働き方改革関連法の柱の一つである「同一労働同一賃金」について、正規と非正規の待遇差見直しに向けて各社は対応を進めている。今回は、その中でも従業員のうち非正規雇用社員が約半数を占める日本郵政グループの対応について解説する。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部)
同一労働同一賃金に向けて、自社の見直しが進む
「働き方改革関連法」が2018年6月29日に国会で可決・成立した。
大きな柱の一つである「同一労働同一賃金」についてはパートタイム・有期に雇用労働法の制定と改正労働者派遣法が施行に向けて動き出した。また6月1日には正規社員と非正規社員の待遇差を巡って争われていた長沢運輸訴訟とハマキョウレックス訴訟の最高裁判決が下された。
今後は法律の趣旨や指針(同一労働同一賃金ガイドライン)、最高裁が示した判断基準に沿って自社の正規と非正規の待遇差の見直しを進めることになる。だが、今年の春闘ではすでに先取りした労使交渉も始まっている。とくに話題になったのが日本郵政グループの諸手当に関する取り組みだ。
日本郵政グループでは各種手当が論点に
日本郵政グループは2007年10月の民営化以降、非正規雇用社員が増大し、現在はグループ全体の従業員数約42万人のうち半数近い約19万人を占める。
今年の春闘では「同一労働同一賃金ガイドライン案」や不合理な待遇差を禁じた労働契約法20条を巡る裁判例等を指標に本格的な交渉が行われた。
日本郵政グループ労働組合(JP労組、組合員数約24万人)がターゲットにしたのは、正規社員に支給され、非正規に支給されない「扶養手当」「住居手当」「寒冷地手当」「年末年始勤務手当」「隔遠地手当」(日本郵便のみ)の5つ手当と「夏期休暇」「冬期休暇」「病気休暇」の3つの休暇である(ただし、扶養手当については19年春闘での継続協議となった)。
一般職5000人の「住居手当」を廃止
同社の「住居手当」の毎月の支給額は賃貸住宅で最高2万7000円。持ち家は購入から5年間に限り6200~7200円が支給されている。労組は非正規にも支給することを要求した。
これに対し、会社側は①住居手当は正社員としての優秀な人材の確保と定着を目的にしたものであり、定年までのインセンティブであること、もう1つは②転勤がある正社員に対する住居費の補助の目的で支給している――という2つの合理的理由があるとして非正規雇用社員には支給していないと主張した。
その上で会社側は「転居転勤のない一般職に支給している現行制度は、社員間の均衡の面から再考が必要」とし、一般職の住居手当の廃止したい」と逆提案をしてきた。同社の一般職は約2万人。そのうち自宅から通勤している社員は住居手当が支給されていないので、支給対象者の5000人について廃止したいと主張した。
組合員の一般職の中には2万7000円を受給している人もおり、生活に与える影響は大きい。労組は手当を廃止するのはおかしいと主張したが、最終的には10年間の減額による経過措置を設けて、廃止することで決着した。
正社員の「寒冷地手当」を減額
次に正社員のみに支給される「寒冷地手当」について会社側はこう主張した。
「正社員は全国一律の基本給を定めたうえで、地域の物価水準などの違いを反映し、社員間の均衡をはかるために調整手当や寒冷地手当を設けている。一方、非正規のベースである地域別最低賃金は各地域の生計費(光熱費を含む)も考慮したうえで決定している。よって非正規には寒冷地手当は支給していないのは合理性がある」
ちなみに非正規社員の賃金は地域別最低賃金をベースにした時給制である。つまり、正社員の寒冷地手当は物価水準や生活事情を考慮した手当であるが、最低賃金にその分が含まれているので支給する必要ないという判断だ。
会社側はその上で「正社員の住宅環境が昔に比べて改善しているので石炭や灯油などの燃料費的性格を持つ寒冷地手当を3年で廃止したい」と、住居手当と同じパターンで逆提案してきた。
それに対して労組は実際の各地域の燃料費を含む家計調査を実施し、交渉の結果、手当の額を50%に減額し、引き下げ分については5年間の経過措置を設けることで妥結に至った。
「隔遠地手当」の約半分を赴任6年目に廃止
「隔遠地手当」は生活が不便な島嶼部や山間の僻地に存在する郵便局勤務者など、日本郵便のみに支給される手当。これについても会社側は寒冷地手当と同じ趣旨で、非正規は地域別最低賃金で保証されているので正社員の賃金体系と違うことを主張し、さらに廃止したいと提案した。隔遠地手当は6区分あり、沖縄の島嶼部など最も高い地域は基本給の25%が上乗せされる。
非正規は地域で採用されるとしても正社員は転勤で赴任するケースもあり、大幅な減収となる。労使交渉の結果、上乗せの25%を生活環境変化部分13%と生活の不便部分12%の2つに分け、前者は赴任後6年目で廃止し、後者は恒久的に残すことで妥結した。
非正規社員にも年始手当の8割を支給
「年末年始勤務手当」は29日から31日までの3日間と年始の1月~3日間について、正社員にのみ年末は1日1000円、年始は1日5000円の手当が付いていた。
労組の支給要求に対し、会社側は年始手当は非正規にも支給するが、責任の度合いの観点から正社員の手当の8割にあたる1日4000円を回答。一方、年末手当については会社側が廃止を提案し、最終的に廃止することで決着した。
正規、非正規共に待遇は強化
諸手当に関する同一労働同一賃金の実現に向けた今春闘の結果だけを見ると、非正規への支給が実現したのは年始手当のみである。だが、今回の同一労働同一賃金のテーマではないが、非正規社員の賞与支給係数引き上げによって半期で約8000円、年間で1万6000円アップを獲得している。さらに夏期の臨時手当支給時に特別加算として上限2万円の上乗せ支給も獲得している。
一方、正社員については一部の手当の廃止・縮小が行われるが、経過措置を設けて引き下げ率を緩和するとともに、正社員の一時金を前年の4.0カ月から4.3カ月への引き上げ、定期昇給の完全実施とベア500円相当の初任給引き上げなどによって賃金原資の増額を図っている。
今こそ労使による議論に着手すべき
一方的に正社員の処遇を切り下げることは、非正規の処遇の底上げを図るという同一労働同一賃金の法律の趣旨から外れるばかりか、不利益変更と感じた正社員が一人でも訴訟を起こせば就業規則変更の合理性が問われかねない事態になる。
同一労働同一賃金を名目に正社員の賃金原資が下がる事態になれば、仮に就業規則変更を行ったとしても、その合理性が問われ、改正法の趣旨からして裁判所はおそらく合理性を欠き、無効と判断する可能性があると指摘する学者や弁護士の声は多い。
日本郵政グループのように正社員のみ生活関連手当を支給している場合、見直しは避けられない。今春闘ではトヨタ自動車は期間従業員に家族手当を支給することにした。一定の賃金原資の増加はやむをえないとしても、企業の中・長期的な収益性を考慮に入れつつ、賃金制度全体を含めた労使による議論に今から着手すべきだろう。