パナソニック1万人削減で露わになった早期退職制度の課題

パナソニックホールディングスが国内外1万人の削減を発表し、日産自動車も2万人規模の削減計画を明らかにするなど大手企業の人員削減の発表が相次いでいる。トランプ政権の関税政策による先行き不透明感も影響し、企業の人員削減は今後さらに加速する可能性が高く、人事部門には早期退職制度を適切に運用すると同時に、人材流出という課題への対応が求められている。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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大手企業で人員削減が加速、リーマンショック後に迫る規模

日産自動車が昨年の発表時より1万1000人プラスした国内外2万人の削減を発表した。マツダも4月22日に500人の削減を発表している。電機関連ではジャパンディスプレイ(JDI)が1500人の削減を発表したが、衝撃を与えたのか黒字企業のパナソニックホールディングスの国内外1万人の削減だ。

東京商工リサーチの集計によると、今年1月から5月15日までに募集を発表した上場企業の国内の早期・希望退職者数は19社で8711人に上る。リーマンショック直後の2009年の1万4189人には及ばないが、トランプ政権の関税引き上げで先行き不透明感が増している。東京商工リサーチは今後、リストラが加速すれば、09年の2万2950人以来の高水準となる可能性があるとしている。

マツダの対象者は工場の技能職を除く勤続5年以上かつ50歳~61歳の正社員。マツダは「セカンドキャリア支援制度」と名付け、「従業員の自律的なキャリア形成を支援する新たな人事制度の一つ」と位置づけ、「マツダで積み重ねたスキルや経験を活かし、社外や地域社会での活躍・貢献を目指す従業員の前向きな選択を支援」するものと述べている」(同社リリース)。

また同社の執行役員は「関税を踏まえて導入した制度ではない」と発言し、トランプ関税とは関係ないとしているが、米国市場を販売の主戦場とし、日本からの輸出も多い同社にとって関税の影響が無縁なわけではない。

日産自動車は2万人の人員削減のうち、報道によると、事務部門で3600人を削減する計画。国内では今年7月から事務部門の従業員を対象に早期退職を募る。対象は45歳から65歳未満で勤続年数が5年以上の従業員とされている。

黒字企業による構造改革としての人員削減

パナソニックは2000年代に1万人規模の削減を2回実施しているが、それ以来の規模となる。ただし今回は以前の赤字の時期と違い、3000億円超の純利益(25年3月期)がある黒字下での削減だ。同社の発表(5月9日)によると、経営構造改革の一環としての「人員の適正化」であるとし、人員削減により700億円の収益改善を見込んでいる。

削減人員は1万人で、うち国内は5000人で、今年度に実施する。対象となるのは「本社本部」「家電事業」などであり、「グループ各社で営業部門・間接部門を中心に業務効率の徹底的な見直しを行うとともに、必要な組織・人員数を再設計します」と述べている。

つまり、人事・総務・財務・広報などの管理部門のほか、開発・マーケティング・営業などの部門から5000人を削減するということだ。

早期退職制度の実態と「戦力外通告」の手法

日本で行われる人員削減の手法は早期退職者募集が一般的だ。1990年代後半以降、大量の人員削減を行う手法として大企業で使われてきた。早期退職募集制度とは、通常の退職金に加えて割増退職金を支給や再就職支援のオプションをつけて全社的にオープンに募集する方法だ。

ただし、それだけでは優秀な社員の流出というリスクを伴う。かつ削減目標の確実な達成という点でも不安定さを拭えない。そこで表面上は希望者を募る一方、背後で人事担当者に代わり、所属長が対象社員全員と面談し、辞めてほしい社員への「戦力外通告」と、残ってほしい社員の「慰留」を同時に実施する。

具体的には、対象者全員の面談前に、残ってほしい人(残留者)と退職してほしい人、さらに留まるか、退職するかを本人に選択させる人を選別する。

早期退職募集制度は募集期間を限定し、一時的に実施されるが、近年では「セカンドキャリア支援制度」という名前を冠した常設の「早期退職優遇制度」を設ける企業が増えている。時期・人数や会社の経営状況に関係なく、社員自らの意思で退職する人を優遇する制度だ。

パナソニックの破格な割増退職金制度と運用の実態

実はパナソニックは2021年7~8月に1000人超の人員削減を実施している(退職日9月30日)。

常設の早期退職募集制度である「ライフプラン支援制度」を拡充し、一時的に期間限定で募集する「特別キャリアデザインプログラム」と呼ばれた。対象者は勤続10年以上かつ59歳10カ月以下の社員(管理職含む)と定年後再雇用の契約社員だ。

特典は通常退職金にプラスする割増退職金のほか、希望する社員は転職活動に必要な「キャリア開発休暇」の取得や人材会社による再就職支援が受けられる仕組みとなっていた。

割増退職金は「キャリアデザイン支援金」と呼ばれ、支給額の上限額は4000万円。支給月数は50歳の給与の50カ月分が最も高く、51歳の49カ月、52~53歳の48カ月、54~55歳の47カ月となっていた。通常の大手企業の割増退職金は24~36カ月(2~3年分)が相場であるが、4年分に相当する破格の支給額といえる。

当時、パナソニックは「特別キャリアデザインプログラム」について、「これまで当社で培ってきたキャリアとスキルを活かし、社外に活躍の場を求めチャレンジする」自律的なキャリア形成を支援する制度であって、「人員削減を目的としたものではない」と強調していた。

これが事実とすれば、辞めてほしい社員に退職勧奨を行う従来の手法ではなく、希望者だけが応募するオープンな募集だった可能性もある。

しかし今回は5000人規模の削減である。仮に同額の割増退職金を用意するとしても、前回のオープンな募集でも1000人程度しか集まらなかったことを考えると、対象者全員の面談による残ってほしい人(残留者)と退職してほしい人を選別し、退職してほしい社員に退職勧奨を行う手法を使わざるを得ないのではないかと思う。

人員削減発表後の人材流出リスク

だからといってすんなり行くとは思えない。

退職勧奨をしても応じず、2回、3回と面談を重ねることになる。退職勧奨を行う側と受ける側の重圧も半端ではない。加えて、残ってほしい優秀な社員が手を挙げて退職した事例は過去にも多い。人員削減発表直後からヘッドハンティング会社が積極的な動き始め“草刈場”となるが、その動きはすでに始まっている可能性もある。

今後はトランプ関税の影響も大きい。マツダだけではなく、自動車メーカーを中心に他の関連産業も含めて人員削減が加速するかもしれない。


溝上憲文 人事ジャーナリスト

溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。
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人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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