なぜエース社員はSOSを出せないほど苦悩するのか【退職マネジメントのプロが語るエース社員の退職防止策】

「なぜエース社員は離職してしまうのか」人材育成の現場で毎年聞かれる悩みです。本連載では、エース社員の退職を防ぐための実践的なアプローチについて、退職トラブルに悩む企業へのコンサルティングを行う佐野創太氏に解説してもらいます。

第1回は、そもそも「エース社員とはどんな考え方をしているのか」といった本質的な理解に焦点を当てます。なぜエース社員はSOSを出せないほど苦悩するのか。当事者の声をもとに、エース社員の本音に迫ります。(文:佐野創太、編集:日本人材ニュース編集部

日本人材ニュース

エース社員の突然退職を招く3つの性格

「なぜうちのエース社員は、いつも一人で抱え込んでしまうんでしょうか」

ある製造業の人事部長からこんな相談を受けました。その会社の営業部門で10年連続トップの成績を残してきた社員が、突如として退職を申し出たのです。上司はもちろんのこと、仲の良い同僚や憧れを持っていた後輩社員にまで動揺が広がります。

「仕事は完璧にこなしてくれるし、後輩の面倒見もいい。だからこそ、もっと早くSOSを出してくれればよかったのに…」

この言葉には、エース社員を理解する重要なヒントが隠されています。

1400人以上のキャリア相談に乗ってきた経験と、選手層の厚い組織になるリザイン・マネジメント(Resign Management)を50社以上と推進した立場から、エース社員には共通する性格特性があることがわかってきました。

その代表的なものが、完璧主義、強い責任感、そして他者からの承認欲求です。

佐野創太

ある IT企業のエース社員は、キャリア相談の場でこう打ち明けてくれました。

「自分の仕事に少しでもミスがあれば、それは会社全体の信用問題になりますよね。だから自分で何とかしようとするしかないんです」

一見するとこの考え方は、優秀な人材の「強み」として捉えられます。しかし、この「強み」が「弱み」に転じる瞬間があるのです。

なぜエース社員はSOSを出さないのか

エース社員の強みが弱みに転じる転換点とは、どんなものでしょうか?

私がキャリア相談と組織開発を行う中で、その瞬間を「臨界点」と呼んでいます。

エース社員のある方は、こう表現しました。

「最初は『より良い仕事をしよう』という気持ちでした。でも気づけば『失敗は許されない』という恐怖に変わっていたんです」

完璧主義は「より良いものを」という向上心から、いつしか「間違えてはいけない」という足かせに。強い責任感は「任された仕事を全うしたい」という使命感から、「誰にも頼れない」という孤立へ。他者承認欲求は「期待に応えたい」という原動力から、「期待を裏切れない」という重圧へと変質していくのです。

このエース社員がSOSを出せずに追い詰められる変質のプロセスは、次のような段階を経ます。

佐野創太

エース社員にとっては負のスパイラルとも呼べるでしょう。

ある製薬会社のエース社員は、このように語っています。

「『●●さんに任せれば大丈夫』という言葉が、最初は嬉しかったです。でもある時から、その言葉が呪いとまで感じられるようになったんです」

会社としてはよかれと思ってかけていた期待で、エース社員は追い詰められていく。エース社員の退職は悲しいすれ違いとも言えます。

実例:3つのタイプに分けられるエース社員の胸の内

完璧主義、強い責任感、承認欲求を持ち、期待が重荷になる変質のプロセスをたどるエース社員を観察していると、さらに細かく3つのタイプに気づけます。

貴社のエース社員はどのタイプに近いか想像しながらご覧ください。

佐野創太

1. 完遂型エース
– 任された仕事は必ず成し遂げる
– 細部まで徹底的にこだわる
– 自分の領域は絶対に守る

金融機関の主任調査役だったAさんは、取引先企業の財務分析において抜群の精度を誇っていました。

「最初は『より正確な分析を』という思いでした。でも、ある時から自分の中で恐怖に変わっていったんです。たとえば、100ページの報告書の中の1か所でも違和感があると、全てを最初からやり直す。休日に会社に来て再計算することも増えていきました」

上司からは「この精度で十分だ」と言われても、「でも、もしこの数字が間違っていたら、与信判断を誤ることになる。会社に迷惑をかけることになる」と考え始め、どんどん追い込まれていきました。

締め切り前の深夜残業は当たり前になり、部下から提出された資料も「自分で全てチェックしないと気が済まない」という状態にまでなります。最後は重要な案件の報告書を3回書き直し、提出期限にも間に合わず、突然の休職を選択することになったのです。

2. 革新型エース
– 常に新しいことにチャレンジする
– 現状に満足しない
– 周りを巻き込むのが上手い

IT企業の営業部門でトップセールスを続けてきたBさんは、新規事業開発のスペシャリストでした。

「私の強みは、前例のないソリューションを作り出すことでした。たとえば、製造業向けのAIシステムを金融機関の審査業務に応用するなど、誰も思いつかないような異業種への展開を実現してきました。その提案力を買われて、毎年のように表彰されてきたんです」

ところが、コロナ禍での業績悪化により、会社の方針が大きく転換します。「確実な案件を確実に獲得する」という経営方針のもと、既存顧客中心の営業戦略への移行を求められたのです。

「『今四半期は既存顧客の保守契約の更新に集中してほしい』と言われました。新規提案は『リスクが高すぎる』という理由で、ことごとく却下される。数字は出せていましたが、毎日同じような契約更新の話をしているうちに、次第に自分の存在意義を見失っていったんです」

形式的には実績は維持できていましたが、「ただルーチンをこなしているだけ」という虚無感に苛まれ始めます。かつては「この提案で業界を変えられる」というワクワク感があった商談が、単なる数字の確保作業に感じられるようになっていきました。

「最後の引き金となったのは、ある若手から『なぜそんなに新しいことにこだわるんですか?今のやり方で十分じゃないですか』と言われた時です。その瞬間、『もう自分の居場所はないんだ』と強く感じました」

結局、よりチャレンジングな環境を求めて、新興のテクノロジー企業への転職を決意することになったのです。

3. 調和型エース
– チームの成果を最大化する
– 人間関係の潤滑油となる
– 周囲への気配りが得意

食品メーカーの営業企画部のCさんは、社内調整のスペシャリストとして知られていました。

「2つの営業部門の統合プロジェクトを任されたんです。片方は代理店営業、もう片方は直販部隊。長年ライバル関係だった両チームを一つにまとめなければいけない。当初は『この調整なら私にできる』と思っていました」

しかし、統合後の新組織では、営業スタイルの違いによる軋轢が表面化。代理店営業チームは「直販のやり方は代理店との信頼関係を壊す」と主張し、直販チームは「時代に合わせた改革が必要」と譲らない。

「毎日のように双方から相談や不満が寄せられ、どちらの言い分にも一理あるだけに、調整が本当に難しかった。夜も携帯が鳴り止まず、『もし私がもっと上手く調整できれば』という思いが強くなる一方でした」

チーム間の対立を解消できない自責感、板挟みのストレス、そして「私の力不足で統合が失敗する」という過度な責任感。これらが重なり、ついには体調を崩し、長期休暇を取らざるを得なくなったのです。

興味深いのは、それぞれのタイプによって「臨界点」を超える引き金が異なることです。

完遂型エースは品質へのこだわりが限界点を超えた時、革新型エースは新しいチャレンジが制限された時、調和型エースはチームの人間関係を支えきれないと感じた時に、急速にバーンアウト(燃え尽き症候群)へと向かいます。

あるIT企業の人事部長はこう振り返ります。

「タイプ別の対応が必要だと気づいたのは最近です。以前は『エース社員だからとにかく挑戦する機会を与え続ければいい』と一括りにして考えていました。完遂型のエースは、これでは潰れてしまいますね。黄色信号の時点で気づくべきでした」

「できません」と言えずに苦悩する奥にある本音とは

では、なぜエース社員は限界が近づいているのに「できません」や「助けてください」とSOSが出せないのでしょうか。

ある証券会社のエース社員から、印象的な言葉を聞きました。

「『できません』と言うことは、これまでの自分を否定することのような気がして」

エース社員の多くが抱える「できません」が言えない本音には3つの層があり、鎖のように絡み合っています。

佐野創太

1. 表層:プライドの問題
「今までできていたことができないなんて言えない」

2. 中層:期待への責任
「周りが期待して任せてくれているのに放り出せない」

3. 深層:アイデンティティの危機
「できない自分は、もう自分ではないような気がする」

特に注目すべきは、深層にある「アイデンティティの危機」です。

エース社員の多くは、「できる自分」というアイデンティティを形成しています。「できません」という言葉は、単なる業務上の限界表明ではなく、自己存在の否定として捉えられます。だから「言いたくても言い出せない」のです。

ある製造業のエース社員は、退職を決意した時のことをこう振り返ります。

「『できません』と言う代わりに退職を選んだ。その方が、まだ自分を守れる気がした」

「プライドが邪魔してるのか」や「期待に潰されるなんてまだまだ」だと外から見ている分には軽く思えますが、エース社員本人とっては「自分が自分じゃなくなる」と危機状態です。このギャップを埋めることが、エース社員の退職防止であり、その先にあるエース社員に依存せずに社員がどんどん育っていく組織づくりにつながります。

次回は、このようなエース社員を支える上司に求められる資質と、効果的な1on1の対話力について解説します。

▼佐野創太氏のこれまでの連載はこちら
退職マネジメントのプロが語る退職トラブル解決法
人事のためのChatGPT入門


佐野創太

1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1400人以上のキャリア相談を実施すると同時に、選手層の厚い組織になる”リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ゼロストレスAI術」を提供する他、言葉を大切にするミュージシャン専門のインタビュアーAIを開発している。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。
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1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1400人以上のキャリア相談を実施すると同時に、選手層の厚い組織になる"リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ゼロストレスAI術」を提供する他、言葉を大切にするミュージシャン専門のインタビュアーAIを開発している。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。

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