近年、社会的にも関心が高まった就職活動の早期化問題。グローバル経済の進展が現行の新卒採用のあり方を企業リスクに変えつつある。大学教育の成果と新卒採用を結びつけるプロセスへの転換が求められている。
早期化是正で選考プロセスや評価方法を見直す機会に
経済環境の変動リスクを考慮して、採用スケジュール見直しを明らかにする企業もでてきた。
キヤノングループで国内マーケティングを担当するキヤノンマーケティングジャパン(東京都港区、川崎正己社長)は、昨年12月、2011年度新卒採用スケジュールを遅らせると発表した。
同社も昨年までは大学3年生の秋から採用広報活動を開始し、4年生の4月から選考を行ってきた。今年も10月に就職情報サイトに企業情報を掲載し、プレエントリーを募り始めたが、経済環境の変化のスピードや幅が大きくなっている中、1年半も先の業績を見越し、新卒採用計画を策定することは困難であると判断した。
額田泰介同社人事本部採用課長(写真)は、「内定取り消しなどはもってのほかですが、経営の先行きが不透明なまま、見切り発車で採用活動を行うことも不誠実だと考えました。また、学生の就職活動が本格化する前の12月中には、採用に関しての考え方を伝えたいという思いから、このタイミングでの発表に至りました」と話す。
今回の決定においては、「採用活動に出遅れて優秀な人材を確保できないのではないか」という不安の声も社内にあったが、「そもそも、早期に内定する人だけが優秀なのだろうか」「内定時期の違いが、入社後のパフォーマンスに関係するのか」「当社で活躍できる人材として学生をどのように評価するか」等について、改めて見直す中で、採用プロセスやアセスメント方法の議論を深める機会になったという。
また、発表されたリリースには、就職活動早期化の様々な問題に対して、「真摯に向き合い、解決策を探り、より正しい“就職活動の在り方”を追及し続けていく」という同社の考え方が示されており、額田氏は「経営状況や人材に対する考え方を正直にお伝えしていくという当社の姿勢を知っていただければ」と話している。
同社の採用は、1月から3月の業績を見た上で、2011年度新卒採用を実施する場合は、4月末に学生へ案内し、夏休みの8月に選考を実施する予定となっている。
危機感高まる学生 エントリー急増
一方、ウェブで“とりあえず”エントリーしておいた多くの企業から届くメールを処理したり、エントリーシートを書いたりと就職活動に追われる学生の様子がうかがえる。
採用支援サービスのディスコが2011年春卒業予定の就職活動中の学生を対象とした1月前半の就職活動状況調査によると、企業へのエントリー数やセミナー・会社説明会参加回数、エントリーシート提出者の割合はいずれも前年を上回っている。
1人当たりのエントリー企業数は平均64.2社で前年比13社増。文系は男女とも70社を超えている。この数字は前年度学生モニターの4月時点に匹敵する。
就職情報サービスの毎日コミュニケーションズが行った就職活動状況調査においても、「個別の企業セミナーに参加」「企業からエントリーシートを取り寄せた」「企業にエントリーシートを提出した」などと回答する割合が、対前年で増加している。
企業の慎重な採用姿勢が昨年以上に強まっており、採用を中止したり、採用人数の決定を遅らせる企業も多い。合同説明会の参加企業が目に見えて減少するなど、採用コストの見直しを含め、採用戦略を再構築する企業も増えている。
大学教育の充実を採用につなげる
採用担当者が参加する本紙主催「採用問題研究会」でコーディネーターを務める藤村博之法政大学大学院教授・キャリアセンター長は、就職活動の早期化で学生生活や大学教育に大きな支障が出ていることに加えて、「学生は『自己分析』で“できもしないことをできるような錯覚”に陥っている。大学入学時から就職が目的になってしまい、親からもガミガミ言われて辟易としている」と話す。
また、「4年生の4月から選考するという現行のスケジュールは、新入社員の受け入れや人事異動等と重なり人事部門の負担も大きい」と指摘する。
採用担当者からも、4月からの選考については、「現場の管理職や若手社員に面接などを依頼するにも、新年度で多忙な時期であるので心苦しく、協力も得にくい」という意見がある。
大学全入時代を迎え、学生の資質の低下を嘆く声も多く聞かれるようになっている。企業が競争力の向上に貢献できる人材を厳しく見極めて採用していくことは当然で、学生に厳しい現実を示すことも必要だ。
そして、企業が、優れた人材を送り出すための教育成果を大学に期待するならば、「大学で真剣に学ぶことが仕事に役立つ」というメッセージを発信し、学生が落ち着いて学ぶことができる環境を整えるために協力すべきだろう。 “就職活動の早期化”そして、“早過ぎる内定”が企業リスクとなりつつある中、学生に真剣に学ばせる動機を与え、学生生活の成果を見極めた上で採用を決めるようなプロセスに転換すべき時期にきている。