世界中でテロや事件が頻発するようになり、日本人の海外駐在員や出張者がテロの犠牲になる事件が起きている。ヨーロッパでもテロが相次いで発生しており、もはや世界に安全な地域はなくなった。海外勤務者をどのように守ったらよいのか、日本の企業セキュリティの草分けオオコシセキュリティコンサルタンツ社長の大越修氏に聞いた。
オオコシセキュリティコンサルタンツ
大越 修 代表取締役社長
警視庁に20年間在籍。この間、3年間外務省へ出向し領事としてニューヨークへ。海外におけるセキュリティを経験すると同時にFBI、NY市警など米国の法治機関と親交を持つ。帰国後、1987年からエッソ石油に入社、セキュリティ部門を設立。その後、JPモルガン銀行、AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)にてセキュリティマネージャーを務める。米国の危機管理専門会社クレイトン・コンサルタンツ(トリプルキャノピーグループ)のシニアコンサルタントを経る。米国務省が支援するOSAC(Overseas Security dvisory Council)日本支部の運営委員、日本セキュリティ・マネジメント学会、危機管理システム研究学会会員。世界的なネットワークを持つ日本の企業セキュリティの草分け的存在。
これまでどのようなセキュリティ上のトラブルや事件が起きているのでしょうか。
当社が扱った案件で一番多いのは、会社の業務に関連した脅迫です。例えば、下請け業者が契約を切られたことに不満を抱いて、日本人駐在員を殺そうとするような案件です。これはかなり多く、インドネシア、韓国、ベトナム、フィリピン、タイと、どこの国でも起きています。
同じ脅迫でも、発展途上国の場合は少しタイプが違っています。例えばアフリカでは最近、駐在している日本人駐在員が誘拐されるリスクが極度に高まっています。誘拐事件の交渉では時間も長くかかりますし、誘拐された駐在員の方の命の危険もあります。
犯人側の要求にどう対応するか、かなりの注意が必要となります。その時はすぐに当社から専門のコンサルタントを派遣して、現地のセキュリティの状況をチェックするとともに、現地の警察や日本大使館とも連携して事件解決の全体的なマネジメントを行いました。
当社がお客様にお願いしているのは、まだ危機的状況に発展するか分からない状況でも異常な事態になったら、とにかく一刻も早く連絡いただくことです。私どもには今までに培ったノウハウがありますから、推移を見守っていていいのか、早く手を打たなければいけないのかの判断がつきます。
もし危機的状況にあるならば、専門のコンサルタントを現地に派遣するといった対応をしています。本来は、そういったトラブルが起こらないようお客様の注意を喚起して自衛していただくことが一番ですが、残念ながら起こってしまった時の対応も万全にしています。
テロが相次いで発生していますが、いま世界で起きていることをどう理解したらよいのでしょうか。
世界中でイスラム過激派によるテロが頻発しています。7月14日の仏ニースのテロ事件では、花火見物客の列にトラックが突っ込み300人近い死傷者が出ました。その他のヨーロッパでもテロが頻発しており、もはや安全な国はありません。
外務省でも注意喚起を行っているように、世界中のどこにいたとしても、日本人もISのターゲットになるような状況になってきています。今までは日本人というと、「我が国によくしてくれるから」といった理由で許されている一面もありましたが、今後はそうはいかないと思います。
特に心配なのはアジアの状況です。ISを支持するイスラム過激派組織が、アジアにはいくつもあります。9月2日には、フィリピンのミンダナオで「アブ・サヤフ」という組織がテロを起こし80人以上が死傷しました。7月1日にバングラデシュの首都ダッカでは外国人向けレストランが襲撃され20数人が殺害され、このうち7人は日本企業のビジネス関係者でした。
この東南アジアを拠点としている犯人グループのジャマートゥル・ムジャヒディン・バングラディシュについては日本企業の人質が「日本人だ、撃たないでくれ」と叫んでも殺されてしまった事件として、過激派が日本人を特別とは見ておらず、攻撃のターゲットとなっていることが明らかになった象徴的な出来事だと思います。
中東やヨーロッパを拠点とするイスラム過激派グループは、銀行強盗をしたり、石油プラントを強奪したり、支配地域から税金をとったりして活動資金には困っていません。そのため、新たに支持者として加わった戦闘員に給料を出すこともできる。
それに対して、東南アジアを拠点とするグループはお金がないんです。活動資金を得るため、すぐお金が手に入る手段として身代金誘拐事件を起こすのではないかという懸念があります。ダッカの人質事件では、凄惨さや残虐性を示すための殺害が目的でした。彼らがなぜ残虐性をアピールするのかといえば、その後、自分達の要求を相手に飲ませることも一つの目的のためなんです。
特に日本においては2020年に東京オリンピックが控えていますから、イスラム過激派にとっては自分達の存在を全世界にアピールする絶好の機会と捉えているはずです。日本や東南アジアにおいて日本人を狙ったテロの可能性は高まっています。日本企業もテロに備えておかなければなりません。
テロやトラブルに対してどのように海外駐在員をサポートしているのでしょうか。
テロ対策だけでなく、海外に出ている日本人社員の方やご家族の方に、犯罪や事故などセキュリティ上の問題が起きた時のサポートも行っています。また、医療が未発達の国では、病気やケガ、交通事故でも対処の仕方次第では命にかかわることもあり、すべてが完備されている日本の環境とはまったく違っています。事件や事故が起きたときはすぐに連絡していただき、適切に対処することがとにかく重要です。
事故を誘発しないためには、普段から防止するための準備が必要なんです。一つは、海外赴任や出張前の研修です。そこで、日本とはどういう部分が違うかを知っていただき、海外に行かれる方ご自身やご家族の意識を高めていただきます。二つめは、お客様の会社がいざという時に対応できるような体制を作り上げること。
三つめは、お客様の会社のオフィスや工場といった海外拠点、駐在員住宅、駐在員の方がよく足を運ぶショッピングセンターやスポーツクラブ、通勤経路などのセキュリティのチェックを当社で行い、治安面で問題があれば報告して改善していただく。そういった多方面からの準備を行うことで、やっと海外での安全な活動や、もしもの時の対応ができるようになります。
「イスラム過激派は、東京オリンピックは存在をアピールする絶好の機会と捉えているはずです」
世界中の有事に対応するために、どのようなネットワークを築いているのか教えてください。
当社では14地域の海外セキュリティ・コンサルタント会社と直接契約を結んでいます。そのため、クライアントがトラブルに遭った際も、最優先で現地に駆けつけられるようになっています。また当社は、ロンドンに拠点を置く世界最大のセキュリティ・コンサルティング組織のシニアコンサルタントを務めています。そのため、ハイジャックや海賊事件といった大きな事件では、グローバル・ネットワークによって随時情報を入手できるようになっています。有事の際の対応の早さには自信があります。
私は警視庁で警察官として20年勤務をしていた間に、外務省に出向し、ニューヨークで領事を3年務めました。その時、FBI、CIA、ニューヨーク市警といった治安組織と情報交換する機会も多く、どんなシステムで治安維持を行っているかを目の当たりにして大変勉強になりました。
帰国後、1987年にエッソ石油に入社しましたが、当時の日本にはセキュリティ部門をもつ会社が無かったんです。エッソ石油を含むエクソングループは世界各国で事業を行っていて、その中で様々なセキュリティ上のトラブルを経験していました。安全だと言われていた日本でもセキュリティの必要性があるということから、セキュリティ部門の立ち上げに関わることになりました。
このような警視庁、海外の治安組織との交流、民間企業のセキュリティ部門という、これまでの経験から培ってきたネットワークのすべてが現在の事業に役立っています。
現在の世界情勢に対応するために人事はどのような取り組みを行っていったらいいのでしょうか。
まず最初は、危機管理に関するポリシーを作っていただくことです。その上で、セキュリティを担当する人材をアサインしてください。さらに、社員の方に対してセキュリティ面での研修を行っていただく。そして、もし事件が起きたらどう対応するのかの体制を作り、訓練を行うこと、世界情勢は刻一刻と変化していますから、実際に事件が起こった時にそのシステムが有効なのかどうかを、随時チェックしておく必要があります。
海外に拠点を置くに当たっては、従業員の労災などを担当する人事部門が海外駐在員のセキュリティを兼任することが多いと思います。ですから人事の役割は大変重要です。現地オフィスのセキュリティチェックもそうですが、駐在員の方の住宅や通勤経路、よく立ち回る地域までを含めた範囲まで気を配ることが必要だと思います。そこまで目を配っていれば、現地に赴く駐在員の方も自衛しなければという意識が高まっていくでしょう。
世界情勢は常に変化し続けています。今まで大丈夫だったからといって、今後も大丈夫だということはありません。そのため、組織も常に変わっていかないと対応できないという意識をもつことが重要なのではないでしょうか。