フジテレビ会見で露呈した時代遅れの人権意識、大手企業のハラスメント対策事例

フジテレビがタレントの中居正広氏と女性の人権侵害に関わるトラブルで大きく揺れている。一連の報道では同社のコーポーレートガバナンスの問題が指摘されているが、それ以前に大企業とは思えない人権意識に驚かざるを得ない。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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これまでも幹部が設定した会食に女性アナウンサーが同席

辞任したフジテレビの港浩一社長は記者会見で、被害者の意思を尊重し、「コンプライアンス推進室に話をすると社内に広まってしまうので事案を共有しなかった」という趣旨の発言をしている。

被害者を申し出た女性は同社の業務と関係するステークホルダーであることは間違いない。発生した事案の情報を一部の幹部の胸だけに留め、取引先でもある中居氏を含めて何らの処分を下さなかったことは、企業としてあり得ない行為だ。

また、これまでも港社長の誕生日会や、幹部が設定したクライアントとの会食に同局の女性アナウンサーが同席していたとも報じられている。港社長は会見で「嫌だなと思っていたのかもしれない」と話している。

接待かどうかはともかく、本人の意思に反してこうしたことが当然のごとく行われていたとすれば、時代遅れの昭和の時代の企業風土というほかない。

事業主に相談した労働者への不利益な取り扱いを禁止

法律ではハラスメント関する国、事業主・労働者の責務を明確化し「職場において行われる性的な言動に対する対応により労働者に不利益を与える行為又は労働者の就業環境を害する当該言動を行ってはならない」と規定し、セクハラ、パワハラ等のハラスメントを防ぐため、事業主に相談窓口の設置や再発防止策を義務づけている。

また、事業主に防止義務を課しているだけではなく、「他の労働者に対する言動に注意を払うことなどを関係者の責務」としている。関係者には上司、部下、同僚以外に取引先の社員なども含まれ、企業以外の関係者もハラスメントをしないことを責務とする規定も盛り込んでいる。

さらに「事業主に相談した労働者への不利益取り扱いの禁止」も明記している。相談したことで不当な扱いを受けることを恐れて泣き寝入りする人も少なくないが、「解雇その他の不利益な取り扱いをしてはならない」と法律に明記されている。

ハラスメントをしてはならないことや、相談したことを理由に解雇その他の不利益な取り扱いをしないことを就業規則に明記するだけではなく、経営トップ自らハラスメント防止に向けたメッセージの発信が求められている。

被害を受けた労働者のケアや再発防止対策は加害者に対する懲戒規定を就業規則に明記し、周知することや、ハラスメントが発生したら、すぐに調査し、被害者を保護して加害者を懲戒するなど被害者のケアなどが必要になる。

これはどんな会社でも一般的な常識であり、おそらくフジテレビも同じような規定を設けていると思われるが、実際の運用が行われていたのか、港前社長の発言からすると疑わしいと思わざるを得ない。

内部通報へ速やかに対応、取引先へ事実関係求める

例えば大手食品メーカーは就業規則に「職務上の地位や人間関係の優位性に基づいて業務の適正な範囲を超えて他の社員に精神的・身体的苦痛を与える言動をしてはならない」という規定がある。また、内部通報制度も設けている。

通報に対してどのように対応しているのか。同社の法務担当役員は「セクハラなどの通報がくると倫理委員会で取り上げて速やか調査することになる。いきなり加害者に接触するのではなく、まずは被害者本人と面談して状況を確認する。次にそれを裏付ける周囲の信頼できる人間に話を聞いて、かなり信憑性があり明らかにハラスメントだという場合は、情報を収集したうえで、加害者に聞くことになる。でもほとんどの加害者は否定する。『僕はそんなことは言っていません』とか。その場合には具体的な事実関係の証拠を提示していくと、相手もしぶしぶ認める発言を始めるようになる。事実関係がはっきりすれば一定の処分を下す。軽度のセクハラであれば、社員なら減給処分はある」と語る。

この場合、加害者が取引先の社員であれば、取引先企業に通知し、事実確認を求めることになる。男女雇用機会均等法では、その調査などに協力することが努力義務となっている。もし、事実であれば処分を求めることもあるだろうし、何らの処分もなければ取引停止もあり得るだろう。

厚生労働省の担当者も「他社の労働者からセクハラを受けた場合、事業主は措置義務としては対応しないといけない。加害者が他社にいる場合は、事実確認など被害者企業が加害者企業に対して協力を求めることができる。努力義務であるが、労働局からやったほうがいいのではないかと加害者側の企業に対して言うと思う」と話す。

ハラスメントの厳罰化、取引先と1対1の食事禁止

大手医療機器メーカー対策では、経営トップによる「ハラスメント撲滅宣言」を実施し、新任管理職研修や幹部社員の研修だけではなく、地方の拠点に経営トップが自ら足を運び、ハラスメント撲滅を訴えて回っているという。もちろん、eラーニングによるハラスメント講座の受講は社員全員の義務となっている。

もう一つがハラスメントの厳罰化だ。同社の人事担当役員は「昔は体育会的な雰囲気もあり、怒った上司が部下に手を上げることもあれば、女性社員にコミュニケーションの一つとして物理的にタッチすることも看過していた。しかし、今では到底許されない。パラハラやセクハラの言動はすぐに外部に発信されて、会社の名誉を著しく傷つけてしまう。昔なら同じ行為でも譴責程度の処分ですんだが、今は厳罰化の傾向にある。事実が認定されれば降格のうえ、即出勤停止、異動になるなど1~2ランク上の重い処分を科している」と説明する。

また、社内のマナーとして、上司と部下の1対1の面談よいとしても、外での食事は一緒に行かない決まりになっている。「もし行くなら3人以上で行くようにと言っている。取引先の異性の担当者からごちそうしてもらったり、プレゼントをもらうこともある。このケースは研修テーマにも入れているが、好意のない人からプレゼントをもらうのはよろしくない」(人事担当役員)。

大手食品メーカーも取引先との1対1の食事は基本的に禁止している。後々あらぬ疑いをかけられたり、便宜供与を受ける可能性もあるからだ。

しかし、断ると営業に支障が出る恐れもある。「その場合は社内規程で1対1の会食は禁止されているので、上司や先輩と一緒でいいですかと言いように指導している」(法務担当役員)

企業におけるこうしたルールやマナーは今やビジネスパーソンの常識となりつつある。フジテレビの事案は、経営層の人権意識の欠如はもちろんのこと、世間の常識と乖離した組織で働く人たちの危うさを示しているのかもしれない。


溝上憲文 人事ジャーナリスト

溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。
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人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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