日本の人材紹介ビジネスの創成期に設立し、確固としたブランドを築き上げてきたケンブリッジ・リサーチ研究所。創業以来、46年にわたる歴史の中には、幾度かの不景気や経営の危機を乗り越えてきた経験がある。その経験が、現在の力強い経営を支えている。5年前、MBOにより経営を立て直した同社代表取締役社長の橋本寿幸氏に今後の事業展開を聞いた。
ケンブリッジ・リサーチ研究所
橋本 寿幸 代表取締役社長
これまでの歩みを教えて下さい
創業は1962年、今年で46周年になります。文字通り人材業界のパイオニア、フォーランナーとして長年やってきています。私自身も入社して18年になります。長くやっていればネットワークも広がり、それは大きなアドバンテージです。しかし常に順風満帆だったわけではありません。2002年には深刻な経営危機を経験し、MBO(マネジメント・バイ・アウト)という手法を使って企業再生を行い、困難な状況を乗り切りました。
2002年4月から準備し、03年5月に旧オーナーが持っていた株式の100%をわれわれが買い取りました。それから5年経過しましたが、おかげさまで業績は文字通り絵に描いたようなV字回復を果たしました。後で分かったことですが、ちょうどこの時期2003年5月には日経平均株価は、7600円の底値をつけていました。底を打てば後は上がるだけですから、ご存知のように日経平均はここを底に、V字で回復していきます。当社の業績と日経平均とがほぼパラレルなカーブを描いています。
今年も6月が決算期ですが業績はほぼ計画どおりです。社員数も一時は随分減りましたが、現在はコンサルタント20人、管理部門を入れると25人という陣容で、規模、財務内容ともにかつてのピーク時に近い状態に戻っています。
当時はどんな経済情勢だったのですか
当時は「貸し渋り」「貸しはがし」というような言葉に代表される深刻な不況が進んでいました。銀行を十数行回りましたが、どこからも相手にされませんでした。また9.11米国同時テロが起こり、外資系企業からのオーダーがほぼ全面的にストップしました。外資系依存度の高かった当社にとっては大きなインパクトでした。当時の社内には、オーナー経営特有の「淀み」「停滞」といったものが経営上の大きな重荷になっており、三重苦の状態でした。
しかし、振り返るとその時が底で、景気が上昇する予兆も感じていました。当社は、もともと、人、物、情報といった面で、非常にリソースフルな会社でした。コンサルタントも、登録者も非常に質が高かったのです。ただ内部事情により、資金が回らないという問題がありました。この点を刷新できれば、間違いなく良い会社に生まれ変わると確信していました。MBOはまさにそのための手段だったのです。
著書「MBO末席重役の決断(幻冬舎ルネッサンス)」の冒頭に「時が流れるお城がみえる。無傷なものなどどこにあろう」という言葉が引用されています
これは、A・ランボーというフランスの詩人の言葉で、手帳の裏表紙に記し、いつも見ていました。去るも地獄、残るも地獄、無傷なものなど存在しない。しかし苦しいのはお前だけじゃない、というようなメッセージです。当時の心象風景を表しており大きな力をもらいました。
2002年、私は末席役員で上役その他の社員が次々に辞めて行く中、社内に相談できる相手も去り、心身共に疲れ果て満身創痍の状況で、頼りにできるのはこのような「言葉」だけでした。MBOは「言葉のもつ力」を獲得した経験でもありました。
現在、どんな分野の紹介に力を入れているのですか。また今後の数値目標や課題、方向性は?
金融、消費財、メディカル、IT、インダストリーの5つ業界とベンチャー中心の経営支援グループで、ほとんどの業界をカバーしています。年収のレンジで言えば700~ 1000万円クラスが中心です。もちろん、1000万円以上の方も多く決めてはいますが、部長、課長クラスの企業のコアになる層が中心です。最近では関係の深い顧客から、指名を含むスカウトの依頼が多い傾向にあります。
売上に関して言えば、あまり大風呂敷を広げたような数値目標は好きではありません。10%前後の緩やかなな成長を持続することが好ましいと考えています。多くの社員が辞めた時代に入社した人達が、今いい形で成長し実力をつけています。今後の課題は、その人たちが高いモチベーションを維持しながら、さらに成長し続けるために評価制度を含めどのような良い環境を整えられるか、です。
今後の方向ですが、ケンブリッジは一貫して「量」より「質」に重きを置いてきた会社です。これは今後も変わりません。サービスの質を保とうとすれば、会社の規模もおのずから一定の臨界点というものがあるというのが、私がこの業界で18年やってきた実感です。したがってこれ以上の規模の拡大は無意味だと考えています。
コンサルティングの方針は?
当社の強みは、先輩たちが作ってくれた伝統のあるカルチャーです。1966年の職安法の改正により、民間の人材紹介事業がスタートしますが、ビジネスのDNAに数の追求が刷り込まれている会社が多い中、当社はもともと経営コンサルティングの会社としてスタートしたこともあって「質の追求」がカルチャーの中核にあります。
単に人材を「右から左へ」ではなく、人と仕事、人と組織、両方の目利きができるプロフェッショナルになるという質の高いコンサルティングが大きな方針になっています。企業訪問の際、どういう人材が欲しいかという議論の前に、その企業の人的資源に係る経営課題を把握した上で、実際はどういう人材が必要なのかという話を突き詰めます。その会社が直面する経営課題解決に相応しい人材を紹介するためです。
最後に、キャリア形成についてメッセージをお願いします
昔、読んだ本の中で、レヴィ・ストロースという文化人類学者が、なぜ文化人類学者を志したのかと聞かれて、アフリカへフィールド・ワークに出かけ、切りたった崖に露出した地層を見て感じたという一節を用いて次のように答えていました。
「表面だけではわからないが、奥深くずっと掘って行くと普遍的・汎用的な部分に必ず出会う。地球の表面には国境という区分があるが、アメリカから掘ろうが、日本から掘ろうが、結局は同じ普遍的な部分に行き着く。その普遍性、共通性を見出すことが文化人類学者の仕事であり、それを人々に提示することができれば、心ある人は地球の表面で起きているさまざまな争いの無意味さに気づくことだろう」。
この言葉には印象深いものがありました。 仕事においても同じことが言えると思います。深く掘り続けていくといつか必ず同じところにたどり着く部分があります。営業、技術、経営など、一見、職種が違えば関係ないように見えても、ずっと掘り続けていくことで、必ずたどり着ける普遍的な領域というものがあります。おそらくそれを「プロフェッショナリズム」と呼ぶのだと思います。
現代は若い人たちにとって、決して生きやすい希望のある時代ではありません。それでもできるだけ早い時期に好きなことを見つけ、途中で逃げたりあきらめたりしないで、さらに深く掘り続けることが大事だと思います。そうすることによってより次元の高い自分を見出し、新しい地平が開けてきます。