【労働時間管理の労使の最新動向】改正労基法4月施行への対応 割増賃金率50%のみが多数、代替休暇制度は非現実的

改正労基法が4月1日に施行された。法的義務である1カ月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率50%以外は対応しない企業も多いようだ。 不況で残業時間は大きく減少しているが、さらなる労務費の削減やワークライフバランスの観点からも業務の効率化に取り組む企業が増えている。 自社の現状や課題を踏まえた実務対応が求められる中、今回の改正に対する労使の対応を取材した。(文・溝上憲文編集委員)

【労働時間管理の労使の最新動向】改正労基法4月施行への対応 割増賃金率50%のみが多数、代替休暇制度は非現実的

改正で複雑な労働時間管理

改正労基法では、1カ月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率を50%増とするほか、労使協定の締結により代替休暇制度や時間単位の年次有給休暇の取得も可能になる(ただし、中小事業主は月60時間超の割増率および代替休暇は法施行後、3年間の猶予措置)。

しかし、労使双方の評判は決してよくはない。周知のように36協定では週15時間、1カ月45時間といった限度時間を設定している。これを超える時間外労働を行わせるには「特別条項付き協定」を労使で締結する必要がある。

法改正により、月に45時間の限度時間を超えて延長する場合、法定割増率(25%) を超える率とする努力義務が課され、さらに60時間を超えれば自動的に50%以上の割増率となる。50%の割増率に関しては、所定休日に行った労働は、時間外労働(月60時間)の算定対象に含まれるが、法定休日は算定の対象にはならない(通達)。

つまり、週休2日制(土・日休日)の場合、1日は法定割増賃金率35%増が適用とされる休日となり、もう1日は50%増の対象となる。法改正により、月60時間を超える場合、経営者としては平日に残業させるより、法定休日に労働させたほうがコストは安くてすむ計算になる。

さすがにそんな経営者はいないと思われるが、月45時間超で割増率50%以上の目標を掲げる連合は「現状において時間外と休日労働の割増率が異なっているとしても、月45時間の算定の基礎に、時間外労働のほか休日労働も含めて計算することを基本に取り組みを進めていく」(連合方針)ことにしている。

代替休暇は非現実的

代替休暇については導入しないという点で労組は共通している。その根拠は「改正法の代替休暇制度では、過労死につながる長時間労働を行って、はじめて1日分の代替休暇が取得できるものであり、問題が大きいと考える。以上のことから、代替休暇制度は導入しないことを基本に対応を進める」(連合方針)としている。

代替休暇は60時間超の時間外労働の引き上げ分25%について、割増賃金に代えて有給休暇の付与がなされる。しかし、実際に1日分の代替休暇を得るためには月の時間外労働は92時間必要になる計算だ(92時間-60時間=32時間×0.25=8時間)。

厚労省の「脳・心臓疾患の認定基準(01年12月12日通達) によると、発症前1カ月間に概ね100時間または発症前2~6カ月間に概ね80時間を超える時間外労働は業務と発症との関連性が強いとされている。連合は「92時間でやっと1日分の休暇が取れるというのは過労死基準と重なる。はっきり言って取り組まない」(総合労働局幹部)と言い切る。

UIゼンセン同盟の幹部も「代替休暇1日を取得するのに時間外労働92時間という働き方をする人は、年次有給休暇もとれていないはずだ。ましてやそんな働き方をさせること自体がおかしい。お金ではなく、休みをとらせる形でという建前はわからないでもないが、あまりにも非現実的すぎる」と切って捨てる。

労組が共通して酷評する代替休暇制度であるが、年次有給休暇の時間単位取得の労使協定締結には前向きだ。連合は「子育てや働く女性からのニーズも多く、原則導入することにした。ただし、連続操業をやっている部門などは難しいだろうし、時間単位の取得が可能な部署と難しい部署を明確に分けて実施する必要があるだろう」(総合労働局幹部)と指摘する。

同じく電機連合の幹部も「育児や介護などで利用したいという組合員のニーズがあれば、労使で協議して試行導入するなど問題点をチェックしたうえで導入することは両立支援の観点からもいいのではないか」と指摘する。

システム変更コストの負担大

今回の改正は人事担当者にとっても評判はよくない。IT関連企業の人事部長は「今回の改正労基法は現場の実態を踏まえない天下の悪法といってもいい。代替休暇にしても、有給の時間単位での運用はかなり大変だ。とても導入できる代物ではない」と酷評する。

実際に多くの企業では、法的義務である月60時間超50%割増率には対応するが、その他の制度の導入には消極的である。労務行政研究所が上場企業に対して実施した「改正労基法への対応調査」(09年10月23日~11月25日、回答205社)でもその傾向が表れている。

時間外労働の限度基準を超える時間外労働の割増率見直しについては、「見直さない」とする企業が56%と最も多く、「見直す」とした企業は3%にすぎない。見直さない理由で多いのは「改正法は努力義務だから」というものだ。

代替休暇の導入については、「設けない」48%、「わからない・未定」47%、「設ける」5%という結果である。すでに改正労基法への対応方針が決定している企業に限定すると、「設けない」90%、「設ける」10%の比率だ。

時間単位の年休の導入については「わからない・未定」46%、「設けない」43%、「設ける」10%という結果である。方針決定企業では「設けない」80%、「設ける」19%の比率だ。多くの企業が代替休暇や時間単位の年休の導入に消極的であるが、その最大の理由は時間管理のシステム変更にともなうコスト負担である。

鉄鋼業界の人事担当者は「給与システムが非常に複雑になる。時間外労働に関して現行の25%割増に加え、月60時間以上50%割増、また特別条項の45間超の努力義務の割増が加われば、3段階の設定が必要になる。さらに代替休暇分の計算をするとなると、システム変更に伴うコストも相当かかる」と指摘する。

電機機器メーカーの人事部長は、「60時間超50%割増についてはしかたがないので給与ソフト開発の追加投資をするしかない。代替休暇や時間単位の取得まで導入するとなると巨額の投資になり、この不景気に導入するつもりはない」と断言する。

月60時間超50%割増にしても、運用が大変と語るのは中堅卸売会社の人事担当者である。「60時間超もウイークデーの残業に限れば、システム上は運用可能だ。

しかし、法定休日と所定休日労働による割増率の変更が分類できるソフトになってはいない。新たに給与ソフトを開発するより、いっそのこと法定と所定を一緒に50%にして合算で払おうかと考えている。もちろん、従業員は得するが、体力のない会社はどっちにしても大変だと思う」

改正労基法に対しては月60時間超50%割増には対応するが、現時点ではできるだけコスト負担を避けたいというのが企業の本音といえそうだ。

不況で残業時間は大幅に減少

不況の影響で多くの企業では残業時間を含む総実労働時間は減少傾向にある。厚生労働省の毎月勤労統計調査09年分集計によると、年間総実労働時間は08年に続き2年連続で1800時間を下回った。月間総実労働時間は前年比2.9%減の144.4時間。年間総実労働時間は約1733時間(事業所規模5人以上)になる。

労働時間減少の最大の要因は所定外労働時間である残業時間の減少であり、前年比15.2%減(事業所規模30人以上は16.7%減)となっている。産業別の残業時間では鉱業の50.0%減、製造業の32.2%減と顕著であり、景気後退にともなう生産量の減少が労働時間にも大きく影響している。

また、その一方では、労務費コストの削減やワークライフバランスの観点から、残業時間を含む労働時間の削減に取り組む企業が増えている。

日本経団連が実施した「2009年人事・労務に関するトップマネジメント調査」(09年9月)によると、「金融危機以降、雇用の安定に向けて実施した措置」として最も多かったのが「時間外労働の削減・抑制」(61.0%)だった。

とくに製造業は73.9%と、多くの企業が実施している。具体的施策としては、全館消灯時間を早めるなどの出退勤管理の厳格化やノー残業デーの設定による残業時間の抑制を図る企業は多い。

仕事の効率化による残業削減が本来の姿

たとえばリコーでは、全役員、管理職を対象にした労務管理研修を実施するとともに、労使による36協定の特別条項規定見直しによる上限時間の短縮も図っている。

また、1カ月の残業時間が40時間を超えた社員については直属上司に上限の53時間を超えないようにアラームを発信しているほか、全事業所で週2日間のノー残業デーなどを実施している。

パナソニック電工では労使一体となった労働時間の削減に取り組む一方、仕事のムダを排除し、業務の効率化を目指した「シゴトダイエットプロジェクト」を推進している。労使一体の取り組みでは、主に①定時退社日の推進、②年休取得の推進、③過重労働防止(深夜勤務・休日出勤削減)――の3つを推進。

続く「シゴトダイエットプロジェクト」では、現状の仕事を点検し、重要度の低い仕事を減らして重要度の高い仕事に集中し、改善が必要な仕事の効率化(標準化)に全社を挙げて取り組んでいる。こうした施策の実施により年間の総実労働時間は、07年は1973時間、08年には1926時間に減少している。

景気後退と並行して大手企業の労働時間削減策は着実に成果を上げている。このことも改正労基法への対応が消極的な理由の一つかもしれない。今後も業務の効率化を含めた労務コストの削減に向けた動きは一層強まると予想される。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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