下がり続ける賃金で業績を維持できるのか

企業の給与水準の低下が止まらない。戦後最大のマイナス成長となった09年3月を底に景気は上向き、アジア市場を牽引役に業績も回復しつつあるが、賃金はまったく逆の動きを示している。 象徴的な数値は国税庁の民間給与総額の推移だ。09年の平均給与総額は前年比マイナス5.5%の406万円となり、97年の467万円をピークに減少傾向にある。ただし、この中にはパートを含む約3割の非正規労働者が含まれている。(文・溝上憲文編集委員)

賃金

賃金ダウン 30代後半の男性を直撃

厚労省の賃金構造基本統計調査によると、09年の一般労働者の所定内給与(月額)は約30万円。前年比1.5%減と4年連続のマイナスとなった。

男性は前年比2.1%減の32万7000円(平均42歳、勤続13年)と下げ幅が大きく、こちらも4年連続のマイナスである。年齢別では59歳以下の全階層で減少し、特に下げ幅が大きいのが35~39歳の男性で前年比マイナス3.6%と突出している。

この傾向は2010年も変わらない。厚労省の民間主要企業(資本金10億円以上、従業員1000人以上)の賃上げ調査によると、09年の賃上げ額は6年ぶりに前年を下回ったが、10年は09年をさらに下回っている。具体的には09年の賃上げ額5630円に対して、金額にして114円、率で0.01ポイント減少している。

業績回復もボーナスは伸びず

ではボーナスはどうか。09年の夏は前年比14.3%減、冬が同じく12.6%減と大幅に落ち込んだが、10年の夏はわずかに0.01%増加したにすぎない。

業績好調時の07年の主要企業の夏のボーナスの平均は約84万4000円。08年以降、減少に転じ、09年は01年以降で最低額の約71万1000円となった。10年3月期決算では業績回復に転じたとはいうものの、それでも約71万2000円とわずかに1000円しか上がっていない。

いざなぎ越えの業績好調の頃、経営者は口を揃えて「企業業績の反映は賃上げではなく賞与で」と言ってきた。しかし、業績が好転してもボーナスは上がらない。その理由は明白である。10年3月期決算の業績回復は、人件費などのコスト削減による効果が反映したものであるからだ。

役割・職務給で賃金上昇は抑制傾向

今後、賃金水準は回復に向かうのか。もちろん、賃金の上昇は企業業績というマクロ的要因に大きく左右されるが、ミクロ的要因として、近年の賃金制度改革により、なかなか上がりにくい構造になっているのも事実だ。

特に管理職の賃金制度は従来の「職能給制度」から「役割・職務給制度」に大きく舵を切っている。年齢や能力に関係なく本人が従事している職務や役割に着目し、同一の役割であれば給与も同じにする。ポスト(椅子)で給与が決定し、ポストが変われば給与も変わり、当然ながら降格・降給が発生する仕組みである。

厚労省の就労条件総合調査(09年)によると、管理職の基本給を役割・職務給型にしている企業は約41%、従業員1000人以上の企業では64%に上る。

実は07年5月に日本経団連は従来の職能給に代わる「役割給」制度の導入を呼びかける提言を発表している。当時の経団連幹部は最大の狙いは「職能給制度でも能力評価が客観的にできるような形で運用されていれば問題はないが、評価の基準があいまいだ。役割給により年功色を払拭できる」ことにあると述べていた。

役割給にすれば、若くても優秀な人材を抜擢できる一方、職責を全うできない社員は随時降格できる。つまり、年功で自動的に給与が上がることがないために、総人件費の枠内で人件費を管理することが容易になり、固定費の流動費化を可能にする。言い換えれば、業績低迷がボーナスを減少させ、役割給制度が管理職の賃金の上昇を抑える。

そういう構造になっているのではないか。 たとえば前述の厚労省の調査では大企業(従業員1000人以上)の年齢階層別の賃金を見ると、09年度は30歳~59歳以下で前年比マイナスになっている。また、同じ厚労省の役職別賃金調査によると、08年以降、部長級、課長級の給与は減少している。

具体的には09年の部長級(51.6歳)の平均年間賃金は前年比マイナス2.2%の1025万円、課長級(47.3歳)はマイナス1.5%の832万円となっている。ここにも業績低迷と賃金制度改革のダブルパンチの影響が出ているようだ。

役割給を導入している企業でも一部職能給を残し、二本立てで運用しているところも少なくない。この場合の職能給は、いわば“生活保障給”の意味合いを帯びている。しかし、本来、役割給と属人給の職能給が併存すること自体矛盾している。このまま業績低迷が続けば、いずれ職能給を廃止する企業も出てくるだろう。

課長昇進は2割 昇格できない社員が滞留

業績低迷による賃金原資の縮小は、昇進適齢期を迎えても昇格できないという現象も生み出している。大手建設業の人事課長は「各部門から推薦された昇格候補者のうち、実際に課長に昇格したのはわずか2割。以前は半分以上が昇格していたが、課長になれない人が増えている」と指摘する。

同社の平均的な課長昇格年齢は30歳代後半であるが、今では昇格できない社員が大量に滞留しているという。通常なら昇進・昇格の資格十分であっても、賃金原資を絞り込んでいるために昇格できない。最も活躍が期待される世代が、昇格できないだけではなく、給与水準も低下し続ける。

社会的には非正規社員と正社員との賃金格差是正が叫ばれている。その問題に加えて、企業業績の低迷で下がり続ける賃金と正社員のモチベーションをどう均衡させていくのか。賃金制度のあり方が大きく問われてくることになるだろう。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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