2023年3月期決算から上場企業に人的資本情報の開示が義務化され、各社の具体的な取り組みが公表されるようになった。人的資本経営の推進を支援している専門家に企業の課題や取り組み状況などを聞いた。(編集:日本人材ニュース編集部)
- ログラス 布川 友也 代表取締役CEO
- リンクアンドモチベーション 川内 正直 常務執行役員
- ユームテクノロジージャパン 小仁 聡 執行役員 ラーニングエバンジェリスト
- マーサージャパン 白井 正人 取締役 執行役員 組織・人事変革部門 日本代表
- ビジネスコーチ 青木 裕 常務取締役
- jinjer 堅田 康太 PMM
- ジェイック 近藤 浩充 常務取締役
- グローウィン・パートナーズ 山本 怜美 HRコンサルティング部 部長
- HCプロデュース 保坂 駿介 代表取締役
- HQ 稲垣 亮太 人的資本経営推進室 室長
- Institution for a Global Society 福原 正大 代表取締役会長CEO
- アトラエ 針生 康二 Wevoxカスタマーサクセス
ログラス
布川 友也 代表取締役CEO
人件費・工数をデータ化し、管理会計とつなぎ込む仕組みを構築
人的資本経営の要諦は「人材投資」と「人材の最適配置」を両輪で行うことですが、「人材投資」の課題として“適正な賃上げ率の見極めが困難”という声がよく聞かれます。また、「人材の最適配置」では、収益性の低い事業に過剰な人員が配置されるケースが散見されます。
課題解決に必要なのは、従業員一人一人の人件費や工数をデータ化し、管理会計とつなぎ込む仕組みを構築することです。この仕組みがあれば、各部門の売上と人件費を含むコストを把握し、将来の人件費推移のシミュレーションに基づく、適正な賃上げ率を判断できます。また、事業別の収益性を加味し、最適化した人員計画を策定できます。当社では、これらを実現するクラウドサービス「Loglass 人員計画」を提供し、好評をいただいています。
リンクアンドモチベーション
川内 正直 常務執行役員
実践フェーズの「設計」では独自性を踏まえたKPI・KGIを設定
人的資本経営は、情報の「開示」フェーズから、本格的な経営の「実践」フェーズへと移っています。そのような中で、よく伺う課題は、設計・実行・評価・開示の4つに分類できます。中でも、これから注力すべきは「設計」です。どのようなインプット(投資)によって、どのようなアウトプット(結果)やアウトカム(成果)を得たいのかが設計できれば、実行・評価・開示の課題解決にもつながります。
設計においては、自社の独自性を踏まえたKPIやKGIの設定が重要です。例えば、人的資本情報開示のガイドライン「ISO30414」の認証をアジアで初めて取得した当社では、「組織のありたい姿と個人のモチベーションの合致度」を重視しており、それを表す「エンゲージメント」をKPIの一つにしています。
ユームテクノロジージャパン
小仁 聡 執行役員 ラーニングエバンジェリスト
AI活用の学習でスキルの見える化と短期間でのリスキルを実現
人的資本経営が重視される中、リスキリングが企業にとって重要な課題となっています。新しいスキルを持つ人材の採用は困難であり、内部の人材を迅速に育成する必要があります。しかし、従来のインプット偏重の研修アプローチでは、求められるスピードで、必要な人数、実際に「できる」ようになった人材を揃えることは難しいのが現状です。
AIテクノロジーを活用したブレンド型学習はそれを可能にします。AIシミュレーションを通じたアウトプットとフィードバックを中心とした学び方は、現場の負荷なくスキルの見える化と短期間でのリスキルを実現することが可能です。またAIは一律でない個別化かつ公平な学習者体験をスケーラブルに提供できます。
マーサージャパン
白井 正人 取締役 執行役員 組織・人事変革部門 日本代表
キャリア選択機会の多さがリスキリングやアップスキリングの前提
人的資本経営では社員のリスキリングやアップスキリングが求められるため、教育施策に焦点があたっていますが、それだけでは不十分です。現状、社員に自らキャリアを作る意識が低いからです。多くの日本企業では、会社がキャリアを決める上に雇用流動性も低く、個人はキャリアを考えません。一方、海外を見渡すと、雇用流動性が高い国ほど、個人のキャリア意識と自己啓発時間が長くなる傾向にあります。本人のキャリア選択機会の多さがリスキリングやアップスキリングの前提なのです。
日本企業でも人的資本の強化に注力している企業は、教育施策に加えて、社内公募、異動の本人同意、新卒の職種別採用を通じ、社員のキャリア意識を高めています。対症療法ではなく構造的な課題に挑戦していると言えるでしょう。
ビジネスコーチ
青木 裕 常務取締役
部長のマネジメント上の悩みに寄り添い、行動変容を“個別支援”
VUCA時代となり、外部環境変化に合わせた組織変革の難易度がますます上がっています。一方で人材投資は若手・中堅層に重点が置かれ、経営と現場の結節点にいる部長には「役割」「難易度」が上がっているにも関わらず、従来通り「個人」の力での対応が求められています。その「ひずみ」は部長のメンタル不調や組織エンゲージメントの低下・優秀な社員の離職率上昇という形で表面化しているのです。
上記より、部長個人のリーダーシップ・マネジメント上の悩みに寄り添い、行動変容を“個別支援”することが非常に重要かつ競争力向上の一つになるでしょう。大手製造グループ会社の事例では、オンラインコーチングを導入したところ、部下育成の悩みが解消されかつ周囲の評価も向上しています。
jinjer
堅田 康太 PMM
人事システムを一元管理し、従業員情報を資産として蓄積
人的資本情報開示が義務化されてから約1年、人的資本に関する話題は今や企業の注力テーマとなっています。その背景から当社への引き合いも多く、直近では1000人以上の従業員規模の導入割合が増えています。中でも、よくいただくのは「労働基準法などの法令に基づいていわゆる法廷三帳簿の管理を別々の人事システムで管理していたが、人的資本可視化に向けて男女間賃金格差や男性の育休取得率をデータ連携しながら算出しなければならず、人事システム自体を一元管理したい」といった声です。
当社が提供する人事システム「ジンジャー」は、労務・勤怠・給与業務から人事評価、タレントマネジメント業務までをデータベースで一元管理でき、従業員情報を資産として蓄積して効果的な人的資本経営を実現できます。
ジェイック
近藤 浩充 常務取締役
部下との対話を通じて能動的な行動を促すコミュニケーション力
人的資本経営において従業員のエンゲージメント向上が注目され、企業では、管理職のマネジメント力向上が改めて重要視されています。雇用の流動化と共に、仕事への価値観も多様化し、たとえば「意図せぬ転勤の辞令があったら転職も検討する」という時代になった中で、部下一人一人の個性を活かすピープルマネジメントを実践し、組織の成果へと結びつけられる管理職が求められています。
その解決策として、ミドルマネジャーの「対話力」を強化するコミュニケーション研修を導入する企業が増えています。従来の指示・命令型ではなく、部下との対話を通じて能動的な行動を促すコミュニケーション力の養成こそが、今、管理職に必要なリーダーシップのリスキリングです。
グローウィン・パートナーズ
山本 怜美 HRコンサルティング部 部長
施策立案時は「事業変革のための人材ポートフォリオ造り」が最重要
急速に経営環境の変化する現在、経営戦略の支柱となる人事戦略の再考が始まっています。ESG経営への対応や労働力不足などを背景に、企業の国際競走力の源泉となる「人への投資」「人的資本経営」の重要性はますます高まり、各社でも施策の立案が開始されています。
その時に最も重要なのは「経営戦略」と「人材戦略」の連動の要となる「事業変革のための人材ポートフォリオ造り」。新規ビジネスへ事業ポートフォリオを変革する際は、リソースシフト・リソース強化の仕組みも検討が必要です。経営陣とのディスカッションを通じて、人材要件定義、従業員の人材のカテゴリー化、能力レベルマッピングなどを行い、採用・配置・評価・育成など人材マネジメントサイクル再構築の取り組みを行う必要性が高まっています。
HCプロデュース
保坂 駿介 代表取締役
競合他社やグローバル先進企業との比較で優位・劣位を可視化
昨今、人的資本経営やその情報開示に多くの企業が取り組みを始める中、「何をどう開示すれば良いか分からない」、「データの算出が大変」、「競合他社のデータが知りたい」といった声が多く寄せられています。この度、投資家の関心が高いISO30414の指標や、国内で開示が義務化された指標について、入力、開示/分析をサポートするサービス「HCCloud」をリースしました。
特徴は自社データの収集・分析だけに留まらず、競合他社やグローバル先進企業との比較が簡易にでき、自社の優位・劣位項目が簡単な操作で可視化できる点です。「HCCloud」の導入により人事・IR担当者がデータ収集に費やす時間を大幅に削減でき、改善に向けた取り組みなど、より本質的な業務に集中することが可能になります。
HQ
稲垣 亮太 人的資本経営推進室 室長
福利厚生は戦略や人事ポリシーを体現することで「投資」に変化
人的資本経営に取り組む一環で、また昨今のHRテックの進化なども背景に、福利厚生の見直しを進める企業が増えています。従来の福利厚生は本来の趣旨とは異なり、ごく一部の社員だけが娯楽中心に利用し、経営から見ると単なる「コスト」になりがちでした。一方で新しい福利厚生はAIやデータを活用し、会社の戦略や人事ポリシーを体現することで、 人材への「投資」に変わりつつあります。
新しい福利厚生は、例えばリモートワーク・リスキリング・両立支援・健康増進など、社員一人一人にとって本当に必要な支援を届けることが可能です。先進的な企業の事例も参考にしながら、自社にとってのあるべき新しい福利厚生を考える機会を持たれることをお薦めします。
Institution for a Global Society
福原 正大 代表取締役会長CEO
人的資本理論の実証化研究会 共同座長
一橋大学大学院 特任教授
データに基づく戦略の立案・実行を重ねて企業価値を高める
人的資本の定量化が投資家などからも望まれる今、人事施策と企業価値・業績との関係性、いわゆる「人的資本の投資対効果」を定量化できる時代が来ています。そのためには、経営戦略を人事戦略に落とし込む際に重視すべき職種やスキルを明確にし、客観的な能力測定を通じて従業員の現状把握が必要です。また、人的資本への投資は、仮説と検証を繰り返しながら進める必要があります。取り組みは中長期となりますが、データに基づく戦略の立案・実行を重ねることで企業価値を高めることが可能です。
人的資本理論の実証化研究会では、生成AIを活用し高品質・効率的なスキルマップ作成と測定、人的資本の投資対効果検証に取り組んでいます。人事部門には攻めの人的資本経営をけん引する部署として活躍いただきたいと思います。
アトラエ
針生 康二 Wevoxカスタマーサクセス
ISO30414リードコンサルタント/アセッサー
Gallup認定ストレングスコーチ
「現場のアジェンダ」として経営・人事と三位一体で取り組む
コロナ禍による急激な働き方変革・人的資本開示の浸透を経て、人的資本経営の相談をよくお受けするようになりました。「どんなデータを集めればいいか・どう活用すればいいか」といったお悩みをよくいただきます。しかし、真の実践にはデータ収集・活用の前に、「組織として何をしなければならないか」「誰が中心になり、どんなスタイルで実行するか」「どんな仕組みで支えるか」という組織の“足腰”を固める必要があります。
優れた実践をしている企業ほど、この“足腰”が強く、人的資本経営を経営・人事のアジェンダに留めず、「現場のアジェンダ」として三位一体で取り組まれています。自分たちならではの“組織の共通言語”を持つ企業ほど、人的資本経営のよき実践をされていると考えます。
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