いが、「300~999人」も75.0%、「299人以下」でも54.5%と、いずれも2022年度を大きく上回っている。大卒(一律)の平均初任給は21万8324円。引き上げ率は前年度比2.84%で1993年度の2.3%以来の高い伸び率となっている。

日本商工会議所の「商工会議所LOBO(早期景気観測)1月調査結果」(1月31日)によると、24年4月入社の新卒採用活動に向けて「初任給を引き上げた」企業は50.2%と半数を超えている。

また、労務行政研究所の「2023年度決定初任給の最終結果」(23年6月20日現在)によると、大卒(一律)の平均初任給は21万9946円、前年度比2.9%増となっている。ただし、規模別では「1000人以上」が22万3743円、前年度比3.4%増と最も高く、「300~999人」が21万9276円、前年度比2.7%、「300人未満」が21万6068円、前年度比2.4%増となり、金額、引き上げ率ともに大企業と中小企業の間の格差も生まれている。

さらに、24年賃上げ率や消費者物価上昇率、有効求人倍率の予測を加味した同研究所の「2024年3月卒者の初任給予測」によると、大卒一律で22万8390円、引き上げ率3.84%と予測している。

優秀人材を確保するために早期選考が常態化

初任給引き上げの背景には優秀人材を獲得したい一方で、必要な人員を確保できていないという焦りもある。そのためインターンシップなどで学生を早期に囲い込み、いち早く内定を出す早期選考が常態化している。

文化放送キャリアパートナーズ就職情報研究所の平野恵子所長は「2022年卒の採用がコロナ禍でインターンシップを行い、水面下でオンライン選考を実施していた。しかし23年卒からオンライン授業なので学業にも支障を与えないことから一部の大企業だけではなく、多くの企業の早期選考が加速した。24年卒に至っては、インターンなどブレ期に接触した人の早期選考をしないと損みたいな雰囲気になり、早期選考と内定出しが定着した」と語る。

政府の指針は3月広報活動開始、6月選考開始だが、もはや有名無実化している。24年卒のキャリタスの2023年4月1日時点の内定率は52.9%だった。さらに現在採用活動中の25年卒は今年4月1日時点で62.8%に達している。

こうした事態について経団連の春闘指針である経営労働政策特別委員会報告では、「近年、就職・採用活動の早期化が進み、形骸化が指摘されている」とし、「日程ルールについて、その是非も含めた抜本的な検討が求められている」としている。この真意について経団連の幹部は「日程ルールは廃止すべきだ」と語る。日程ルールの実態との乖離が常態化していけば、いずれルールもなくなっていくだろう。

学生のニーズに即した採用スタイルへ変化

もう1つの変化は学生のニーズに即した採用スタイルだ。

通信系企業では採用の進捗状況を学生が知ることができる「フルオープン開示」を取り入れている。エントリーシートを自己PR動画の提出に切り替え、面接ではAIインタビューを導入。1週ごとに自己PR動画の提出数やAIインタビュー参加数、最終面接での合格数のほか、採用予定数のうち現時点の合格者数や内定承諾数まで開示している。例えば採用数400人に対し、合格者は200人とリアルに表示される。

同社の人事担当役員は「学生にとっては単純に現在最終面接にチャレンジして何人が内定を得ているかは知りたい情報だ。それを見て自分もチャレンジするかを考える。これまでの選考では例えば面接で何社受けているのか、内定をもらっているのかを聞くことはあっても自社の情報は教えないという一方的な関係だった。そうでなく当社の情報を全部さらけ出すことで学生が当社を理解し、共感してくれるのではないかという発想から生まれた」と語る。

また、入社後にどんな仕事を担当させられるのか、あるいは自分がやりたい職種に就くことができるのか不安を抱えている学生も少なくない。そのため夏のインターンシップでは職種ごとに分けて開催する企業や職種別採用を実施する大手企業も増えている。

内定を得ても配属先を知らされず、配属先がどこになるのかという不安を表す“配属ガチャ”を気にする学生への対応として10月の内定式において配属先を明示する企業も出てきている。

せっかく採用してもギャップを感じて早期離職

採用戦略のなかで近年重視されているのが、入社後の定着だ。せっかく採用しても仕事の内容や人間関係にギャップを感じて早期離職する新人も少なくない。

転職サービス「doda」に入社月の2023年4月に登録した新社会人は、調査を開始した2011年の約30倍に達し、入社直後に転職サイトに登録する新人が増えている。また、就職情報サービスを提供するキャリタスが2023年4月入社の社員を対象にした「入社1年目社員のキャリア満足度調査」(2024年3月)によると、転職意向の有無については「転職活動はしていないが検討中」(39.9%)、「現在転職活動中」(3.7%)となっている。

入社直後から転職サイトに登録する新人が増加

●4月度doda会員登録数の推移

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2011年の会員全体の登録者数=1、2011年の新社会人の登録者数=1と定義
(出所)パーソルキャリア「新卒入社直後のdoda登録動向」

入社後にギャップを感じて転職を意識する理由はさまざまであるが、中でも早期離職の引き金になりやすいのが上司など職場の人間関係だ。

ラーニングイノベーション総合研究所が今年4月に入社する24年卒の「内定者意識調査」によると、社会人になることに「不安、心配な気持ち」と答えた学生が78.7%と、約8割もいた。具体的な不安では「自分の能力で仕事についていけるか」(65.8%)が最も多く、続いて「成果を出せるか」(55.1%)、「先輩・同期とうまくやっていけるか」(46.2%)、「上司とうまくやっていけるか」(41.9%)の順となっている。

新人の4割が上司の対応をネガティブに評価

ではその不安は入社後にどう変わるのか。同研究所の「若手社員の意識調査(社会人1年目)2023年」では、入社前に感じていた不安などのギャップは入社後にどう変わったかを聞いている。それによると、「上司とのコミュニケーション」は「フランクで話しやすい」が30.3%、「厳しく話しにくい」が34.3%となっている(想定通りが35.3%)。また、「上司からの仕事のアドバイス」は37.7%が「細やかではない」、「上司への悩み相談」は42.0%が「細やかに相談できない」、「上司からのスキルアップのサポート」は37.7%が「サポートしてもらえない」と回答し、それぞれ4割近くがネガティブに評価している。

こうした思いを抱く新人は“離職予備軍”といえる。実際に「上司とのコミュニケーション」を想定よりも話しにくいと感じた新人のうち「会社を辞めたくなった」と回答した割合は23.9%。同様に「上司からの仕事のアドバイス」がもらえていない、「上司からのスキルアップのサポート」をしてもらえない新人の、それぞれ26.8%、23.9%が会社を辞めたくなったと答えており、極めて深刻な事態といえる。

本来、入社1年目は先輩社員が指導役になってOJT(職場内教育)を実施している時期であり、管理職を含めて上の人間がサポートしなければいけないはずである。しかしそうではない実態もある。中堅サービス業の人事担当者は「大手企業ではOJT担当者が育成プランに基づいて仕事の進め方や悩み相談にのっているところもあるが、多くの中堅・中小企業では管理職が若手社員に『お前が面倒をみろ』と指示するだけで、指導方法も教わらないでやっているのが実態だ」と語る。

今日、採用戦略が大きく変化しつつある。売り手市場の中で、人材確保のための採用戦略も学生の視点を重視した見直しも進んでいる。さらに採用だけではなく、入社後の定着も見据えた新人育成やOJTのあり方を含めた定着のための施策も重要になっている。従来の採用戦略、手法を抜本的に見直すべき状況に直面している。


溝上憲文 人事ジャーナリスト

溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。
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人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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