2014年は政府の日本再興戦略で打ち出された成長産業への労働移動や柔軟な人材活用の方針が制度化されていく。企業人事にも大きな影響を与える雇用制度改革と労働法制のゆくえは見逃すことができない重要なテーマだ。(文・溝上憲文編集委員)
安倍政権は成長戦略の一つに雇用制度改革を打ち出し、実働部隊である産業競争力会議と規制改革会議からのさまざまな提言が、最終的には2013年6月に「日本再興戦略」としてまとめられた。
日本再興戦略に盛り込まれた雇用制度改革の主な柱は、①労働時間法制の見直し、②労働者派遣制度の見直し、③職務、地域に限定した多様な正社員の普及、④国家戦略特区での雇用規制の緩和—の四つに絞られる。一連の改革案は労働政策審議会(労政審)や有識者会議などで検討が進んでいる。
労働時間法制を見直し
労働時間法制の見直しは労政審の労働条件分科会で議論されている。テーマは「月60時間超の時間外割増賃金率50%以上の中小企業への適用の有無」、「企画業務型裁量労働制の適用拡大やフレックスタイム制の見直し」の二つだ。
厚生労働省の調査によると、企画業務型裁量労働制を採用している企業は0.8%、適用労働者は0.3%、フレックスタイム制を採用している企業は5.0%、適用労働者は7.9%に留まっている。
企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制を始め、時間外労働の補償の在り方、労働時間規制に関する各種適用除外と裁量労働制の整理統合など、労働時間規制の見直しを行うことにしている。
具体案としては経団連が13年4月にとりまとめた「労働者の活躍と企業の成長を促す労働法制」と題する提言もその一つだ。企画業務型裁量労働制を労使が対象業務を決定できることに加え、事業場ごとの届出を企業単位で一括しての届出を認めるものだ。
また、フレックスタイム制の見直しについては「1カ月単位のフレックスタイム制を週休2日で運用する場合、時間外労働となる時間の計算方式の変更」、「精算期間は1カ月より長い期間を設ける」など、より柔軟な運用が可能になることを求めている。
すでに審議が始まっているが、労働時間規制を緩和するものだとして労働者委員が反発し、足踏み状態が続いている。一方、政府の産業競争力会議の雇用・人材分科会は年収1000万円超の専門職を対象に、労働時間を自己裁量とする代わりに残業代や深夜労働などの割増賃金が支払われないホワイトカラー・エグゼンプションの導入を提言している。
また、年間に一定日数の休暇を強制取得させる。実施に当たっては国家戦略特区や産業競争力強化法の「企業版特区」制度で試行し、効果を検証した上での本格導入を求めている。労政審は今年秋に一定の結論を出す予定だ。
労働者派遣法改正案 議論される四つのポイント
労働者派遣制度については、派遣制度の根幹を見直す法案を通常国会に提出する方向で調整している。労働者派遣制度の抜本的見直しの議論は労政審の職業安定分科会労働力需給制度部会で議論されてきた。
厚労省の改正案のポイントは四つ。一つは派遣労働者を無期雇用と有期雇用に分けて、無期雇用派遣労働者と60歳以上の高齢者を常用代替防止の対象から外し、有期雇用派遣労働者のみを対象とする。
したがって無期雇用派遣の期間制限はなくなることになる。また、派遣事業はすべて許可制とし、届け出制の特定労働者派遣事業は廃止される。
二つ目は「専門26業務」の区分の廃止し、有期雇用派遣の受入れを個人単位で3年に限定するというものだ。専門26業務といっても、例えば「事務用機器操作」は、今ではパソコンの操作は常識。
入力作業だけをする派遣労働者をとても専門家と呼べないし、常用代替防止としての機能も果たしていない。そこで専門26業務の区分を廃止する。
その上で、従来は派遣先の業務に限定し、業務単位で3年としていたが、個人単位での同一の派遣先への派遣期間の上限を3年にする。その理由として、派遣先で派遣労働者の行う業務を厳しく限定する必要性が少なくなる。
派遣先の仕事の状況に応じて職域を広げることができ、OJT等の派遣就労を通じたキャリアアップの機会が増すメリットがあることを挙げている。
ただし、その結果、常用代替につながる恐れもある。厚労省は同一組織単位における有期雇用派遣の受け入れが派遣先の常用代替になっているかどうかを派遣先の労使の代表で構成する委員会が3年ごとにチェックする案を提示している。
三つ目は有期雇用派遣労働者の雇用安定措置だ。個人単位の派遣労働期間の上限が3年になれば、就業機会が失われ、雇用が不安定になる可能性もある。
そのため派遣元に、①本人の希望を聞いた上で派遣先に直接雇用を申し入れる、②新たな派遣就業先の提供、③派遣元の無期雇用に転換する—のいずれかの雇用安定措置を講じることを義務づける。
四つ目は派遣先労働者との均等・均衡待遇の確保だ。欧州諸国の労働者派遣制度では「均等待遇原則」が適用され、派遣先には、均等待遇実現のために不可欠な派遣先労働者の労働条件に関する情報提供義務が課されている。
当初、使用者委員は賃金決定の仕組みが異なる欧州諸国と日本の雇用慣行はなじまないと反対していたが、パートタイム労働法に準じた何らかの確保策を図ることにしている。
「限定正社員制度」の解雇ルールはどうなるか
多様な正社員とは、勤務地、職務、労働時間が限定された「限定正社員制度」のことだ。正社員と非正社員の中間的雇用形態とされる。
転勤を含む配置転換や長時間残業を強いられる正社員と違って、子育て中の女性が働きやすくなる、あるいは非正規社員が限定正社員に移行することで雇用が安定するメリットがあるといわれている。
ただし、デメリットもある。一つは転勤がなく、職務が限定されるために正社員の賃金より2~3割下がること。もう一つは正社員に比べて雇用保障が薄くなる点だ。
一般的に正社員の解雇は厳しく、解雇する場合は四つの要件(人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、手続きの相当性)をクリアしなくてはならない。限定正社員の場合は、例えば雇用される時に「勤務地の事業所が消失した場合は解雇される」と明記した労働契約を結ぶことになる。
正社員は勤務地の事業所が閉鎖された場合、会社は別の事業所に配置転換する努力をしなければならないが、勤務地限定正社員は「解雇回避努力」の必要性がなくなることを意味する。つまり勤務地や仕事がある限りは雇用が保障されるが、なくなれば解雇のリスクが高まることになる。
現在、厚労省は有識者懇談会で限定正社員の「労働条件の明示等、雇用管理上の留意点」などを検討中であり、今年秋をめどに一定の結論を出すことにしている。また、産業競争力会議でもこの問題について引き続き議論していく予定だ。
その際に、一つの争点となるのが、法的拘束力のないガイドラインに留めるのか、あるいは限定正社員の解雇ルールを立法化するのかという点だ。
厚労省サイドはガイドラインの策定を視野に入れている。一方、産業競争力会議では規制改革会議が推進した「正社員改革」に軸を置く議論が労働組合などから「解雇しやすくするもの」と反発されたことを踏まえ、非正規社員の限定正社員化に向けた検討を進めていくもようだ。
ただし、経団連は先の提言で「勤務地ないし職種が消滅した事実をもって契約を終了しても、解雇権濫用法理がそのまま当たらない」ことを立法化することを求めている。ガイドラインでは仮に解雇しても裁判で覆される恐れ(解雇不当判決)があり、法律で封じ込めておきたいという狙いがある。
有期雇用の無期転換権を5年から10年に延長
安倍政権の目玉の一つである「国家戦略特別区域法案」が可決・成立したことで、国家戦略特別区域計画の認定等に関する規定と、計画に基づく事業に対する規制の特例措置などが施行される。通常国会で関連法案を改正し、4月もしくは9月までには国家戦略特別区域がスタートする。
内閣総理大臣を議長に官房長官、国家戦略特区担当大臣と総理が指定する国務大臣と民間有識者で構成される「国家戦略特別区域諮問会議」(内閣府に設置)の基本方針に基づいて特別区域の指定と特別区域ごとの方針が決定される。
特別区域には関東と関西の首都圏が認定されることが確実視されている。具体的な地域については法施行後の政令により指定される。
特区関連法案に盛り込まれた項目には容積率・用途等土地利用規制の見直しをはじめ医療、農業などの分野も含まれるが、雇用関連では、「新規開業企業やグローバル企業等の促進のための雇用条件の明確化」、「柔軟で多様な働き方、事業単位での雇用促進のための有期雇用の特例」の二つだ。
雇用条件の明確化は、特別区域内の個別労働関係紛争を未然に防止するための措置。特別区域内に新たに事業所を設置し、新たに労働者を雇い入れる外国会社やその他の事業主に対する情報の提供、相談及び助言を行う。
労働契約に関係する判例の分析と分類による雇用指針を国家戦略特別区域諮問会議の意見を聴いたうえで作成。その指針に基づいて事業主に情報提供することになる。
有期雇用の特例とは、無期雇用契約転換権を有する5年を10年に延長する案である。しかし、有期雇用の特例については検討事項になっている。
つまり、施行期日は、労働契約法第18条第1項に規定する通算契約期間の在り方と、期間の定めのある労働契約の締結時と期間の満了時等において、労働法令の規定に違反する行為が生じないよう検討する必要がある。
そのため特別区域法案には「厚生労働大臣は、この検討を行うに当たっては、労働政策審議会の意見を聴き、必要な法律案を次期通常国会に選出することを目指すもの」との文言が盛り込まれた。だが、労政審での審議は遅れている。労働分野における特別区域の規制緩和の実施は、通常国会での審議次第では施行が遅れる可能性もある。
一連の雇用制度改革と労働法制のゆくえは人事部にとっても見逃すことのできない重要なテーマである。今年は従来の雇用制度の在り方を大きく変える転換点となるかもしれない。