人材育成

テレワークで変化した働き方と新人育成の現状

新型コロナウイルス感染拡大で進んだテレワークは、多くの人の働き方に影響を与えている。人材育成においても、オンラインでの研修やOJTへの移行に迫られ、研修担当者、管理職や先輩社員が試行錯誤を重ねている。2022年の育成・研修計画を考えるに当たって、テレワークで変化した働き方と新人育成の現状を取材した。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

テレワークとジョブ型人事が社員の自律を促進する

テレワークは従来の定時出社、対面型の人事管理から個人の裁量性を高めた自由度の高い働き方を大きく促進した。一方、個々の職務内容を明確化し、職務要件を満たす人材を配置するジョブ型(職務型)もまたポストに就くためのスキルの修得など自律的なキャリア形成が求められる。

パーソル総合研究所の調査(2020年12月25日〜 21年1月5日)によると、ジョブ型人事制度をすでに導入している企業は18.0%、導入を検討している(導入予定含む)企業は39.6%に上る。とくに企業規模が大きいほど導入検討企業が多く、従業員1000人以上では40%を超えている。

従来の職能資格制度下では入社後のOJTや部門別研修、ジョブローテーションや階層別研修など会社主導の人材育成支援を通じて経験やスキルの習熟度を高め、昇格していくのが通例だった。しかしジョブ型になると育成体系の見直しは避けられない。

20年にジョブ型人事制度を導入した大手精密機器メーカーの人事担当者は「ジョブ型になると単に仕事に必要な経験を積めば上に上がり、それを定年まで会社が支える仕組みではなくなる。キャリアに対する自立、自律という二つの考え方がより重視されるようになる。会社としては人生の節目ごとにキャリアを振り返り、その先を自分で考えるマインドセットなどを支援する仕組みが中心になる」と指摘する。

6割近くの企業がジョブ型を導入予定・導入済み

●ジョブ型の導入状況(企業属性別、%)

(出所)パーソル総合研究所「ジョブ型人事制度の実態に関する調査」

時間と場所にとらわれない働き方を推進、オンライン選考で地方の学生を獲得

テレワークは採用戦略も大きく変えつつある。店舗・施設向け音楽・動画配信サービスのUSEN-NEXT HOLDINGSは2018年6月 か ら オフィスのフリーアドレス化やコアタイムのないフレックスタイムと利用制限のないテレワークを使って時間と場所にとらわれない自由度の高い働き方を推進してきた。

20年11月には週3日以上在宅で業務を行う社員を「Remote Worker」に認定する制度をスタート。6月末時点で4800人の社員のうち2割超の社員が認定を受けている。また、テレワークの利便性を高めるために同社の首都圏の拠点をリノベーションして3カ所のサテライトオフィスを設置。今後も増やしていく予定という。

新卒の採用活動では2021年入社の社員から最終面接までオールオンラインで選考。22年度もオンラインでの採用活動を実施しているが、地方の優秀な学生を獲得しやすいというメリットもある。

さらに今年から新潟県長岡市と共催し、長岡市の大学などの学生を対象に正社員として採用し、地元でテレワークを行う「長岡ワーカー」制度を創設。初年度7人の内定者が出るなどテレワークが人材獲得にも大きく寄与している。

ライフスタイルに合わせた働き方ができる企業を求める傾向が強まる

同社の住谷猛執行役員(コーポレート統括部長兼コーポレートブランディング室長)は「就活中の学生は多様で自由な働き方を求める傾向が年々強くなっており、我々の働き方が好感を持たれ、手応えを感じている。選考では最終面接だけは対面で行う企業が多いが、当社は一度も対面なしで内定を出している。対面とオンライン選考の違いはまったくないし、逆にマスクなしのオンラインのほうがよく観察できる」と語る。

21年卒の学生はオンライン面接元年ということもあり、とまどう学生も多かったが、22年卒はオンライン対応が格段に上手くなっているという。自由度の高い働き方を求める傾向は中途採用でも同じだ。「テレワークが増えたことによって、在宅中に転職志望先のオンライン面接が昼間でも受けることができ、転職しやすくなっている。実際に当社の中途入社の面接も昼間行っている。最近感じるのは必ずしも金銭報酬の高さではなく、テレワークを含めて自分のライフスタイルに合わせた働き方ができる企業を求める傾向が強くなっている」(住谷執行役員)。

テレワークが人材獲得競争力の強化に役立つというより、逆にそうした働き方が難しい企業は人材競争力を失ってしまう可能性もある。

インサイドセールスの求人が急増、必要なビジネススキルが変化

テレワークは成果を出すために必要なビジネススキルの変化も促している。コロナ禍で「インサイドセールス」(ビデオ会議システム等を使って顧客とコミュニケーションを取り、見込み顧客から商談設定・受注までを行う職種)の比重が増している。

パーソルキャリアが運営する転職サービス「doda」の「“新しい時代に求められる営業職”に関する調査」(2021年8月23日公表)によると、インサイドセールスまたはカスタマーサービス(購入・契約後に自社サービスの価値を引き出せるよう継続的な顧客を支援する職種)の文言が入っている求人件数は19年1月と21年7月との比較で約7.4倍に増加している。間違いなく従来の営業職のビジネススタイルの変革が始まっている。

オンラインによる研修やOJTへの移行で、人材育成方法にも変革の波

従来の職場で当たり前だったリアルの集合研修や職場内のOJT、メンターによる指導・支援など人材育成方法も変革の波にさらされている。

新入社員の人材育成はOJTと、仕事を離れて知識とスキルの修得を目指すOFF-JTの2つがある。最初に行うのはOFF-JTによる集合研修、その後、配属先でOJTが実施される。しかし、2020年4月以降に入社した新入社員に対する研修は、3密(密集・密接・密閉)を避けるため実施方法を変えざるをえない企業も多数発生した。

e-ラーニング戦略研究所が実施した調査によると、「自社の研修や人材育成に大きな影響があった」との回答が50%、「一部影響があった」(33%)を含めると83%だった(「コロナ禍における企業のオンライン研修に関する調査報告書」)。「影響があった」と回答した人に具体的な影響内容を聞くと「従来の新入社員研修が実施できなくなった」が最も多く74.7%。「OJTや現場教育の機会が減少した」が55.4%もあった。

とくにOJTによる人材育成は、部下や後輩の横について仕事を一緒にやりながら、理解度や到達度をチェックし、適切なアドバイスを行う。こうした日々の積み重ねの中で業務遂行に必要な「技能」だけではなく、組織に根付いている文化や価値観も学ぶ。それはOJTだけではなく、職場の仲間との本音のコミュケーションやフランクな飲食の場を通じても育まれる。

しかし、入社後研修をオンラインに切り替え、OJTも先輩のトレーナーが張り付いてオンラインの指導を行う仕組みに切り替えた企業も増えている。

オンラインの採用、教育、タレントマネジメントを支援

●主な人材マネジメント支援サービスの内容

トレーナー・課長からの積極的なコミュニケーションで新人を育成

大手IT企業でも新入社員の研修・OJTもすべてオンラインで実施。4月入社後2カ月間の集合研修を経て、7割のエンジニア職はさらに2カ月間の技術研修後に配属される。残り3割の営業職や管理部門の社員は6月に現場に配属され、一人一人にOJTトレーナーがついて3年間の指導を受ける。トレーナーも事前の研修を受けるが、2020年度以降は集合研修やトレーナー研修はWebやeラーニングに移行した。

OJTの方法については新入社員とトレーナー、課長の3者で話し合ってOJTを行うことになるが、人事から特段の指導はしていない。実際のOJTの現場ではICT機器を駆使し、新入社員とトレーナーがファイルを共有しながらビジネスチャットツールで対話して作業を進めているという。「従来と異なるのは仕事の環境がリモートになったという違いがあるだけだ。ただし、トレーナーに対しては研修の際に『新人の悩みなどは通常の職場での言動で気づくものも多いが、テレワークになると見えにくくなる。トレーナーのほうから積極的に聞きにいくように』と伝えている」(同社人事担当者)という。

一方、外資系の製薬会社ではテレワークになったことで新入社員・トレーナー・課長の3者のコミュニケーションの時間を設けている。同社の教育担当者は「コロナ前でもトレーナーが忙しくて新人の指導に手が回らないということもあったが、テレワークになり余計に難しくなった。そのため、あえて新人とトレーナーと課長の3者で仕事の悩みや進め方などを話し合うざっくばらんな会話の時間を週1回程度設けている。新人の仕事の進捗状況を確認し、どこでつまずいているかを語ってもらい、トレーナーと課長がアドバイスしたり、次に何をやってもらうか話し合うようにしている」と語る。

また、顧客とのオンライン商談も増えているが「便利なのは営業担当者だけではなく、新人や課長も同席できること。新人は何も話さなくても商談の進め方を学ぶことできるし、終了後に新人に感想を聞いたり、フィードバックすることもできる」(教育担当者)とメリットを語る。

テレワークのOJTは確かに対面特有の利点は失われるが、それを補うためのICTツールの活用とリアルとオンライン組み合わせによる新たな手法を生み出していくことが各社に求められている。

大手企業はコロナ禍を契機にIT投資を増やし、デジタル化が急速に進展している。単なるテレワークだけではなく、ICTツールやデジタルデバイスを使いこなすことによって業務の効率化や生産性の向上も同時に追求している。テレワークやデジタル化の進展に合わせた人事制度変革を積極的に推進する企業とそうでない企業との間で今後、人材獲得競争力だけではなく、ビジネス上の競争力でも大きな格差が発生する可能性もあるといえるだろう。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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